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青葉七海編④

 「七海なみさんの攻略お疲れ様でした。七海さんのストーリーが短くなってしまったお詫びに自由遊戯フリープレイモードですごいものを体験させてあげましょう!」

そう言って人工知能である小春こはるが両手を広げると、視界が真っ白で眩い光に覆われた。

堪らず閉じていた瞼を押し上げると、目の前には見慣れない草原が広がっていた。

「ELSのバーチャルリアリティ技術を恋愛シミュレーションのジャンル以外にも応用しようという試みで作成されたアドベンチャー機能です」

姿形はいつも通りの小動物のような可愛さが漂う小春が隣で解説をしてくれる。

「これは前回のアップデートで実装された先行体験版みたいなものですね」

少しの相槌も打てないまま小春の説明が脳内に蓄積されていく。

「もしかしてファンタジーを体験できるってことか!?」

「残念ながら製品として世に出るのはまだまだ先でしょうけどね。のんびりした恋愛シミュレーションより制御における人工知能の負担が大きいですし」

とか言いつつ体験版とはいえその負担が大きいであろうものを平然とやっている小春はやはり特殊なのかもしれない。

「さてと、では早速始めていきましょうか!」

小春は俺にRPGで見かけるような剣を渡してきた。

本物であったならば持てるかも怪しそうな金属製の剣は不思議と手に馴染んでいる。

鞘も含めて目立った装飾もなく悪く言えば平凡、よく言っても簡素という言葉がよく似合う。

「それを手に持つことで自動的に『装備』されます」

小春が差し出した手のひらの上には半透明のディスプレイが浮かんでいる。

「ステータスはこのように」

「『普通の剣』……攻撃力5」

「元々の幸人ゆきと様の攻撃力は15ですから合計で20になりますね」

「俺が自分でステータスを確認するにはどうすればいいんだ?」

「製品化する場合にはスマートフォンのような携帯機器で確認できるようにする予定です」

つまり現状では小春に教えてもらう以外ステータスを確認する方法はないということだ。

「体験版ですし私もいますから、ステータスは気にしなくも大丈夫ですよ」

すると小春は悪戯っぽい笑みを浮かべて指をパチンと鳴らした。

「せっかくですから皆さんを冒険の仲間に加えましょうか」

まばたきをする刹那に紗雪さゆき紅音あかね、そして七海なみの3人が小春の隣に現れた。

紗雪は自身の身長の半分くらいの大きさの弓を持ち、防御力の低そうな緑色の布の服を身に着けている。

紅音は特に武器らしいものは持っておらず、魔法使いが着るような赤色の長いローブ姿。

七海はビキニタイプの水着のようなものしか身に着けておらず、得物も少し刃が長めのナイフのようなものだ。

「またクセの強い恰好だな……」

「なんか恥ずかしいですね」

「っていうかあたし武器持ってないんだけど?」

「ねえ、これって強いのー?」

反応も三者三様である。

ちなみに小春の格好はなぜかいつも通りのどこかの学校の制服らしい服装で武器も防具も全く見当たらない。

「冒険のパーティも揃ったことですしまずは近くの村を目指しましょう」

結構遠くに見える村を指さしながら小春は先頭を歩き始める。

「普通こういうのって主人公が先頭歩くもんじゃないか?」

「まあそうでしょうね」

「だったら……」

俺と場所を変われ……そう続くはずの言葉は声にならず、乾いた音として喉から漏れ出た。


 ファンタジーのゲームの初期モンスターといえばやはりプニプニのアレとか、武器を持った小っちゃいのとか、そういうものであるべきだろう。

だから冒険を始めたばかりの俺たちの目の前にすごく大きい三つ首の犬がいるのはきっと間違いに違いない。

「あれは練習用の魔物、ケルベロくんです」

小春がそう言うと三つの首のうち二つが低く頭を下げ、真ん中の一つが俺たちを見て顔全体を歪めた。

「あ、どうも皆さんケルベロですぅ! 以後お見知りおきを」

腰低くない!?

ケルベロスって普通はボスレベルで扱われたりしない!?

「あ、自分一応この体験版のラスボスさせてもらってます」

陽気な声でケルベロくんはそんなことを口にした。

「なんでラスボスがこんなところに……」

たしかにゲームによっては序盤の操作練習として強いボスと戦ったりするものも多いが……。

「じゃあケルベロくん、チュートリアルお願いします」

小春の屈託のない笑顔を受けるとケルベロくんは睨むように目を細め、三つの頭で同時に咆哮した。

ファンタジーらしい獣の咆哮にどこか期待と不安が湧いてくる。

「よくぞここまでたどり着いたな勇者たちよ!」

初期位置から数メートル歩いただけでこんなそれっぽいセリフを言われても……と思いながらも俺は身体に力を入れた。

「いいか勇者たちよ。基本的に戦い方に細かい制限はない。ただし、HPゲージとMPゲージに注意しろ」

セリフの終わりとともに緑のゲージと青のゲージが小春も含めた全員の頭上に現れる。

「ってあれ? 自分の見れなくね?」

「自分の身体のことですからね~」

なんていい加減なシステムだ……。

「緑のゲージはHPゲージだ。これが0になるとゲームオーバーになって最新のセーブ場所まで戻されるぞ!」

怖い顔をしながらもケルベロくんは懇切丁寧に戦闘システムについて解説してくれている。

「回避とか防御とかは?」

「基本的には各自で行動してもらう。レベルが上がればスキル等で自動的にガードできるようになるぞ!」

本当に丁寧な解説である。

「じゃ、じゃあ……えい!」

紗雪の放った矢は少し逸れてケルベロくんの右前足に刺さった。

「いった!? いたたたたた……」

痛そうに巨体を大地の上で踊らせている割に体力ゲージはほとんど変化していない。

「で、あたしは何で攻撃するのよ。素手?」

「お嬢ちゃんは魔法使い。魔法を使うのだ。しかしまだ魔法を1つも習得していないようだな。……よし、特別に能力チカラをわけてやろう」

紅音の手もとに赤い薄い本が現れた。

「開いて呪文を読み上げてみろ」

「えーっと……メガマグ!」

紅音がそれっぽくそれを口にしただけでケルベロくんの体毛が少し燃えた。

「あっちあっちあっちぃあっちちちちちちち!」

地面に体を擦るように地面を転がる巨体。またまた体力は微々たる変化しかしていない。

「それで、私はなんなのー?」

「お嬢ちゃんは盗賊……サポートキャラだ。能力変化技と素早い動きでの攻撃が可能だ」

「よーっし!」

七海は素早い動きでケルベロくんの左前足をナイフで切りつける。

「ああああああああ痛いよぉ!」

痛そうなリアクションだが体力はまたまたまた変わらず。

「そして勇者は剣を空に掲げてから振り下ろすと、退魔斬たいまざんが使えるのだ!」

なぜか敵に技の出し方を教えてくれる優しいケルベロくんに少しも躊躇することなどなく、俺は退魔斬を放った。

体力はやはりほとんど減らなかったが、中央の頭の額から大量の血液を流しながらケルベロくんは1歩下がると顔を歪めて笑った。

「短き間の戯れ、実に楽しかったぞ勇者たちよ。我はこの先の祠にて待つ。レベルを10まで上げ、装備を整えた後来るがよい」

なんて優しいボスなんだ……。


ケルベロくんとのチュートリアル戦闘を終えた俺たちはとりあえず途中にある村「ハジマリ村」まで歩いてきたのだが……。

「疲れた」

歩くこと数キロ。ゲーム内だというのに膝が笑うような感覚と筋肉痛に似た感覚で俺は歩けなくなっていた。

「情けないですねぇ……私たちも同じ徒歩ですよ?」

「疲れないの?」

「疲れませんよ? プログラムですから」

でしょうね!?

「さてと、さっそく装備を整えましょうか。えーっと武器屋は……」

小春はちょこちょこと跳ねるように歩きながらあたりを見渡すと無骨な木造の建物のほうへと駆けだした。

「ここですよー、皆さーん!」

近づくと確かに四角い看板が扉の横に立っており、鎧と剣を装備した人の絵が描かれている。

少し重い木の扉を手前に引くと、店内奥のカウンターの向こうから筋肉質なオッサンが俺たちのほうに顔を向けた。


「おう、らっしゃーい」

いかにもな口調と声で俺たちを迎えると店主は適当に武器や防具をカウンターの上に並べていく。

「何を探してんだ若いの」

「武器よ、強いやつ」

「金は当然持ってんだろうな?」

「もちろんだ! なあ小春?」

「持ってるわけないじゃないですか~」

「それじゃ武器とか買えないじゃねぇか!」

どうしろっていうんだ……いっそこのままの装備で洞窟に向かおうか。

そう考えたところで武器屋の店主が腕を組みながら呻った。

「金がねえってんなら『クエスト』でも受けて稼いできな!」

クエスト、説明など聞くまでもないほどのファンタジーの定番要素だ。冒険者とか戦士とかそういった輩がギルドなどから受ける依頼のことである。

「村の中央広場にクエスト掲示板があるから、そこでクエストを受けてこい」


 静かな村なのは平和だからか、それとも人が少ないのか、あるいはその両方かもしれない。

広場には数メートルの大きな掲示板ひとつと、案内役らしき猫耳美少女が立っているだけだった。

「……製品化するときにはもっとちゃんとした建物にして村じゃなくて町にしましょう」

あまりの寂しさに小春がプレイヤーの感想を的確に代弁する。

「クエスト受注は初めてかニャ?」

「あ、はい」

猫耳少女は猫耳と猫の手足としっぽを持ち、顔と胴体が人間の姿をしている。獣人というやつだろうか?

「クエストの受注は簡単! そこの掲示板から実行したいクエストの紙をとってにゃんのところに持ってくるだけニャ!」

説明を終えると目を細めて笑いながら右手で右耳を撫で始めた。

「じゃあとりあえず見てみましょうか?」

紗雪さゆきに続いて全員で掲示板に目を向ける。

「効率を考えるなら低難易度の少人数クエストを分担して受けるべきよね」

紅音あかねが初心者向けクエストの依頼書を2枚取ると、1枚を渡してきた。

「幸人はその2人上限のクエスト行ってきて」

「誰と行く?」

視線を小春以外の3人に向けると全員が仲間になりたそうにこっちを見ている……。

俺は……。

七海なみ、俺と一緒に行こうぜ」

「あれー? なんで私ー?」

「ストーリーモード短かっただろ、だからさ」

「そうですね、それがいいと思います」

「それじゃああたしたちは3人上限のクエスト行ってくるから」

小春、紅音、小春の3人は猫耳ちゃんと言葉を交わしたあと、森の方へと出発した。

「俺たちも行こうか?」

「うん、そうだねー」

渡された依頼書をそのまま猫耳ちゃんに手渡す。

「ダークゴブリンの討伐ニャ! じゃあ村の西にあるユタカ草原に向かうニャ」


 「なあ七海、これって本当に2人上限のクエストなんだよな?」

「うん、そうなってる」

ダークゴブリンの位置を把握するため少し高くなっている場所から広い草原を見渡した俺たちは、ふたり揃って依頼書の記載内容を何度も確認していた。今の問いもそれに対する返しも、そっくりそのまま3回目である。

「ダークゴブリン討伐……確かに何体討伐とは書かれていないけど」

広い草原の1ヶ所に濃い紫色の塊がわかりやすく存在しているのだが、どうやらゴブリンの集合体のようなものらしい。

「初心者とかビギナー向けのクエストじゃなさそうだよな」

「私のアクセス権があればあんなのに絶対負けないようにステータス変更できるのになー」

七海は左右それぞれの手にナイフを一本ずつ握り、楽しそうに笑う。

「じゃあまあ……行きますか!」

俺は剣を鞘から引き抜くと七海と一緒に草原へと駆ける。

「七海速っ!」

体ををわずかに低くしながら草原を駆ける七海はまさしく盗賊といったところか。

先にゴブリンたちと衝突した七海は一番手前の個体をナイフで切りつけると高く跳躍しつつ空中で別の個体を、そして着地して3体目にナイフを振るった。

「すげぇ動きだ……」

「ユッキー! これ楽しいよ! 体が勝手に動くの!」

「よし、俺もッ!」

右手を思い切り上に振り上げる。

それをそのまま振り下ろすと近くのダークゴブリンの頭頂部から一気に地面まで、まるで包丁で豆腐でも切るように両断できた。

「あ……なんか気持ちいい」

真っ二つになったゴブリンは獣のような呻きとともに黒色の塵となってあっという間に消えていく。

七海は素早さを活かして順調に討伐を進めている。


「やめろ人間!」

七海に負けじと剣を振るった俺に突然投げかけられた命令口調に体を向けると、本来1メートルほどの体長しかないであろうゴブリンを人間サイズに大きくしたような異形が俺に地味な剣を向けていた。

「これ以上我が仲間を傷つけるというのであれば我が貴様を斬るぞ人間!」

「お前がこの群れのボスか?」

「そうだ。ケルベロ様に使える三騎士のひとり、ダークゴブリンナイトである」

正眼に剣を構える。はっきり言って普通のゴブリンは数こそいるが攻撃はほとんどしてこないし耐久も低い。だがこいつは? 大きさもそうだがこうして会話もできる知能と、控えめだが鎧も剣も持っているのだ。

「さあ、どこからでもかかってこい!」

ゴブリンナイトは剣を右手に持ったまま腕の力を抜いたように刃先を地面に向けている。

構えない。つまり攻撃を誘っている……? それとも余裕なだけか……?

下手に飛び込んで敵の術中にはまってしまえば考える間もなく連続で攻撃されてHPをすべて失ってゲームオーバー、なんてこともあり得るのだ。

自然と手汗が滲んでくる。

「どうした! 怖気づいたか?」

すでに勝ったかのような感情を見せながらあくまでも挑発してくるゴブリンナイト。

相手のほうから攻撃してくる気配はない。

足の下の柔らかい草を踏み固めるように力を入れ、地面を蹴る。ほとんどタックルのような勢いでゴブリンナイトに突撃するとゴブリンナイトは余裕の表情で剣を頭の上に振り上げた。

「うおおおおおおおおおおおおお!」

敗北を覚悟しながら奴の懐に剣を突き刺す。鎧を少しの抵抗で突き破ると、他のゴブリンを斬った時のような豆腐に似た感覚

「我が、負ける……だと!? ……あ、我の大切な『宝箱』が落ちてしまったー」

なぜかものすごい迫真の演技の直後に棒読みの演技と大根役者な動きで宝箱を放り投げると、ダークゴブリンナイトはその鎧と武具、そして小さなダークゴブリンたちもろとも消えてなくなった。

「どうせならもう少しそれっぽくやってくれればいいのに……」

思わずそんな声が漏れたが、気持ちを切り替えて宝箱をゆっくり開く。

中には結構な量の、結構な重さの金貨が詰まっていた。


 「あ、お疲れ~」

「幸人様、遅かったですね」

「七海ちゃんもお疲れ様」

紗雪たちとも合流した俺たちは武器屋へと向かった。

「おう、やっと来たな」

ニコニコしながら店主は俺たちを出迎えた。

「金は集まったか?」

「ああ、ほら」

金貨の詰まった重い袋を木のカウンターにガチャンと乗せてみせる。

「へっ、十分だな」

店主は俺を指さすと剣と西洋式の鎧を取り出した。

「ライトソードとライトアーマーだ。この店じゃ一番いい装備だぜ!」

ライト、というのだから軽くて威力も弱いのだろうと思って装備するが、肝心のステータスが見れない。

「で、そっちの射手アーチャーの嬢ちゃんにはこいつだな。『フェアリーボウ』」

薄い桃色の弓を紗雪が受け取って感触を確かめるように握りしめる。

「そいつのすごいところは照準補助がついてるってところだ」

続いて店主は分厚い本と紙の束をカウンターに乗せた。

「魔法使いの嬢ちゃんには中級魔法の書とルーン刻印だ」

残りの金貨もかなり少なくなってきてしまった。

「盗賊の嬢ちゃんはこれなんかどうだ? 『マナ・ダガー』っていうんだが、魔力を消費することで威力が上がるって代物だ」

紫を基調とした2本のナイフを七海が手に取り、頷く。

「で、そっちの嬢ちゃんは……」

「ああ、私のことなら気にしないでください。自分でなんとかするので」

「そうか? なら先の話だ。ついさっき緊急のクエストが掲示板に貼りだされた。受けちゃくれねぇか? この村にゃ冒険者はあんたらしかいねぇ」

「緊急クエスト……か」

「いいじゃん! 行こうよー」

全員の意思は同じだった。


 「期待してるニャ!」

そう言いながら手としっぽを振る猫耳ちゃんに見送られ、俺達は緊急クエスト「緊急! ケルベロス討伐」に出発していた。

「幸人たちもクエスト中に騎士を倒したのね?」

「ああ、ってことは紅音たちも?」

「はい、ゾンビナイトでした」

「あれは凄まじい攻撃だったわね……小春が」

「小春が!?」

「当たり前じゃないですかー、あんな気持ちの悪いモンスターなんてその存在ごと消してしまいたいレベルですよ!」

「やめて! 普通ならただの暴言だけどこの空間でお前が言うと本当に消えてしまいそうだからやめて!」

紅音がひどく焦りながらツッコミをしたところで、俺たちは目的の洞窟にたどり着いた。


ごつごつした洞窟の中に入ると、奥から少し肌寒いような風が通り抜けていった。

「少し寒いわね、『ヒート』」

紅音の呪文に反応してその右の手のひらの上に小さな火の玉が浮かび上がる。

「これで問題ないわね」

「私はまだ寒いなー」

肌の露出度が最も高い七海は当然寒そうに自らの肩を抱いて少し震えている。

「ユッキーおんぶ~!」

俺の返答を待たずに背中にくっついてきてジャンプでもするように飛びついた。

「重い!」

嘘だ。実際、そこまでの重さではない。ただ紅音や紗雪よりも引き締まっているのに程よい柔らかい感触とか、香水とかそういうのとも違ういい香りとか色々と、別にナニかがまずいとかそういうわけでは断じてないけど、とにかく思春期の童貞には刺激が! 色々と刺激が強くて!

「幸人さん、鼻息荒いですよ?」

「七海に欲情してんのよ変態だから」

「そなの? ユッキー」

「う、うるさい」

「幸人様、いくらゲームの中だからってそんなに素直に性欲を表に出されても困ります」

とかなんとか言っていながら、小春の顔にはいつもの悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

「とにかく……行くぞ!」

仕方なく、本当に仕方なく七海を支えるように手を回す。スポーツをやっているという設定のキャラだけあって引き締まった太ももはまた心臓に悪い感触、弾力を俺の両手に与えてきた。

「ん? まずいぞ、モンスターだ!」

「まだ距離があるわね……紗雪!」

「はい!」

紗雪の放った三本の矢はすべて的確に迫ってきていた獣の眉間を射抜き、その後ろに控えていたどろどろのモンスターを紅音の放った業火が焼き焦がす。

暗く長い石の階段、入り組んだ小道やスイッチで動く隠し扉。ダンジョンの定番の仕掛けを難なく退けたのはひとえにこの俺が現実リアルではそこそこのゲーマーであるからに他ならない。

「あ、広いところに出るみたいですよ!」

少し警戒しながら広いホールのような空間に入ると、壁際に配置されたいくつもの松明が一斉に燃え上がった。

「手の込んだ仕掛けだな」

あまりの演出に思わず飛び出していた呟きがそれに聞こえていたのかはわからないが、空間の中央に鎮座しているそれのに赤色の光が宿った。

「誰ダ……我ガ主ニ近ヅコウトスル愚カ者ハ」

人の声ではない低く重い唸るような声でその異形はそう言った。その両の手に薄紫色の光を妖しく放つ剣を握りしめて。


 「お前が最後の騎士か」

「ソウダ、我コソケルベロ様ニ仕エル最強ノ騎士、『デーモンナイト』デアル」

「大した中ボス感だな」

俺は今、いつになく余裕で強きだった。小春がパーティにいること、そして例え小春がいなくても勝てるだろうと思わせてくれる仲間がいてくれるから、俺は強気で前に出ることができた。


「がんばれ-! ユッキー!」

「あんな中ボスに負けるんじゃないわよー」

「幸人さん、怪我しないように気をつけてくださいねー!」

「あ、デーモンナイトの強さの設定『鬼畜』に設定しておきましたから」

「一斉に攻撃するんじゃないのかよ!? あとそこ、人の了解なく難易度変えてんじゃねぇ!」

「独りデ向カッテクルトハ大シタ度胸ダ」

デーモンの頭上にHPや魔力のゲージが表示され、俺に戦闘開始のタイミングを教えてくれた。

「うおおおおおおおお!」

ゴブリンナイトと戦った時のような突進にも似た突撃をかける。単純な力比べや技量では相手の圧勝だろう。かといって状況を見極めようと慎重になりすぎれば実力の高い経験豊富な相手のほうが有利となってしまう。

だから俺に残された選択肢は、短期決戦で考える暇も与えずに倒すことのみ。

それに、全くの無策ってわけでもない。2本の剣をそれぞれで使う敵キャラは規格外なものを除けば似たような挙動で戦闘を行うはずだ。ましてそれが突然の判断でかつ相手を侮っているような相手であればなおさら……。

「いくぜ! 先手必勝斬りぃ!」

間合いが近くなったところで右腕一本で剣を振るう。デーモンナイトは何でもないという感じでまるで虫を払うように右手の剣をまっすぐに立てて俺の剣を受け止める。金属がぶつかる音を合図に俺は体を全体的に屈めた。

直後、ほんの一瞬前に俺の首があったであろう場所、今の俺の頭上を奴の左手の剣が通り抜けていった。

想像通り……。

あまりにも自分が思いついたことが、想像していたことが、まるで初めからそう運命付けられていたとでも言うように起こり、自然と口元が緩んでしまう。

片方の剣で相手の剣を受け止めた双剣使いはの多くは、武器の数における優位性を信じて次の一手を打ってくる。防ぐ手立てのない、その無防備な首を斬り落とすためにもう一方の剣を振るう。

予想でもしていなければ決して避けられないような、しかし予想をしていれば避けられるその一撃を、俺はまさに思い描いていた。

敵は剣を振り抜いた反動でまだ次の一撃は放てないようである。俺は素早く右手の剣を手前に引いて相手の腹を見据える。

――った。

確信がそこにはあった。

相手が普通の使い手であったなら、俺の剣は確実に相手の下半身と上半身をお別れさせていたことだろう。

しかし、相手は規格外だった。横っ腹から生えたグロテスクな腕が俺の剣を掴み、押しても引いてもびくともしない。

「我ノ……勝チダ!」

上を見上げた時にはすでに遅く、俺の首はその2本の剣によってきれいに斬り飛ばされた。


さて、首を斬り落とされたのになぜか意識の残っていた俺がその後見たものはなんともあっけないデーモンナイトの最期だった。

動きの速い七海に翻弄され、遠距離から矢を放つ紗雪に手も足も出ずに蹂躙され、ホール全体を焼かんとする紅音の業火によってその身を焼かれ、いい加減めんどくさいと言った小春によって、デーモンナイトは理不尽にその存在を消されたのだ。

今頃データのゴミ箱の中で泣いているに違いない。


 「さあ、いよいよラスボスの登場ですよ!」

とは言われても最奥の部屋にいたのは驚きも新鮮さもないケルベロくんである。

「よくぞここまで辿り着い……ん? ユーザー様が死んでいるぅ!?」

「おう! デーモンナイトにバッサリもってかれたぜ!」

心の中で親指を立てながら、頭部だけの俺は七海に抱えられた状態でケルベロくんに最高のスマイルを向けてやる。

「そんな馬鹿な!? あんなに弱い設定にしてたのに!?」

「ああ、あれは私が変えました。反省はしていません」

「お前は少し反省というものを覚えよう、な?」

「さすがにユーザー様がその……死んでいる状態でゲーム進めるのはちょっと……」

「ケルベロくんがそう言うなら蘇生させましょう。……よっと」

小春が行動として具体的に何かをしたわけではないが、何とか俺の体が元に戻った。

「さてと、気を取り直して――」

「ハイバァーニングゥッ!」


臨戦態勢に戻ろうとしていたケルベロくんが紅音の魔法によってマグマに包まれてしまった。

「戦い終わるのはやっ!?」

戦闘開始前の一瞬で勝敗が決してしまった。

これでこのファンタジーの先行体験は終わりかという達成感と物足りなさ。

「まだまだ終わりませんよぅ?」

「は?」

灰も残さずに溶けたはずのケルベロくんの声に小春以外の全員が身構える。

「きゃあっ!?」

短い悲鳴に後ろを振り返ると、倒したはずのケルベロくんが紅音を頭から食べていた。

「ああ、安心してください、噛んでませんよ? 丸呑みですぅ」

ラスボスモードではない平常モードのまま、紅音を完全に呑み込んでしまった。

「ラスボスが魔法一発で簡単に倒されたりなんかしたら面白くもなんともないただのクソゲーですもんねぇ」

紅音に続いて丸呑みにしようと突き出される頭を、七海は素早い動きで、紗雪は矢の連射で退ける。そして俺は……。

「ああ~、なんかお風呂みたいな温度で快適だな~」

見事に呑まれた。

40度前後のお風呂のような温もりと、獣らしくないアロマな香りによってこの口から出たくなくなるような恐ろしいほどの安心感が脳を支配していく。

「ウルトラァ~ハイパァーバーッ……ニングッッ!」

直後、ケルベロくんの腹の中から聞こえてきた紅音の魔法詠唱によって、ケルベロくんは悲鳴をあげる間もなく体を爆散させられ、俺は体をすべて溶かされて再びその命の灯火を消されることとなってしまった。



 「まあ楽しかったわね」

「そうだねー!」

「またやりたいですね!」

「幸人様も楽しんでいただけて何よりです」

「楽しんだ、ああ楽しんださ。でもさ、首は斬られるわ体は溶かされるわで散々だったんだぞ?」

「まあまあ、まだまだ改善する箇所の多い先行体験版ですし……まずは恋愛シミュレーションとしてのこのゲームを確実に成功させないといけません」

「じゃあいよいよ最後のヒロインの攻略にいくんだねー!」

「これで最後のストーリーだからちゃんとやんなさいよね!」

「ああ、わかってるよ」


モニターとしてのプレイも次のヒロインの攻略でひと区切りと言ったところだろう。

高揚感と、なぜかわからないもの寂しさで胸がいっぱいになる。

「ユッキー!」

「ん?」

七海に呼ばれて七海を見ると、七海は少しだけ頬を染めながら俺に笑顔を向けて……。


「私のストーリー短かったからストーリーモードも全部終わったら……」

そこで一度言葉を切って俺の耳元に顔を目一杯近づける七海。


「ふたりだけでデート、しようね!」


「お、おう!」

恥ずかしさのせいで七海を見ることもできず、返答も照れ隠し見え見えの無愛想なものになってしまった。

「ちょっと七海、幸人と何話してたのよ!」

「ツンちゃんには関係ない話だもんね~」

「こんのぉ!」

そんな少女たちのやり取りを見て聞きながら、俺は次なるヒロインのもとへ向かうのだった。

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