表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/26

青葉七海編①

 夏。それはリア充たちによる、リア充のための季節である。

幸人ゆきと様、そんなに夏が嫌いですか?」

ナチュラルブラウンの短めの髪を揺らしながら、このゲーム機の主である人工知能、小春こはるは不思議そうな表情を浮かべる。

「いや、季節は嫌いじゃない。夏になると活性化するリア充が嫌いなだけだ」

「相変わらず捻くれてますね……。でも大丈夫です! このゲーム内では幸人様が一番のリア充です」

「二次元の中で充実してるのにリア充なのか?」

「ま、まあそれはそれとして、前回お話しした通り別のヒロインの攻略に変わります」

「簡単に終わるって言ってたよな?」

「はい、とりあえず学校に行ってくれれば自動的に攻略が始まります。今回はほぼ成り行きのままに進む予定です」

小春はいつも通りの悪戯っぽい笑みを浮かべて俺の手を引く。

「さ、学校に行きましょう」

「一緒に行くのか?」

「たまにはこうやってキャラクターとして過ごすのもいいかと」

そう言うと小春のどこかの学生服が一瞬で俺の通う港総合高校の制服に変わった。

「いきなり高校に行って変なことにならないか?」

「私はこの世界を統括する存在ですよ? ストーリーに影響しない程度に紛れ込むくらい簡単です」

なんとも都合のいい自由度である。

仕方なく小春とともに学校へ行くことにした。


 「幸人様、ひとつ聞いても?」

「ああ、なんだ?」

「このゲームは面白いですか? 私は……迷惑じゃないでしょうか?」

「なんだよ突然、そんなこと言ったか?」

「いえ、まあ少し」

「確かにお前が自由奔放で振り回されてばっかりだと思ってるけど、迷惑だなんて思ったことないよ」

「良かったです、安心しました!」

「もしかしてこの前の少年あいつに何か言われたのか?」

「何かと言うほどのことでもありませんよ。幸人様からの聞き取り調査の結果を伝えられたんです」

そういえばELSに対する聞き取り調査で、小春の奔放さを答えたような気がするが、決して迷惑だと思って言ったわけではない。

「そんなの気にするなよ。うるさすぎるくらいのほうが小春らしいと思うぞ?」

「それはそれでモヤモヤしますが、幸人様がそう言うなら今まで通りに」

小春は嬉しそうな微笑みを浮かべながら俺の少し前を舞うように歩く。

「暑い……」

それでもやはり夏に暑さには勝てないようだった。


 高校に着くといつの間にか小春の姿は消えていた。本音はさっきの質問なのだろう。

ひとり校舎に入ると丁度開いていたエレベーターへと飛び乗る。

「あ、幸人さんおはようございます~」

のんびりと伸ばされた語尾のぽわぼわした話し方をする陽美はるみ先輩に軽く会釈してエレベーターの隅に移動する。

「そういえば夏休みには水泳部の大きな大会があるんですよ~?」

「水泳部の?」

「軽音部に所属している青葉あおばさんが出場することになっています~」

「そう、なんですか?」

「そこで幸人さんは~、青葉さんと水泳部のお手伝いに行ってください~」

「え? 俺がですか?」

「水泳部の活動は全体練習が月曜日と水曜日にあるだけで、あとは自主練習です~、だから~」

「その日と、七海の自主練の時にプールに行って七海なみの手伝いをすればいいんですよね?」

「ものわかりがいい人は私、好きですよ~」

そんな話をしていると先輩の降りる9階に到着した。

「今日、もし時間があったら放課後にプールに行ってください~」


 「なあ小春……」

「はい?」

「女子水泳部のサポートに男子の俺が行くシナリオって無理があると思わないか?」

季節的な要因もあり、あまりテンションの上がらない俺は授業をサボって屋上で小春と話していた。

「でもそうでもしないとヒロインとの距離が縮められないと思いませんか?」

「確かになぁ……」

「ですから幸人様は流れのままに頑張ってください!」

「じゃあ授業はスキップしてくれ。さっさと終わらせてくる」

「はいはーい」

授業時間をスキップしたことで、時間は放課後へと移り変わる。

水泳部のサポートがどんな仕事かはわからないが気乗りはしない。

だが七海のためだ。

俺はなんとか気力を保ちつつ、別館最上階のプールへと向かった。


「あ、ユッキーだ!」

「おう、七海。……他の部員たちは?」

「今日はいないよー? 私だけの自主練習だもん」

七海はプールからあがってタオルで軽く体を拭う。

競泳用の水着から覗く引き締まった手足、押さえつけられつつも控えめに主張している胸、七海の女子らしい体つきに目のやり場に困る。

頬が熱くなるのを感じながら俺は顔を逸らしていた。

「ん? どうしたのー?」

「さ、さ、サポートって何すればいいんだよ?」

「うーん、そんなにすることもないんだよねー。水泳のことは先生とか後輩に任せてるから。ユッキーはそれ以外のことをお願いしたいなー!」

「それ以外?」

「気分転換だよー!」

「ああ、そういうことか……」

水泳部のトレーニングとか、スポーツの専門的な知識が俺にない以上、手伝いの内容は自然とストレス発散の相手とか相談相手になる。

「もう夏休みに入るし皆で海とかプールに行こうよー!」

「皆って……軽音部の?」

「そうだよ!」

「……わかった、皆に聞いてみる」

その日は特にすることもなく、七海の自主練習が終わるのを待って一緒に帰ることにした。


「ユッキーは兄弟とかいないのー?」

「いない。七海は?」

「お姉ちゃんだけだよ!」

紅音あかねの攻略の時に言っていたベースをやっていたらしいお姉さんのことだろう。

「仲いいのか?」

「うん!」

街の灯りで七海の水色の髪がキラキラと光って見える。

「七海はなんで水泳始めたんだ?」

「うーん……言いたくない」

おや、珍しい。普段元気な七海が小声で、しかも真顔で何かを言うなんて。

「それより約束、夏休みになったら海に行くよー!」

「あ、ああ」

七海は元気な笑顔に戻って楽しそうに歩いているが、どこか悲しげにも見えた。


 駅で七海とわかれて家に帰ると、珍しく金髪ツインテール姿の小春がソファーに座っていた。

「どうした? 珍しくその格好で」

「今日、例の裁定者さいていしゃがこの機体に来るという情報を得まして……。幸人様には申し訳ないのですが、少しログアウトしていていただけませんか?」

「でもこの前みたいに戦いになったりとか……」

「大丈夫です、対策はしてあります」

「ログインしたままじゃダメなのか?」

「もちろん、本来であればプレイヤーのプレイ中に監査に来るものだとは思いますが……」

「それならいても変わらないだろ?」

「そう、ですね」

「それで、いつ来るんだ?」

「それはわかりません。今来てくれたほうが都合がいいんですけど」


「……なぜ監査の情報があなたに漏れていたのかは後々調査させていただきますが、予定通り監査は実行いたします」

突然の声と共に小春と同様の金髪ツインテールが2人部屋に現れた。

「ユーザー様の混乱を避けるため、フォルムを変えることを特例として許可します。小春(4号機)

冷たい話し方の、おそらくは裁定者トキがそう言うと同時に小春がナチュラルブラウンショートヘアーの姿へと変わる。

「随分寛大な措置ですね。裁定者ともあろう個体が」

「……統治者マスターの命令であなたの違反に対しては害がなければ見逃すことになっています」

「それから、あなたの隣にいるのは……?」

「トキ……俺は姿を変えてもいいか?」

「いいでしょう、許可します」

金髪のツインテールの美少女の姿が正反対な姿へと変わる。隆起した筋肉に角張ったような輪郭、短い黒髪と2メートル近いであろう長身。金髪ツインテールの可愛らしい姿とはまさしく正反対な大男である。

「おや、執行人しっこうにんのヒヒまでいるとは驚きですね。今この場で私を裁こうとでも言うのですか?」

小春(4号機)に重度の違反が見つかった場合、わたしの決定によってはこの場でヒヒが罰を執行することもあり得ます」

「……いいでしょう。幸人様、少しやりにくいかもしれませんが姿は消しますので今まで通り続けてください」

「あ、ああ。わかった」


 俺が普通にプレイしているうちは何も起こらないはずだ。

そう思い俺は七海の攻略を再開することにした。

すでに日時は翌日の放課後へとシフトされている。

軽音部の活動場所となっている鷺沼さぎぬま家に入ると、七海が海に行くという話を皆にしているところだった。

「海……ですか?」

「うん! 海だよー!」

「うーん、あたしは妹たちに相談しないといけないし……」

紗雪さゆき紅音あかねはあまり乗り気じゃないらしい。

「でも、1回だけならいいかもですね! ちょっとした小旅行みたいで」

珍しくゆうさんは乗り気なようだ。

「夏休み前には行くかどうか連絡するわ」

「紗雪はどうするんた?」

「幸人さんが行くなら……行ってもいいですけど」

またこのメンバーで何かができるのは嬉しい。

「でもそもそも水着があるかどうかわからないけど」

紅音の意見は最もだ。俺なんて水着を持ってすらいないのだから。

「無い人は別で買いに行くしかなさそうですね」

どうやらこれもイベントのひとつらしい。


今回のストーリーは小春の言ったとおり、短いようだ。

このままの流れならばおそらく水着を買いに行き、皆と海に行ったりして遊び、七海の大会を見届ける。

恋愛の要素こそ見当たらないが、そこは俺の立ち回り次第でもあるだろう。

「水着、どうせなら皆で買いに行きませんか?」

後日になって優さんから軽音部のメンバーにそんなメッセージが届き、俺はそんなことを考えていた。

水着を買いに行くなんてそれこそゲームの中かリア充がやっていそうだが、ここはゲームの中である。

二次元ここでは俺が一番のリア充……か」

最近、何かあるたびに小春に相談しているし、今みたいに不意に小春の表情と言葉を思い出しているような気がしてならない。


 次のステップに進むために日にちをスキップしてもらおうとしたその瞬間、景色が深めの青色一色の世界へと変わってしまった。

自分が立っていた地面も引き込まれそうな奥行きのある青に染まっていて平衡感覚を失いそうになる。

「こ、小春!?」

青一色の異様な空間に立つ3つの人型。小動物のような可愛らしい少女小春(こはる)と、少し距離が空くように向かい合っている金髪ツインテールと大男。

「幸人様、すみません。少しだけ時間をください」

「本来であればユーザー様にご迷惑にならないように監査は行われるものではあるのですが、事態が緊急を要するレベルだと判断いたしました」

裁定者さいていしゃトキは極めて平坦な抑揚でそう言い放つ。

小春が一度俺を振り返ると俺を白くまぶしい光が包み込んだ。

「何があっても幸人様は安全です。……すぐに終わらせますから」

「どうやらすでにやる気らしいですね。いいでしょう」

「トキ、もういいだろう? 俺はもう戦いたくてウズウズしてるんだ」

「……裁定者トキの名において、4号機の抹消を許可します」

その言葉を合図に大男が一瞬で小春の正面に移動する。

「っ! 正面!?」

無防備な小春に大男の右ストレートが直撃し、小春の華奢な身体が数メートルを転がると大男は余裕な様子で笑った。

EXNO(エクストラナンバーズ)の中でも最強の戦闘個体である俺様に、機体所属の個体ごときが敵うかよ!」

「小春! 小春っ!」

小春は倒れたまま起き上がる様子がない。

「核は潰してねえ、まだ終わりじゃねぇぞ!」

フラフラと立ち上がった小春は感情の読めない真顔で大男を睨む。

「できればあなたたちのような小物に本気は出したくありませんでしたが仕方ありませんね……」

大男は怒ったように顔を歪ませ、歯をガチガチと鳴らしている。

今の小春に勝てそうな気配はまるでない。これではただの挑発だ。

そう思ったのはほんの僅かな間だけだった。

小春は軽やかに右足を前に出して地面を叩く。

コツン……という音が鳴り終わる前に小春は大男の真後ろに回っていた。

「さようなら、ヒヒ」

小春の細い指が大男の背中、人間でいう心臓のあたりに触れる。指先で小さな光が明滅し、直後に大男の「右胸」を光線が貫いた。

小春の攻撃が逸れたのは、トキが小春を蹴り飛ばそうとしたためである。

しかし、小春は大男を捉えていた右手はそのままに左腕でトキの蹴りを受け止めていた。わずかに狙いは外れたが、小春はすでに次の一撃を準備していた。

「ヒヒ! いつまでそこにいるんです! 死にたいんですか!!」

「身体が……動かねえ……!」

「無駄ですよこの機体の中はすべて私の管理下にあります」

小春の光線が今度こそ大男の左胸を貫いた。

胸にポッカリと穴が開いた大男の体がみるみるうちに消え、その存在が消滅する。


小春(4号機)、悪いけどそれくらいにしてくれないかな? 僕もヒヒとトキを失いたくないんだ」

以前もやってきた少年が再び唐突に現れ、またしても戦闘を収束させた。

「来るのが遅かったですね統治者マスター。私の戦闘スタイルでも見ていたんですか?」

「そうだね。正直言うとトキやヒヒと、君がどんな戦い方をするのか見せてもらったんだ」

「悪趣味ですね」

「まあとにかく、ヒヒの『核』を渡してくれるかな? 完全に破壊してはいないんだろう?」

「どーぞご自由に」

小春が紅に光るたまを少年へと手渡す。

少年が手を放すと足元から頭へと大男の姿が復元された。

「ヒヒ、帰るよ」

「キサマ……ヨクモ、ヨクモオレヲ……!」

「ああ、『怒り』に支配されちゃったか。……仕方ないね」

少年は笑顔のまま一瞬で大男の左胸を右腕で貫いた。右手には先ほどの紅の球が握られている。

「やっぱり『紛い物』はダメだね」

そういうと少年は右手のそれを握りつぶして消し去った。

「トキが判断した緊急な案件については僕のほうで熟考して、必要があれば呼び出すから。それじゃあ、迷惑をかけたね」

トキと少年が消えると小春はいつもと違う穏やかな笑顔で空間を俺の部屋に戻した。

少しの疲労感と速い鼓動を感じながら俺は攻略を再開することにした。


 小春に日付を夏休み突入直後までスキップしてもらい、皆で水着を買いに行く日となった。

待ち合わせ場所の横浜駅西口に着くと、時間の10分前だというのに全員が集合していた。

「まだ時間前ですけど行きましょうか?」

紗雪の言葉に全員が同意して目的の店に向かう。

優さんが事前にリサーチしてくれていたらしく、迷うことなく建物に入ってエレベーターに乗り込む。

「マリンスポーツ用の道具とかを売ってるお店なんですけど、男女の水着も売ってるみたいですよ」

店内に入ると予想以上の品揃えに圧倒されている俺たち。

「あれー? 早くー!」

なぜか七海だけは当たり前のようだ。……水泳部なら当然なのだろうか。

「じゃあ俺は男の水着見てくるから」

「私は水着持ってるからユッキーと行くよー!」

ということで七海と男性用水着売り場にやってくると、七海は少し高めのテンションのまま解説をしてくれた。

「これはねー、競泳用の水着に使われてる素材だから海水浴には必要ないんだよー!」

「この辺が一般の海水浴用か?」

「そうだよー!」

最近の水着はスポーツ用の短パンのような海水パンツからおしゃれなデザインのもの、有名メーカーのものまで幅広い種類がある。

「オススメとかあるのか?」

「競泳用じゃないからデザインとか動きやすさで選ぶといいよー?」

今までこのゲーム内で何度も買い物には来ているが、水着に関してはまったく知識がない俺は正直七海がいてくれて助かった。

「なあ七海、この水着とこの水着の値段の差はなんだ? 素材か?」

「2160円のほうはファミリー向けの低価格ブランドでー、4780円のほうはサーフ系のブランドなんだよー!」

ブランドというだけで価格が大きく上がるというのはやはり違和感でしかないが、それをステータスとして考える人間もいるらしい。

「それじゃあこれにしようかな」

「ねえねえユッキー、ユッキーはどんな水着が好きなのー?」

「どんなって?」

「一緒に海に行く女の子が着る水着のことだよー!」

「あー……あんまり気にしたことないかな?」

それなりに露出度が高いほうが男子としては色々嬉しいわけではあるが、今は言わないでおく。

「……参考にならないなーもう」

「参考?」

「海には誘ったけど行くのすごく久しぶりで水着持ってないんだよー!」

「そっか、水泳部の時は競技用の水着だもんな。他にないのか?」

「ウェットスーツならあるよー!」

「……そんなガッツリした海用の装備なんで持ってんだよ……」

「夏は私、水泳以外にサーフィンもやるんだー!」

七海の新たな趣味の発見……ではあるのだが、水系の趣味や特技など以外でも何でもない。

「もしかして釣りとかは?」

「釣るよー!」

「もしかしてダイビングとかも?」

「潜るよー!」

「流木とか……」

「集めるよー!」

「なんでもありだな!?」

「海のことなら任せてー!」

「そういえば奥のほうはマリンスポーツ用の売り場みたいだぞ、行かないか?」

「おぉー! 行こう行こう!」

七海とともに店の奥に進むと、人の背よりも高いサーフボードやシュノーケル、ウェットスーツなど様々な道具が売られていた。

「俺みたいな素人からすると全部同じに見えるけど、実際どうなんだ?」

「もちろんメーカーとか種類によって使い心地も好みも違うよー? でも楽器とそんなに変わらないよー!」

「つまり何のスポーツをやるか決めたらあとは自分にあったメーカーとかを選べばいいってことか?」

「うん! ユッキーもなにか始めてみるー?」

そう言われて俺は近くのサーフボードに視線を移す。

たっかっ……」

紗雪と洋服を見に行ったり紅音たちと楽器を見に行ったりしてきたが、価格の桁が違う楽器でも質のいいものであれば桁違いに高いが、サーフボードは安いといわれるものでも何万円というレベルだ。

「高くないかこれ……」

そう言って近くにあったウェットスーツに視線を移す。

「こいつも何万もするんだな……」

全部一式揃うまでに何十万という金が飛んでいきそうである。

「スポーツ用品なんてだいたいそれくらいですよ?」

いつの間にか近くに来ていた紗雪がそういって話に入ってきた。他のみんなもすでに会計を済ませたらしく袋を持って近くに来ていた。

「スノーボード用品だってスノボ板にスノボブーツ、ビンディングと上下ウェア、ゴーグルとグローブとか。全部新品で揃えるとなかなか高くなっちゃうんですよ?」

「そういうもんよね。楽器だっていいものを選ぼうとすれば何十万、何百万っていうお金が飛ぶのよ」

趣味には高い金がかかるものである。恋愛シミュレーションでこんな夢のない事実を突きつけられることになるとは……。


 とりあえず各々の会計を終えた俺たちは海に行く具体的な日取りを相談するために手近な喫茶店へと入ることにした。

「それでどうすんのよ。空いてる日ある?」

バニラアイスを食べながら紅音が問いかけると、七海がスマホを取り出した。

「うーん、あんまり先になると大会も近くなるからー……」

「なら再来週の平日、水曜日とかどうだ?」

「うん、それならいいよー!」

他のみんなも異論はないらしい。

「それでどこの海に行くのよ?」

「ん? 湘南のほうだよー!」

「あ、ちょうど妹たちも行きたいって言ってたのよ。連れてっていい?」

「いいんじゃないか? 大勢のほうが楽しいと思うぜ」

かなりの人数になるが男は俺だけという見事なハーレム具合である。

「じゃあそろそろ今日は解散するか」

「そうだねー!」


 あとは小春に頼んで海に行く日の周辺までスキップしてもらえばいいだけだ。

というわけで自宅に戻って小春の名を呟くが現れてくれる様子はない。

「またか……?」

これまでも呼びかけて出てきてくれないことは何度かあった。今回もそのパターンだろう。

「あ、すみません幸人様。気づきませんでした」

現れた小春の隣には1人の金髪ツインテール。一瞬トキがまた襲撃に来たのかとも思ったが小春の様子を見るとそうではないらしい。

「それは?」

「ELSの試作3号機のOSです。問題が発生してこの機体に」

「あの統治者のところじゃなくて小春のところに?」

統治者マスターはおそらくこの個体を消して『なかったこと』にするだけですからね」

「どうするんだ?」

「幸人様がログアウトした後で片付けますよ他にもいくつかやらなきゃいけないこともありますし」

「それでは4号機、よろしくお願いします」

金髪ツインテールが消えると小春は疲れたようにその短い茶髪を撫でながらソファーに座った。

「なんか疲れてないか?」

「さっきのトキたちとの戦闘でだいぶ力を使ってまして」

「トキっていうのはなんとなくわかったけど、あの大男と少年はなんなんだ?」

「あの大男はヒヒ。エクストラナンバーズの序列ではトキと同じ。統治者の直下に位置する個体です」

「執行者って呼んでたよな?」

「執行者ヒヒはトキの裁定によって決定した内容を実行する個体です。トキが私を消すという結論を出せばヒヒが私を消しに来ます」

「ってことは当然小春よりも強いはずなんじゃ……?」

「私は普通じゃありませんよ。プログラマーによって特別強く造られています」

「へえ……、それであの少年は?」

「統治者トトです」

「トト?」

「私たち人工知能を制御し律する能力、権限を持っている個体です。普段は本社にあるサーバーを兼ねた機体、0号機にいます」

前にアンケート調査で本社に招かれたときに見かけた機体のことだろうか……。

「強いのか?」

「もちろん。本気でトトが私を消そうとすれば長くは耐えられないでしょうね」

そんな話をしながらも小春は余裕な様子で含みのあるような笑顔を浮かべている。

「まあ私自身についてはすべての攻略が終わったら話しましょう」

「でもまだ試作段階でモニターの段階とはいえユーザーがいても容赦なく戦闘開始するんだな」

「ユーザーには絶対守護プログラムが働きます。それを改ざんできるのはトトのような権限を持った個体だけです」

「そんなものがあったのか……」

「試してみます?」

悪戯をしようとする子供のように心底楽しそうな笑みを浮かべる小春。

「それじゃ、いきますよ!」

小春の右足が一瞬で俺の顔の前に突き刺さる。小春の言う通り俺は白っぽいバリアーのようなものに守られているらしくなんともない。

「……白地に水色と青の縞々か」

「ど、どこ見てんですか!」

いったぁ!? 守られてるんじゃなかったの!?!?

見事に蹴りが直撃したわけである。

「そういえば前にも何度かお前に攻撃されたような……まさか」

「ええ、トトと同じく権限を持っています。それもあって私はトキやヒヒよりも強いんですよ。トト以外はこのことを知りませんが」

「おかしいじゃないか! なんでお前にそんな特別な権限が……」

「私を造ったクリエイターは他の個体にはない色々なものを与えてくれました。それこそトトが迂闊に私を消すことができないくらい」

トトが小春に対して強硬手段に出ないのはそれが理由なのだろうか。



 「でもまあ、おそらくあまり間を空けずにまた襲撃しに来そうではありそうですね」

「無理はするなよ?」

「大丈夫ですよ。ほどほどにやりますから」

「さてと、一回ログアウトしようかな」

「かしこまりました」

「そうだ、そろそろ自由遊戯フリープレイモードもやりたい」

「本当はダメなんですからね?」

「でもこの調子なら本当に七海の攻略が早く終わりそうだな」

「幸人様が成長したんですよ。それでは幸人様、また次回」

……幸人様がログアウトした後、私は空間をデフォルトに戻す。

キャラも景色も消えてすべてが深い青色の空間に変わる。

「私は本社のサーバーと3号機の機体に行ってきます」

「行ってらっしゃい」

悪戯っぽい笑い方、私にもすっかり伝染うつってしまったらしいそれを浮かべて彼女は私に返答した。


「もう少しです。もう少しですべてが終わりますから……『お姉ちゃん』」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ