プロローグ
最新の体験型恋愛シミュレーション。
国内最大級のゲームお披露目イベントで発表され、他の最新ゲームとは比べ物にならない注目を集めるそれは、全国の恋愛シミュレーションファン待望のゲームだった。
今までの恋愛シミュレーションといえば、据え置き機やパソコンから始まり持ち運びのできる携帯ゲーム機からガラケーやスマートフォンでもプレイできるものまで多種多様な進化を遂げてきた。
そして現在はバーチャルリアリティー、すなわちVRが主流となり普及しており、文字通り手が届く、というところまでやってきていたのだ!
そしてようやくこの最新の恋愛シミュレーションが発表された。ゲーム機の形状は人が1人入るくらいのカプセル型で、卵のような楕円形をしている。
ゲーム自体は幅広く展開されるようだが、初期は恋愛シミュレーションに特化させるらしい。
ゲーム機の名前は「E.L.S」、Experience Love Simulationの略で、読み方はエルス。もうすぐ先行体験会が始まる予定だ。
「では整理番号1番から15番までの方はカプセルに入って始めてください。時間は10分程度の予定です」
俺の整理番号は1番。並んだカプセルの一番左のカプセルに乗り込むと、VRにも使われているヘッドマウントディスプレイを頭に装着して起動ボタンを押した。
直後、一瞬宙に浮いたような感じがした後、俺は砂浜立っていた。
足に伝わる熱い砂の感覚、照りつける日差しと、潮風の香り。俺はまさしく浜辺に立っていた。
「こんにちは」
だからそれをぶち壊すようなメイドの登場は全くの予想外だった。
フリフリのメイド服の、金髪ツインテールの女の子は、清楚な笑顔で近づくと、再び挨拶してきた。
「こんにちは」
「これが攻略可能なキャラクターかぁ。服のチョイスが完全にアレだけど、リアルだなぁ……」
「あのぅ、私は攻略用キャラでもサポートキャラでもありませんよ?」
「え、じゃあなんなの?」
「はい。私はELS4号機のOSです。いわゆる人工知能というやつです」
「OSが人工知能?」
「はい。当ゲームは舞台やイベントなどのベースとなる部分を除いたプログラムは不確定要素としております。その不確定な部分を制御し、適度に調節、変更するのが私の主な役割となっております」
「ごめん、わかりやすく言ってくれ」
「つまり私は神です」
「そういうことじゃねえぇよ!」
「簡単に言いますと、例えばヒロインには簡単な感情がプログラムされています。だからヒロインの行動には既定のプログラムだけでは制御しきれない部分が発生します。そこを私が調整する、というわけですね」
「へぇ、よくできてるな」
「さて、残り時間も5分ほどですし軽く体験してみますか」
「ああ。俺は普通に会話すればいいんだな?」
「はい。それでは」
OSが消えると大人びた美少女が歩み寄ってきた。
「ここにいたの? 探したんだからね!」
「君は……?」
「なに? 記憶喪失ごっこ? 私は柊紗雪。君の幼なじみ。忘れたなんて言わせないんだからね!」
「そ、そうだった。思い出したよ。柊、さん?」
「何その呼び方、ほんとに大丈夫? 頭でも打ったんじゃないの?」
「だ、大丈夫……」
「それではお時間となりました。体験お疲れ様でした。製品版でもぜひお楽しみください。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「俺は霧島幸人」
「霧島幸人様ですね」
「製品版買ったらまた会おうな」
「無理ですよそんなの。機体ごとに違うOSがいるんですから」
「そうか。それじゃな」
カプセルから出てアンケートに回答し、他のブースを見て回るが、やはりELSを超えるようなものは見当たらなかった。
次の日、朝っぱらからスマートフォンの着信音に起こされた俺はその番号を見て一気に目が覚めた。
「もしもし」
「もしもし、私『めーぷるふぁくとりぃ』のELS部門広報担当の河野と申します。霧島幸人様のお電話番号でお間違いありませんか?」
「はい、そうです」
「実は今回、霧島様にご相談がございまして、一度お話をさせて頂きたいのですが、お時間はございますか?」
「はい。なんですか? 相談って」
「実はELSのモニターになって頂きたいのです。当社は発売までの間に人工知能OSとユーザーの関係性と経過のデータを必要としています」
「モニター、俺が?」
「あなた様を含め、先日の先行プレイをされた方の中から年齢や性別によって複数の方に協力をお願いしております」
「わかりました。やります」
「ありがとうございます。機体はこちらのほうで送らせていただきます。機体は無料で差し上げますのでモニターをよろしくお願いいたします」
とても丁寧な電話を切って時計を見ると、すでに遅刻確定な時間であった。
俺は急いで制服に着替えると家を飛び出した。
横浜の学校に通うため、故郷の静岡を出て横浜で一人暮らしを始めてから1年。いまだ生活の変化についていけていない。
私立港総合高校。横浜の桜木町にある私立高校で、のびのび教育がモットーのゆるーい高校である。
12階建てのオフィスビルのすべてが港高の校舎であり、コースによって階が分かれている。
そこの11階に俺の教室はある。
特に話したりするクラスメイトがいるわけもなく、自分の席に座る。
周りではカップルを中心にコミュ力の高そうなグループが構成されていたり、キノコでも生えそうなオタクのグループが構成されていたりするのだが、俺はそのどれにも属していない。いわば個体だ。
なぜ三次元はこんなにも無慈悲で残酷なのだろう。生まれ持った才能と環境にこんなにも影響されてしまう人生なんて、俺は嫌いだ。だから、二次元は俺にとって最大の救いだった。
「お待ちしておりました。霧島様」
「あ、あの……どちら様ですか?」
「私、今朝お電話をさせて頂いた河野でございます」
「ああ、今朝の電話の……」
「早速ご自宅にELSの機体を設置させて頂こうと思いまして」
河野さんが視線を移した先には少し大きめの軽トラが停まっていた。
「今日だったんですか?」
「ご都合が悪いようでしたら改めさせていただきますが?」
「い、いえ。ただ単にこんなに早く来るんだと思って……」
「はい。時間は有限ですから」
結局、ELSを家のリビングに置くことにした。
設置に三十分前後かかるらしい。
「ではモニターについて簡単に説明させていただきます。モニターの状況はOSが定期的に本社に送る設定になっています。なので霧島様が特別何かをする必要はありません。情報を発信するという契約書にサインしていただければこの機体はあなたのものになります」
迷うことなんてなかった。
決断する必要すらなかった。
名前を書いて用紙を渡すと、河野さんは満足そうに帰っていった。
さて、早速起動させてプレイするか……。先行プレイと同じようにカプセルに入ってヘッドマウントディスプレイを装着。背もたれに寄りかかりながら電源を入れた。
直後の浮遊感。ジェットコースターの落ちる瞬間に感覚が似てるからあれがダメな人はプレイできないかもしれない。
「なるほど、浮遊感が苦手な人は起動時に不快感を感じる可能性アリ、ですか」
「俺は浮遊感が逆に気持ちいいくらいだけどな。空を飛んでるみたいで……ってあれ?」
目の前には昨日の金髪ツインテールメイドのOSキャラクターが浮いている。
「昨日はありがとうございました。またお会いできましたね、幸人様!」
「お前がいるってことはこの機体ってもしかして?」
「はい。昨日幸人様がプレイしたELSの4号機です。これからよろしくお願いします、幸人様」
「すごい偶然だな。昨日のがそのまま俺のとこに来るなんて」
「そうですね! それではまずはセットアップから始めましょうか」
「その前にさ、俺はお前をなんて呼べばいいんだ?」
「好きに呼んでいただいて構いません。OSでも人工知能でも」
「いや、なんか呼びにくいだろそれじゃ……」
「そうですか? 昨日の体験会での他のユーザー様方は『OS』とか『人工ちゃん』とか呼んでましたが」
「何か名前ないのか? 開発中に呼ばれてた名前とか製品のコードネームとか」
「識別番号ならありますよ? 『00000004』ですけど」
「余計呼びにくいわっ!」
「わかりましたよ、それじゃあ……霜月小春でお願いします」
「何だ、名前あったのか?」
「私を作ってくれたプログラマーが私をそう呼んだんです。1度だけ、私が完成した時に」
「そっか、ならそれでいいな。えっと……」
ヤバい緊張する……。あいては機械なのに普通の人間の女の子と話してるような気になってくる。
「なるほどなるほど。どうやら幸人様はコミュニケーションが苦手なようですね」
確かに得意ではない。外出とコミュニケーションは最低限しかしないし、趣味もほぼインドアである。
「大丈夫です! いざとなったら私が全力で幸人様の恋愛をサポートいたしますので」
「それで、セットアップってなんだ?」
「私たちOSはユーザー様の好みや希望に合わせてヒロインとなるキャラクターや場所や状況などを再現させていただきます。しかし、初回起動時は当然ユーザー様の好みはわかりません。なので、簡単に質問をさせていただくんですが……」
「そうは言ってもなぁ、我ながら好きなキャラとかシチュエーションとかバラバラだしな……」
「だったら私のお任せもできますよ?」
「そんなことできるのか?」
「はい。細かい設定が面倒な方や雑食な方向けに簡単セットアップ機能があるんです」
「すぐに終わるのか?」
「ええ。その代わり、事細かに設定はできませんよ? すべて私の独断と偏見でヒロインたちを生み出しますから」
「まあ、いいや。じゃあそれで頼む」
「りょーかいです! シチュエーションは学校をデフォルトにしますね。何かリクエストは?」
「だったら、俺たちがいるこの町を舞台に設定できないか?」
「できますよ? さすがに住人の方々の完全再現は難しいですけど……」
「それから、高校は私立港総合高校を設定してくれ。俺は転校生ってことで」
「了解しました! 一部店舗等は権利の関係で似ているお店にすり替えさせていただきます。それではゆっくりお楽しみください」
一瞬の浮遊感の後、俺は港高校の教室に立っていた。
教室の雰囲気や窓から見える景色まで現実の港高校と同じだった。
違うところといえば、教室にいるのが知らない生徒たちだということと、俺の席くらいだ。
しかし、見知らぬ生徒たちの中に、見覚えのある顔があった。
「気づいちゃいました?」
小春の声が聞こえて横を向くと、半透明のメイドが立っていた。
「そうです。昨日のデモで使用したキャラクターの柊紗雪さんですよ。消すのが惜しくて使い回してみました! ちなみに設定は幸人さんの同級生で、初対面になります」
「あの子は攻略対象でいいんだよな?」
「当たり前じゃないですかぁ。あんなモブばっかりだとしたら誰がヒロインかわからなくなっちゃうじゃないですか!」
「ヒロインは何人いるんだ?」
「とりあえず紗雪さんを含めて四人です」
「攻略に必要な選択肢は?」
「選択肢はありません。それがELSの特徴ですから。普通の会話の中で少しずつ関係を深めてください。もし、何かあれば私がサポートしますし」
「ゲームの外の時間が知りたい時は?」
「私がお伝えします。アラームの設定もできますよ?」
「じゃあ夜の8時くらいと、朝は7時30分に設定してくれ」
二次元の中に入り込んで二次元のヒロインたちと恋愛ができる次世代恋愛ゲーム機、ELS。
長い間受け継がれてきた二次元との次元を超えた恋を叶えてくれる夢のゲームに、俺は胸が高まっていくのだった。