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BLACK ACCOUNT  作者: 築野 谷照
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一人の消失

 どうしてこうなった?こいつは誰だ?なぜ俺がこんな目に?他の、仲間はどこに行った?

 疑問は次々に生まれても、それに答えてくれるような者はいない。いや、一人だけその疑問に答えてくれそうな者がいないわけでは無かった。しかしその人物は、今自分の喉元にギラリと輝く刃を押し当てていた。包丁と刀を足して2で割ったような、そんなデザインの方刃剣。

 刃を押し当てたまま自分を見下ろしてくるのはまだ16、7の少女だが、それが仮初めの物であることを男は知っていた。

 先ほど頭の中で渦巻いていた幾つもの疑問。そんなものを実際に問うてみるような余裕は、もはや男には残されていなかった。

 ただ死にたくない一心で、尻餅をついた状態で後退する。手にしたダガーも少女相手には役に立たないことは既にわかりきっていた。

「おいおい、逃げることないだろ?」

 逃げるに決まっているだろう?楽しげな笑みを浮かべながら、ゆったりと余裕の足取りで距離を保ってくるその少女の目を、男はせめてもの反抗で睨み付ける。

 もちろん、そんな視線を受けても尚、少女の表情は涼しげだった。

「心配することは無いさ」

 何の心配だと言うんだ?口に出したわけでもないその疑問に答えるように、少女は「だって…」と続ける。

「これからお前の仲間に会えるんだぜ?」

 目を見開いた。息を呑んだ。男は何かを言いかけるように口を開けたが、声なんて出なかった。口の中がカラカラだ。

「……」

 右手で持った剣の刃を、男の首に押し当てたまま、少女は同じ剣を持った左腕をゆらりと振り上げた。

 一拍。

「あ…」

 自分を見下ろす少女の視線に、狂気以外の何か黒い物があることに男は気づいたが、それを確かめる間もなく、男の目に自分に向かって振り下ろされる刃の反射光が写った。

 剣の刃が反射する光、そして少女の血の如く赤い目、それが男が人生の最後に見た光景だった。

 

 その日の朝、泉ヶ峰唯華〈いずみがみねゆいか〉はいつもの目覚ましがなる20分も前に、知り合いからの電話で起こされるハメになった。

 頭だけを被った布団から出して、恨めしそうに着信音を鳴らす自分のピンク色のスマートフォンへ視線を向けた。

 画面をのぞき込むと、このやかましい着信音の発信者は学校の先輩のようだ。

「休日くらいゆっくり寝かせてよぉ…」

 そんな独り言を言いながら布団の中からスマホへと手を伸ばそうとすると、着信音が鳴り止んだ。

「………」

 2,3秒くらい考えてから、唯華は無視して二度寝することにした。どうせ、どうしても後回しに出来ない用ならまた電話をかけてくるだろう。そんな事を考えながら再び布団を被り直すと、案の定またスマホがやかましく鳴き出した。

 ため息をついて、被っていた布団を除けながらスマホを手にする。たっぷり5秒は画面を見つめてから、画面をタップして通話を開始した。

「っち…朝からなんですか先輩?」

 後に件の先輩、湖珠近衛〈こだまこのえ〉はこのときの唯華の声は不機嫌きわまりない物だったと語る。というか通話を始めた瞬間に普通に舌打ちしていた。


 午前10時半。近衛から連絡を受けて、私立泉堂高校の空き教室の一つである306教室に唯華は到着した。ぐしぐしと眠い目をこすりながら、教室の後ろのドアを開けて入っていく。

 残念ながら既にその教室には先客がいた。もっとも、誰も居なかったりしたら土曜日にも関わらずこんなところに呼び出された唯華は回れ右で即座に帰宅しただろう。

 先客は全部で5人。唯華をこの教室に呼び出した張本人である湖珠近衛。栗色のセミロングの髪に、前髪を止める赤い髪留めと赤渕の眼鏡特徴の少女だ。もう一人は、黒い髪をポニーテールにしたいかにも元気そうな少女。倉野百愛〈くらのももえ〉小柄なためよく中学生に間違えられる。さらにもう一人女子、こちらは少しおどおどした感じの子で、天パのかかった茶髪で、目にぎりぎりかかるくらいまで伸ばしたショートボブ。5人のなかでは唯一の一年生で、名を羽崎葵〈はねさきあおい〉。ここからは男子で、長髪とまではいかないものの、やや伸ばした黒髪に黒縁の眼鏡をかけた落ち着いた印象を持つ少年、高原功〈たかわらつとむ〉。もう一人、他校の制服をきた男子が菅生巽〈すごうつばさ〉だ。

5人は、教室に来た唯華を見てようやく来たかという顔をした。唯華が近衛から連絡を受けたのが8時40分だったから、それから大分時間がたっている。連絡を受けた時点で5人が集合していたならかなり長いこと待たせたのかもしれないが、休日に人を呼び出しておいて、いざ来てやったらそんな顔をされるのは納得できない。せめてもう少し申し訳なさそうな顔をしやがれと、そんな意味を込めながら、唯華は女子の一人近衛に話しかけた。

「で、湖珠先輩。休日のこんな朝早くから何の用ですか?」

「さっき電話で話があるっていったじゃない…それより唯華…挨拶くらいはしなさいよ…」

「おいーっす」

「挨拶それ!?」

 近衛の言葉に適当な返事をしながら、唯華は男子二人の方を見た。明らかに他校の制服を着た男子を指さして近衛を見ながら。

「なんか、部外者混ざってますけど…いいんですかぁ?」

 と言ってやる。近衛の文句の声は完全に無視された。

 その言葉に、唯華以外の全員が「またか」という顔をする。

「だから泉ヶ峰と菅生を同じ場所に呼ぶなって言ったんだ」

 泉堂高校の制服を着た方の男子、高原功がぼそりと呟く。

「なんで俺だけこんな嫌われてんすかねぇ?」

 他校である津浦高校の制服を着た方の男子、菅生巽の嘆くような呟きに対して答える者は誰も居なかった。


 そんなやりとりを終え葵の隣の席に座った唯華は、教室内を見渡して「あれ?」と首をかしげた。

「芳野先輩どうしたんです?」

 もう一人、本来なら芳野政治〈よしのまさはる〉という3年の男子が居るのだが見当たらない。彼が一番学校から近いはずだし、普段もいつも一番乗りだ。そういえば、自分は電車で学校まで来たのだが、その電車代はどうしてくれるんだろう?などと変なところに唯華の思考が飛んでいく。

「お前…定期だろうが」

 教卓の前に立っていた近衛が、急に真面目な顔をしてからぐるりと全員を見回しつつこう告げた。

「今日集まってもらったのは、その芳野の事でなんだけど…」

 それから、躊躇うように口を閉じ一拍おく。

 やけに躊躇してるな…と、唯華が首を傾げた頃にようやく近衛は続きを口にした。

「あいつ、PKプレイヤーキルされたみたいなんだよね……」

 と。

 息を呑む者。

 目を見開く者。

 驚きの声を上げる者。

 眉をひそめる者。

 ため息を付く者。

 5人の反応はそれぞれ違っていた。

「い、いったい誰に!?」

 巽が立ち上がって近衛に詰め寄る。

「落ち着け菅生。わかるわけ無いだろ。……近衛、いつの話なんだそれは?」

 功が巽を止めて席に座らせてから、近衛に質問する。

 さすが、功先輩はこんな時でも冷静なものだと唯華は感心した。まぁ、そんなことを考えている唯華だってこの中では随分冷静な方である。

「連絡が取れないって気づいたのは…今日の朝……」

 震える声で言いながら、近衛は右手で、小指と薬指を折り、人差し指と中指と親指を合わせた状態から開くような動作をする。

 その瞬間に、近衛の右の拳の前に黒い球体が出現した。これを持つ者、あるいはこの黒い球体そのものは〈ブラックアカウント〉と呼称されている。

 〈ブラックアカウント〉の少し上で、近衛は人差し指と中指を合わせて左にスライドする。その動作に合わせて出てきたのは4つのアイコン。そのうちの一つ、『ロスト・ファンタジー・メモリアル』というアプリをタッチした。

 本来、スマートフォンなどにダウンロードすることで遊ぶことが出来るゲームアプリなのだが、これを〈ブラックアカウント〉で連携させて開くと、ゲーム内のアバターそのものになれる。意味がわからないかもしれないが、使っている唯華たち本人が一番意味がわからない。

 いくつかの動作を経て、近衛は『ロスト・ファンタジー・メモリアル』内で芳野政治が使用しているアバターである、クロウウェルとのフレンド画面を表示する。

 最終ログインは10時間前。昨日の深夜頃にこのゲームにログインしていた事になるが、それ自体は何も不自然ではない。このゲームは一日に、6,9,12、18,21、0時の6回、所謂ゲリラダンジョンが開催されている。それに参加していたのかもしれない。

 「ん?」

 そこで、唯華は疑問を感じて自分も〈ブラックアカウント〉を起動して、フレンド画面を表示する。『ロスト・ファンタジー・メモリアル』ではなく、〈ブラックアカウント〉のフレンド画面だ。

 表示されているフレンドは5人分。当然、近衛・功・百愛・葵。そして最後に政治の分だ。ちなみに巽はフレンドに登録していない。

 近衛は稼働中、功、百愛、葵はログイン中と表示されている。現在、〈ブラックアカウント〉を使って操作しているのは近衛だけなので、近衛が稼働中となっているのはおかしくない、残りの3人がログイン中なのは、使ってはいないが〈ブラックアカウント〉そのものは持っているのでこれも正常だ。ただ唯一、政治のフレンド画面のみが「最終ログイン10時間前」と表示されている。この表示がされるとしたら、理由は二つだ。一つは、〈ブラックアカウント〉の所有者がこれをアンインストールした場合だ。

 〈ブラックアカウント〉をアンインストールしたというのは、考えられる可能性の一つだが〈ブラックアカウント〉を持っていることによって得られる恩恵を考えると、よほどの理由が無い限りアンインストールはしないはずだ。実際、昨日会ったときにそんな様子は見受けられなかったと、巽を除いた全員が昨日のことを思い返す。

 もう一つの理由は、〈ブラックアカウント〉の所有者が死亡した場合だ。

 〈ブラックアカウント〉は、一応はアプリケーションソフトのようなものだと思われているが、実際のところははっきりしていない。どんなに連動させるアプリのアカウントを変えても、〈ブラックアカウント〉を使える人物は変わらないのだから、「個人そのものにインストールされている」という説が今のところ一番有力だ。所有者が死亡した際にログアウト表示がされるのも、その説の有力さを補強する材料になっている。

「とりあえず、芳野先輩の生死をはっきりさせないことには、一概にPKにあったとはいえないのでは…?」

 百愛のその言葉に、「それもそうだな」と功も賛同する。

「とりあえず、芳野先輩の家知ってる人いないんですか?」

 今日は休日で、政治だって当然学校に来ていない。ならば、直接自宅にいるか確認しにいくほかないだろうと、そう考え唯華は5人の顔を見回しながら尋ねる。暗に、自分は知らない、という意味も込めておく。

「あ…、それなら知ってるけど…」

 おずおずと、巽が手を上げた。

「じゃ、確認してきて」

 教室のドアを指さしながら、唯華は笑顔で「早く行け」と促す。

「え?今から?別に直で家に行かなくても電話とかで…」

「出なかったんですよね?近衛先輩?」

「うん…時間おいて何回か連絡してるけど…」

「はい。じゃあ行ってきて」

「……マジかよ…」

 とぼとぼと出て行く巽には目もくれず、唯華は近衛に向き直って「先生ぇしつも~ん」とばかりに口を開く。

「とりあえずこの続きはチャットでいいですよね?」

 私もう帰りたいんですけど?と続くのは誰が聞いても明らかだった。

 まぁ、これ以上ここで話していても何か進展があるわけでも無いだろう、巽の連絡を待ってから後日どうするか決めることにしようと、近衛はこの場はお開きにしよう、と席を立つのだった。


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