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俺と彰は早々に下駄箱へ向かった。
ヒロインたちの名前をまだ確認していなかったが、女の子たちにスルーされまくるこの環境をさっさと抜け出したかった。
下駄箱のある玄関に入った俺と彰は、並んで下駄箱に靴を置き、カバンから上履きを取り出してそれを履く。
「C組は端から三つ目の教室だな」
俺と彰は廊下を歩く。
その間も、チラチラと女の子たちの視線が俺を刺さり抜け、彰に集まる。
きっと視線が刺さるより、刺さり抜ける方が痛いと俺は思う。
主に心が。
くそっ。
主人公の友人にイケメンを配置したやつが憎い。
そもそも、なぜ平々凡々主人公の横にイケメンなのか。
ヒロインが彰を好きにならないと分かっていなければ、許されない配置である。
そう。
彰にはヒロインへ絶対に横恋慕せず、かつヒロインが彰を絶対に好きにならない設定が付いていた。
「お、ここがC組だな」
彰が見上げながら言った。
俺も見上げて確認する。
教室の札には一年C組とかかれていた。
これからハーレムを繰り広げる教室である。
そう考えると、沈んでいた気持ちが浮上するのが分かった。
そうだそうだ。
モブの女の子たちに好かれなくたって、これから俺は選りすぐりの美少女たちに好かれまくるのだ。
量より質。
それに限る。
さて、俺の可愛いハーレムちゃんたちは、っと……。
教室の中にはまばらに生徒たちがいたが、『俺の放課後が彼女に乗っ取られかけている件』のヒロインたちはいなかった。
まだ登校していないようだ。
なんだいないのか……。
せっかく浮上したのに、テンションがまた下がった。
まあ、本番は放課後だ。
ストーリーの通りなら、美少女と問題は放課後に俺のところへやって来る。
フラグが立つのはその時なんだから、それまでの我慢だ。
俺と彰は教室の中に入り、黒板にかかれた席順を確認して、各々の席に着いた。
と言っても、俺の前の席が彰の席である。
窓側から二列目、前から五番目の席が俺の席だった。
イスに座った俺は机に置いたカバンにアゴをのせ、じと目で彰を見た。
「それにしても、お前は相変わらずモテまくりだな。羨ましい」
教室の女の子たちの視線は彰に集中し、ほんのりと赤い顔でキャッキャッはしゃいでいる。
ちなみに男子の目は、嫉妬の炎に燃え盛っていた。
もはや新しいクラスになった時の恒例行事である。
「そうか?」
イスの背もたれに腕をのせて俺の方を向いた彰は、女の子たちを気にする素振りもなく言った。
彰は熱い視線を向ける女の子たちに見向きもしない。
彰は好意を寄せる女の子などどうでもいいのだ。
ある一人を除いて。
「俺はマイエンジェルから好かれていれば満足だけどな」
胸ポケットから学生手帳を取り出した彰は、学生手帳に挟んでいた写真にキスをした。
「ん〜。俺のエンジェル」
彰にはぞっこんになっている彼女がいる。
これは『俺の放課後が彼女に乗っ取られかけている件』でもよく見られた行動で、彼女にベタ惚れの彰を見た主人公やヒロインが、呆れつつも生温かい目でスルーするというのがいつもの流れだった。
満足そうに写真を学生手帳に戻す彰を、いつものようにスルーしようとした俺は、あることに気が付いた。
「その学生手帳って中学の時のじゃないか?」
「ん? そういえばそうだな」
彰が学生手帳の表紙を見ている。
中学の学生手帳は紺色。
高校の学生手帳は黒色。
彰が持っている学生手帳は紺色で、高校の学生手帳とは明らかに違っていた。
「いつものくせで、中学の学生手帳も持ってきてしまったようだな」
「さすがに写真を入れ換えたらどうだ?」
「……そうだな。そうする」
少し思案していた彰だったが、持っていた学生手帳を自分の机の上に置いて、机の上に置きっぱなしになっていたカバンの中から、黒色の学生手帳を取り出した。
「おーい。早乙女! 早乙女彰はいるか?」
教室前方のドアから、彰の名を呼ぶ声が聞こえた。
二人で声の方に顔を向けると、ドアのところには中年の男が立っていた。
くたびれたスーツを着ていて、中肉中背猫背の男はドアに寄りかかりながら教室の中をキョロキョロと見ている。
「あ、担任だ」
出てくる回数はそんなに多くはなかったが、『俺の放課後が彼女に乗っ取られかけている件』の挿し絵で見覚えがあった。
「何で担任の顔なんて知ってるんだ?」
彰が俺の顔を訝しげに見てくる。
「ええ? えっと……」
しまった。
自分のクラスをさっき知ったばかりなのに、その担任の顔が分かるというのはおかし過ぎる。
まさか前世で本の挿し絵を見て担任を知っていたなんて答えられるはずがない。
「ええっと……」
何か怪しまれない言い訳はないか。
彰が理由を求めて、じっと俺を見ている。
何かないか何かないか何かないか。
……そうだ。
あれだ!
「あー、ほら、あれだよ。掲示板に貼ってあったクラス分けの紙にさ、担任の名前が書いてあっただろ。それで分かったんだよ」
「確かに担任の名前は書いてあったが……。だが、あれだと名前しか分からないじゃないか。何で顔を見て担任だって分かったんだ?」
「それは……」
うーん。
しつこい!
しつこいぞ彰!
なおも食い下がる彰に、俺はさらなる言い訳を考える。
「えーと……。彰には言ってなかったんだけどさ。実は俺、あの担任に憧れていたからこの高校を選んだんだ」
「あの担任に?」
「そうそう。俺、どうしてもこの高校に入りたいって言ってただろ? 実はそれが理由」
この高校に入りたいことは、受験の時に話していた。
ハーレム生活がしたいからなんて言えないから、入学したい理由は彰に話していなかった。
それを利用しよう。
少しばかり事実を混ぜれば、真実味も増す。
「ふーん。あの担任にねえ……」
彰は担任の方を見た。
あんなくたびれたむっさいオッサンに憧れているなんて思われたくはないが、背に腹は変えられない。
これ以上、追及されなければいいのだ。
「早乙女はいないのかあー!」
担任がまた彰を呼んだ。
「ほら、担任が呼んでるんだから早く行けよ。何か大事なことかもしれないだろ」
「……そうだな」
納得したのか納得してないのか。
若干、怪しむような目をしていたが、彰は立ち上がり担任の元へ向かっていった。
「ふぅ。しつこかった」
俺はわざとらしく額の汗をぬぐった。
せっかくこの高校に入れたのに、彰にバレてハーレムフラグが折れては困る。
ハーレムを作りたいだなんて、女の子の好感度が下がることはあっても、上がることはないだろう。
俺の今までの人生はハーレムのために費やして来たのだから、ここはなんとしてでも成功しなくてはいけない。
成功した先に待つのは美少女との……グフフフ。
思わず顔に漏れた笑いをカバンに伏せて隠しながら、俺は一人ニマニマと笑い続けた。