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ブレザーの制服を着た俺は、高校の門のところで立ち止まり、校舎を眺める。
今日からこの校舎で俺のハーレム人生が始まるのだ。
クラスメイトのツンデレヒロイン。
隣の席になる無表情貧乳ヒロイン。
強引な巨乳生徒会長。
中等部の内気な後輩。
などなど他にもたくさんの美少女が目白押し。
「デュフフ。最高の高校生活だ」
思わず気持ち悪い笑みがこぼれてしまったが、未来のハーレムを思えば、これは仕方がないというものだろう。
「こんなところで立ち止まって何しているんだ? 龍馬」
いきなり後ろから頭をカバンで叩かれた。
顔を見なくても声で誰だか分かる。
「痛いだろ! 彰!」
俺は頭をさすりながら、横に並んだ彰の顔を見上げ、睨み付けた。
「そんなところで止まっているやつが悪い。他のやつらの邪魔になるから、ほら歩け」
「だからってカバンで殴ることないだろ」
先に歩き出した彰の背中にぶつぶつもんくを言いながら、俺も歩き出した。
俺と同じ制服を着たこの男は、早乙女彰という名前で、『俺の放課後が彼女に乗っ取られかけている件』では主人公の友人ポジションだった。
憎らしいほど整った顔立ちで、笑顔が嫌みなほど似合う優男である。
身長は高く俺が見上げるほどだ。
だが、彰の身長が男にしては高いだけで、けっして俺の身長が低いわけではない。
ここは要注意だ。
彰は『俺の放課後が彼女に乗っ取られかけている件』で美少女たちの情報を教えてくれる、なかなか重要な役どころを担っていた。
美少女たちのことはすでに『俺の放課後が彼女に乗っ取られかけている件』で知っているので、彰の情報は必要ない。
しかし、『俺の放課後が彼女に乗っ取られかけている件』の主要メンバーである彰を外してしまうと、ハーレム作りにどう影響するか分からない。
なので、中学校で彰と出会った時に、ガッツリと仲良くなっておいた。
今では親友レベルである。
……仲良くなりすぎただろうか?
いや、良すぎて悪くなるということはないだろう。
勉強と同じだ。
俺は彰と校舎までの道を歩き、人だかりのある入口横の掲示板の前で止まった。
ここでクラス分けを確認することが出来る。
さて、『俺の放課後が彼女に乗っ取られかけている件』通りのクラス分けかどうか……。
俺は人だかりの後ろから、掲示板に貼られたクラス表を見た。
物語の通りなら、俺のクラスは1年C組のはず。
俺は真っ先にC組を確認した。
た……。た……。武内……。
お、早乙女の名前はある。
ここは『俺の放課後が彼女に乗っ取られかけている件』通りだ。
えーと、武内武内……。
よし!
彰のすぐ下にあった!
俺はC組だ!
あとはハーレムの主要メンバーであるツンデレヒロインと無表情ヒロインがいるかどうか。
女子の名前の列を確認しようとした時、俺は方々から来る強い視線を感じた。
いや熱い視線と言うべきか。
この視線には覚えがある。
俺は掲示板から目を離し、周りを見た。
すると、女の子たちがこちらを見ながら、こそこそと何かを話しているのが目に入った。
女の子たちの頬はほんのりと赤く、若干潤んでいる瞳は情熱的だ。
そう、これは恋をしている表情。
いわゆる女の表情だ!
おいおい。
もうハーレム人生の始まりかあ?
……という勘違いをしてはいけない。
俺は知っている。
この表情が俺によって生み出されたわけではないということを。
女の子たちの視線をよく観察すると、女の子たちの視線は俺を通りすぎ、俺の後ろ少し斜め上にたどり着く。
俺の後ろには……。
俺はゆっくりと振り返った。
「やったな龍馬。俺たち同じクラスだぞ」
そこには、爽やかに笑う彰がいた。
彰の笑顔に、女の子たちの囁き声が八割増しになる。
つまりは、もはや囁き声ではなく、女の子たちのキャーキャーと騒ぐ声は、俺たちに丸聞こえとなっていた。
この黄色い声を、自分への声だと勘違いした時期が俺にもありました。
なんせ俺はラノベの主人公なのだ。
たとえ物語が始まっていなくとも、女の子にモテモテなのかと思っていた。
しかし、よく考えてみると、平々凡々の『俺の放課後が彼女に乗っ取られかけている件』の主人公に、そんなモテ過去はなかった。
ストーリーはモテたことのない平々凡々の主人公が、高校入学とともに美少女たちの問題に巻き込まれて、美少女に好かれていくという設定である。
中学でモテるはずがなかったのだ。
そんなわけで、俺は平々凡々にふさわしい、男友達しかいない中学時代をおとなしく過ごした。
だが、そんな寂しい生活とも、今日でおさらばだ。
俺はこれからハーレム生活に突入するのである。
彰への黄色い声に嫉妬することもない。
「どうした? 龍馬」
考えに没頭していて、ついほったらかしにしていた彰が、首を傾げて俺を窺っていた。
いかんいかん。
ここはハーレム男にふさわしく、余裕を持っていこう。
「いや。何でもない」
俺も彰と同じように、爽やかに笑った。
……黄色い声は聞こえて来なかった。