降り積もる雪
連載当初と一部、内容や設定が変更されていますので、ご了承ください。
人生は選択の連続だ。良い時もあれば、悪い時もある。あの時、あーすればよかったと後悔したくない、だから人は悩み苦しむ。でもそこに正解などあるのだろうか?
間違った選択をした時、人は傷つき、悲しむ。でもそこで選ぶことをやめてしまったら、前に進めるだろうか?
答えはノーだ。
「止まった時計の針は、自分で回さないと動かない」
「なら、もう一度まわせばいい! 」
お前もそう言ってたもんな? だから俺は進むよ。
❅❅❅❅❅
アイツとの出会いは最悪だった。
「日下部 隼っす。歳は25で、好きな食べ物は『うま◯棒のイカスミ味』。スリーサイズは……」
「もういい! 俺は朝比奈 大和。分からない事があったら聞いてくれ」
「しつもーん、朝比奈さんは何でそんな怖い顔なの? もっと笑えばいいのに……ほらスマーイル! 」
ヤツは八重歯をみせて笑った。次の瞬間、俺の頬をつかんで、口を無理やり引っ張り上げた。「くく、あはははっ」それを見て腹を抱えながら笑っていた。
顔が怖い事は、昔からのコンプレックスだった。それを初対面の新人に指摘され、こんな屈辱まで受けて……限界だった。
ブチッ。その時、俺の中で何かが切れる音がした。
「……てめぇ、今なんつった?……顔が怖い?もういっぺん言ってみやがれ、この野郎ーーー!」
その後どうなったかは、言うまでもない。
しかし、この出会いが俺の運命を変えることになるとは想像もしなかった。
ヤツの教育係になってから半年が過ぎたころ。
俺たちの仲は相変わらずだったが、ヤツの仕事ぶりは、どんどん良くなっていた。俺の教え方がいいんだろう。
そんなとき、事件は起こった。
「お願いがあります。今日、朝比奈さん家に泊まらしてください! 」
仕事が終わって、ヤツは俺にそう言ってきた。
驚いた。いつも喧嘩してる相手にそんなことをお願いしてくるなんて……
「怪しすぎる、何が目的だ? 」俺はヤツを疑った。
「なんでお前を泊めなくちゃいけない? 」
「いや、俺だってホントは嫌ですけど。俺の家から朝比奈さん家がいちばん遠いから……」
遠い? どうゆうことだ? ヤツの言っている意味が解らなかった。
何かありそうだったが、面倒ごとにかかわるのは嫌だったので断ることにした。
「無理だ。他をあたれ」
「そんな……朝比奈さんしかいないのに……」
そう言って、ヤツはめずらしく肩を落として落ち込んでいるようだった。しばらくしてどこかへ歩いて行った。
俺もそのまま帰ろうかと思ったが、アイツの言葉が気になりやはり、後を追うことにした。
ヤツは途方もなく、ただ歩いているだけのようだった。「一体、どうするつもりなのだろう? 」疑問に思いながらヤツの行動をチェックした。
しばらくして、近くの公園に入っていった。
俺は近くの茂みに隠れた。
その時、「トゥルルルル♪」ケータイの着信音が勢いよく鳴った。
驚いて声を出しそうになったが、必死で押さえた。着信はどうやら、アイツのらしい。
何度もかかっていたが、一向に出ようとしない。それどころが、ヤツは耳を塞いで電話を拒否していた。あきらかに様子がおかしかった。
そして留守電の「ピー」と音がして
「……おい、日下部さんよ。いるのは分かってんだよ、早く出ろや。今日中に返す約束だろ? 逃げたって無駄だぜ、お前の場所なんて簡単に分かるんだよ」
それは、ヤクザからの電話に聞こえた。ヤツは肩を振るわせ、ブルブルしながら怯えていた。
俺はその瞬間、初めてヤツの言葉の意味を理解した。「あのまま泊めていれば、こんなことには……」後悔した―――その時
「日下部さんみーけ! 鬼ごっこはやめてさ、早く返そうよーそれか死んで払う? 」
ヤクザが日下部に近寄ってきた。
「すみません、今日は無理なんです。せめてあと一週間、いや3日待って下さい。残りは必ず払います、お願いです! 」
日下部は地面に頭をつけ土下座した。
「おじさん達も商売なんだよ? 借りたもんは返してもらわなきゃなー」
ゲシッ。ヤクザは日下部の頭をさらに地面に押し付けた。そして顔や体を何発も蹴り続けた。次第に日下部は動かなくなっていった。
俺はもう見ていられなくなり、茂みから飛び出した。
「もう、勘弁してやって下さい。殴るなら俺を殴って下さい。だから……こいつにはもう……」
そう言って俺は、地面に頭を何度もこすりつけた。
「なんだ、お前? こいつの知り合いか? 」
ヤクザは驚いた様子だった。
「上司です。迷惑かけたみたいで本当に申し訳ありませんでした。こいつの責任は俺が取ります。だから許してやって下さい。お願いします! 」
「よし、いいだろう。じゃあ次はこいつだ、おらよっ」
殴られる! そう思った瞬間だった。
「やめろ! そいつは関係ない! 」
さっきまで倒れていた日下部が、俺の前に出た。
「泣けるねー、でもこのままだと二人とも死ぬよ? 上司さんがこいつの代わりに払ってよ。そしたら見逃してやる」
ヤクザはそう言ったが、日下部が必死に断った「やめろ、そいつは関係ない。朝比奈さん、早く逃げろ」
しかし、この状況で助かるはずがない。俺は条件をのむことにした。
「いくらだ? 」
俺がそう言うと、ヤクザはニッコリ微笑み。
「100万だ……」
なんだ。俺は少し拍子抜けしてしまった。
もっと500万とかを想像していた。それなら俺でも払える。
「分かった。でも、払ったら本当に解放してくれるんだな? 」
「もちろん。払うもんさえ、払ってくれりゃー文句はない」
「よし」
ヤクザに金を返し、俺達は解放された。
日下部を俺ん家に連れて行き、手当をした。その間、ずっと喋らなかった日下部が口を開いた。
「……何で、あんな事したんだよ? 」
その言葉には怒りが感じられた。
「アンタには関係なかったのに、どうして首つっこんできたんだよ? 死んでたかもしれないんだぞ? 」
日下部は声を振るわせていた。けれど俺は、悟ったように微笑んで
「そうかもしれない。でも、お前を助けたことに後悔はしてない」
一瞬の沈黙があった後、日下部は肩を震わせ、怒りを爆発させた。
「……なんだよそれ、ふざけんな! 俺はあそこで死ねば良かったんだ! 」
その時……パシンッ!
乾いた音が響き、俺は日下部を平手打ちしていた。
「バカ野郎! 死ぬとか簡単に言うな。死んでもいいやつなんて、いねーんだよ? 」
「俺はお前に助けを求められた。だから助けたんだ……もっと早く気づいてあげられたらな、ごめん。」
そう言って日下部を抱き締めた。日下部は驚いていたが、しばらくして、俺の肩で静かに泣いていた。
長い夜が終わった。
朝、俺達は一つのベッドに寄り添って寝ていた。ビックリして離れようとしたが、日下部が俺の腕をぎゅっと掴んで離せなかった。
仕方ないので、日下部の寝顔を観察することにした。そういや、顔をちゃんと見るのは初めてだ。寝顔は少しあどけないが、日下部は雪のように白く、まるで白○姫を思わせるほど綺麗だった。
その時、ヤツが起きた。そしてこの体勢を見るなり、勢いよくグーパンを放った。
ゴンッ!
「いってぇー何すんだよ? 」
「変態野郎、ホモかよ」
日下部は悪態をついていたが、少し顔が赤かった。
「そう言えばお前、家はどうした? 」
「家賃払えなくて追い出された」
「なら、俺の家住むか?」
俺がそう言うと、一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに切ない声でこう言った。
「……借金までしてるのに、そこまで迷惑かけれない」
日下部は肩を落として、下を向いていた。
けれど俺はニッコリ微笑んだ。
「バーカ。上司なんだから、迷惑くらいかけさせろ。それにあの金はお前にあげたんじゃなくて貸したんだ。だから、ちゃんと働いて返せよ? いいな? 」
俺はいたずらっ子のように彼の頭をかき回した。そしたら日下部は、少しはにかんで「……はい」とだけ言って嬉しそうに笑った。
あとで聞いた話によると、親は自分と借金を残して死んでしまったらしい。頼れる人もいなく、日下部はひとりで借金を返しながら生きてきたそうだ。
それから俺達が仲良くなるのに、時間はかからなかった。
あの事件がきっかけでお互い知らない事はないくらい、隼は俺のことを知ってるし、俺もそうだった。
まるで俺達は兄弟のように過ごしていた。
「ありがとうございましたー」
俺達は仕事帰りコンビニに寄って、そのあと駄弁るのが日課になっていた。
「大和さん、奥さんと仲直りしないんすか?」
「娘も小さいし、そろそろしたいが、妻あいつが拒否し続けるんだよ」
俺には妻子がいる。けれど娘が出来てから夫婦仲が悪くなり、別居状態だ。
そんな俺を、隼はいつも心配してくれて親身になって相談を聞いてくれている。
今はそういう存在に巡りあえて改めて良かったと思っている。
―――俺は最近変だ
大和さんに助けてもらってから、俺は変なんだ。
彼を見ると体が熱くなり、心臓がバクバクうるさくて胸が苦しくなる。
これはいったい何なんだ?体調が悪いわけではない。ただ何故か、大和さんを見るとドキドキしている自分がいる。
しっかりしろ、日下部 隼25歳!これじゃ、まるで……恋しているみたいじゃないか。
「しゅーん、飛ばすぞ!しっかりつかまってろよ?」
大和さんはそう言うと二人乗りしていた自転車のペダルを思いっきり回し、坂道を勢いよく下った。俺は振り落とされないよう、必死に彼の腰に手をギュッと回した。
その瞬間、彼の匂いがフワッと俺を包んだ。
「ドキッ」まただ、心臓がうるさい。
止まれ、止まれ!早くしないと大和さんに気づかれてしまう。だが勢いは増すばかり、俺は気づかれないことを必死に祈った。
「……隼、もしかして怖いのかー?」
「ふぇ?」
「心臓すげーバクバクしてる」
「な?!そっそんな、ことねーし!坂ぐらいで」
気づかれていた……でも、なんか勘違いしてくれてるみたいで良かった。
俺がホッとしているのも束の間で、彼はさらにスピードを上げていった。
「やっぱ、怖いんだろ?なら俺に抱き着いたっていいんだぜ?」
「ば、ばっかじゃねーの!」
でも、その言葉が妙に嬉しくて俺は大和さんの背中にそっと抱き着いた。彼は少し驚いて後ろを振り返ったが、すぐに前を向いて笑った。
いい年した大人だったが、それは歯がゆくて、まるで中学生の恋のようだった。
そして俺はその時間がすごく幸せだったんだ。
そして季節は冬になろうとしていた。
土方にとってこの時期ほど辛いものはない。
「おい、隼コーヒーやるよ」
「あざす! モリ先輩、気が利く〜」
モリ先輩は俺の1つ上の先輩で、茶髪にピアスとチャラい。噂によると女遊びも凄いらしい。
「お前さ、大和さんの事好きだろ」
「ぶはっ! えっほ、えっほ……は? 」
俺は思わず口からコーヒーを吹き出した。モリ先輩があまりにも唐突すぎて、どう反応していいかわからず沈黙してしまった。
「否定しないって事はやっぱりそうなんだ」
モリ先輩はニヤニヤしながら近づいてきた。
俺はどうしていいかわからず、ただ口をパクパクさせた。
そして吐息がかかる距離まで壁に追いやられた。
「なぁ、俺にしとけよ。あいつには妻子がいるんだぜ? 」
「なっ、なにいってるんすか」
ようやく口を開けたが、モリ先輩が何を考えてるかさっぱりわからなかった。
「だから〜、俺と付き合おうよ。隼、結構タイプなんだよね」
そう言うとモリ先輩はさらに顔を近づけてきて、あと数センチでキスされそうな距離だった。
俺は思わずモリ先輩の肩を突き飛ばした。
ドンッ!
「いったぁ、何すんだよ? 」
モリ先輩は尻餅をついて俺を睨んだ。
少し怖かったが、俺は負けじと反論した。
「モリ先輩こそ、何考えてんすか? 男同士ですよ? 」
「あー、なんだそんなことか。俺バイだし、別に男とでもヤれっから」
モリ先輩は少し笑いながら、さぞ当たり前かのように答えた。
俺はもうどう反論していいかわからず、開いた口が塞がらなかった。
「まぁ、いいや。とりあえず大和さん嫌んなったら俺んとこ来なよ。いつでも歓迎すっから」
そう言ってモリ先輩は仕事に戻っていった。
あまりに突然のことで俺は訳がわからず、しばらく思考停止した。