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異常鬼象 「三足と百足と無足」  作者: 溝中海市
第一章
6/48

4話 帰村

備考

二十五尺は、約七メートル六十センチメートルです。


(くりや)……台所、厨房のこと。

高札……掲示板や伝言板のこと。

 背中に激痛が走った。


 不意に落ちたので、背中から水面に叩きつけられのだ。

 長屋の厠の穴は川に通じていて、そこからに落ちた。

 二十五尺はある高さから落ちたので相当な痛みだ。


 この集落は周りを壁に囲まれていて外敵の侵入を阻んでいる。

 しかし逆に大勢の敵から襲撃があった場合、袋の鼠にとなる恐れがある。

 それを解消するため逃げ道がいくつかあり、私が落ちた便所の穴がその一つであった。


 泳ぎは得意だ。しかし長雨で増水して勢いが強くなった川の流れに、私は為す術が無なかった。

 さらに着物が水を吸って身動きができない。

 しかも川の水は冷たく、無数の刃で身を切り裂くような痛みに襲われた。

 溺れないようにするので精一杯だ。

 それに、この激流じゃ脱いだところで意味はない。

 むしろ、岩や枝などから身を守ってくれている。

 流れが緩やかな場所に着くまで耐えるしかない。

 

 ガンッ!


 突然、後頭部に金槌で殴られたような衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。

 私は岩に頭をぶつけたんだ……。


 *


 目を覚ますと、私は大きな岩の上だった。仰向けで気を失っていた。

 高く昇った陽が照りつけ肌を焼いている。

 もう昼過ぎかと思いながら呆然と青空を見る。


 体中いろんな所をぶつけたのだろう、全身がくまなく痛い。

 後頭部には大きなたんこぶが出来ているが、(さいわ)い体のどこも折れたり大きな傷はない。

 流されている途中で岩にぶつかったんだろう。

 頭を打ったためか頭がどうにも冴えない。

 しかしよく死ななかったな。


 そう言えばなんで死にかけたんだっけ?

 そうだ思い出した。寝惚けてる場合じゃない。

 早く戻らなきゃ。だがもう全部が終わっているだろう。

 私の失態で何人が犠牲が出たのか考えたくない。

 気が滅入り、戻りたくない気持ちが湧き出る。

 だけど、帰らないと。

 お姉ちゃんに会って、早く安心させてあげたい。


 立ち上がり周りを確認した。

 川が岩の下に見える。そんなにも増水していたのかと驚くほどの高さだ。

 こうして生きているのが奇跡だと思った。

 この場所がどの辺りなのか判らないので、川に沿って戻ることにしよう。


 *


 集落に着いた私は、門から少し前の所で立ち尽くしていた。


 門扉は少しだけ開いていたが、ここからでは中の様子は窺えない。

 櫓に見張りは居らず、昼間だというのに人の声が一切聞こえない。

 代わりにカラスの鳴き声が響き渡っている。


 嫌な予感がする。胸の鼓動がドクドクと高鳴り、胃がギュッと締め付けられる。

 足が震えて、門まであと数歩の距離なのに踏み出せない。


 なぜ櫓に人がいない?

 なぜこんなに今日はカラスが飛んでいる?

 なぜ人の声が聞こえない?


 中を確認せずに逃げ出したい気分になるが、逃げたところでどこに行くというのか?


 襲撃があったから集会を開いていて近くに人が居ないだけだ。

 余計なことを考えるな。そう自分に言い聞かせた。


 深呼吸をして、震える手でその門を開けた。


 しかし、そこは私の知らない場所だった。

 私が開いたのは冥府の門だった。


 赤と黒がまだらに混ざった世界。

 あちこちで肉片と臓物が飛び散り、地面が赤く染まっていた。

 カラスが死体をついばみ、蝿が肉片にたかっている。

 長屋や小屋は焼け、炭になった骨組みだけになっていた。


 本来は建物が密集していてほとんど見えないはず空が大きく開けている。

 その青い空と白い雲がとても(むな)しく見えた。


 気を失いそうだ。頭がくらくらする。

 意識がぼんやりして周りが異常に明るく見える。

 だけど気を失ってはいけない。

 お姉ちゃんや生き残りを探さなくてはならない。

 それに敵がまだ居るかも知れない。


 私は集落の中に足を踏み入れた。

 いざ中に入ったが、息をすることすらままならない。

 血と煙の臭い鼻を突き刺し、腐った肉と脂の臭いが鼻にべったりとこべり付く。

 初夏の日差しと暑さですぐに腐ってしまったんだろう。

 ひどい臭いだ。しかもカラスが臓物を穿ったため、その臭気まで立ちこめている。

 

 悪臭で私はその場で吐いてしまった。


 惨憺(さんたん)たる光景。

 昨日まで百五十人以上が生活していたとはとても思えない。


 私はまず自分の家に向かった。

 住んでいた長屋は火事にはなっていなかったが、もぬけの殻だった。

 書き置きなどは見当たらない。

 お姉ちゃんは、私が厠に行ったことは知っているから、襲撃で騒ぎになったとき、私を探し回ったはずだ。

 何か書き置きが会っても良いはずなのに、それなのに何も無かった。


 私はお姉ちゃんに書き置きを残した。

 私は無事であること、探しまわっていること、日暮れまでには家に戻ること書いて家を後にした。


 私は稽古場に向かった。

 何かあった場合ここに集まることになっているからだ。

 集落内では一番大きな建物で衆会(しゆうえ)にも使われ、さらに大きな(くりや)があり食堂(じきどう)も兼ねている。


 何かあればみんなまずそこに集まるのだ。

 しかしそこは悲惨な有様だった。

 もとが人間だったであろう肉塊が散らばり、それが何人分の死体なのかさえ分からない。

 頼りの高札には、何も張られていなかった。


 次は衆長の十三郎邸に行ったが、焼け落ちていた。

 焼死体がいくつかあるが確認はあとだ。

 先にお姉ちゃんと生きている人を探さなくちゃいけない。


 一軒一軒しらみつぶしに確認することにした。

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