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異常鬼象 「三足と百足と無足」  作者: 溝中海市
第一章
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8話 夜

 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だっ!!

 失敗した! 失敗した! 失敗した……。


 日が暮れるてしまった。夜になってしまった!

 どこか人の居る場所に行けば良かった……。


 ひと休みのつもりだったのに、ほんの少しの休憩だったはずだったのに。

 なのに、なのに、気付けば寝てしまっていた。夜になっていた。


 嫌だ! 怖いよ! 私は独りだ……。独りぼっちだ。

 怖い! 怖い! 怖い! こわい! こわい……。


 闇が怖い。揺れる炎が怖い。揺れる影が怖い。

 戸が怖い。窓が怖い。天井が怖い。床下が怖い。

 壁の染みが怖い。柱の木目が怖い。部屋の隅が怖い。

 水の音怖い。風の音が怖い。虫の音が怖い。


 怖いよう……。あいつがまた来たらどうしよう。助けてよ、お姉ちゃん……。

 独りは嫌。独りは嫌。 独りは嫌だ。独りは嫌だっ!

 怖いよ……。帰ってきてよ。誰か誰か誰か誰か……誰か助けてぇ……。

 

 恐怖と絶望で頭がおかしくなりそうだ。

 

 いつ明けるかも分からない朝を待つ。

 夜着を被って恐怖と孤独を耐えるだけだ。

 しかしそれは私にとって拷問だった。


 夜がいつ明けるのかもわからないので、その拷問が永遠に続くように感じる。

 私にはもう朝は来ないのかも知れない。 


 部屋の角で夜着を被って震え怯えていると、家の外から異様な物音が聞こえてきた……。

 遠くから聞こえるその音は、徐々にこちらへ近づいてきている。

 私のいる長屋の通りには達していないので、はっきりとは聞き取れないが、戸を叩く音のように聞こえる。


 私の体はガクガクと震え、自分ではもうその震えを止めることはできない。

 あいつがまた来たのだろうか。


 それとも……もしかしたら……名取衆の生き残りなのだろうか。

 

 どうしよう。どうしよう。

 その音は確実にこちらに向かっている。

 私は意を決した。もう私には何も残ってない。

 だから、もうどうにでもなれという、やけっぱちな気持ち。自暴自棄だ。


 もしかしたら私のように幽鬼から逃げた人かもしれない。

 負傷していたから帰ってくるのが、今頃なってしまった可能性だってある。

 ここで私が助けず手遅れになってしまったら、もう私は死んで詫びてもみんなから許して貰えないだろう。


 それに幽鬼や敵だったとしたら、ここで隠れていても見付かってしまったら袋の鼠だ。

 逃げ道のある外のほうが安全だ。

 

 どちらにしろ後ろ向きな理由だ。自分の浅ましさに嫌気がさす。


 震える手で武器と形見を持ち、私は外に出た。


 暗い夜だ。

 薄い三日月だけが私を照らしていた。

 しかしその薄い明かりさえも厚い雲に隠れてしまい真っ暗になってしまった。


 視界が悪くなったが、私は夜目が利くので好都合かも知れない。

 幽鬼だった場合を考えて迂回することにした。

 音のする方向と逆方向に進んで回り込む。

 敵が潜んでいないか細心の注意を払った。


 物音がする近くまで着た。建物の角から様子を窺った。

 戸を叩き音を立てていたのは着物を着た若い男だった。

 幽鬼ではなかったので一安心したが、気を引き締め様子を窺う。

 武器や松明は持っていない。殴りつけるように戸を叩いている。


 ここからだと顔が見えないので誰なのかが分からないが、その後ろ姿は賊には見えない。

 それに夜盗するなら音を立てるはずはない。

 だが、名取の者ならこの男のしている行動が不自然だ。

 幽鬼にが居る可能性を考えて、声を出して助けを求めないのなら、戸を叩く音にも気を遣うだろう。

 そんな殴るように叩かずないで、開けて中に生き残りがいないか確認すればいい。


 あれこれ考えても(らち)が明かない。

 刀を構え間合いを取りったながら近づいた。


 女の声だと反撃される恐れがあるので、声色を男に変えて話し掛ける。

 せいぜい十代半ばの男の声が限界だけど。


「動くな。俺の指示にだけ従え」

 男の動きがぴたりと止まった。


「お前……ささらだな」

 この声色で私だと分かるのは、この集落に住む者だけだ。私はほっと胸をなで下ろし男の近づいた。


「良かった。本当に良かった。生き残りか。早くこっちを向いて――」

「お前の所為だ。お前が皆を……俺を殺したんだ!」


 振り返った男の顔は、血だらけでぐちゃぐちゃに潰れていた。

 左半分がえぐれて白い骨が剝き出しなっていていた。


「……そんな、いや、嫌!」


 あんな状態で人間が生きているはずがない。

 私は恐怖で足が震え、ただただ後退りをした。


「きゃあ!」


 誰かと背中でぶつかった。でも怖くて振り向けない。


「どうして逃げるの? みんなを見捨てて自分だけまた逃げるの? お姉ちゃんはどれだけ苦しんで死んだと思ってるの?」

「えっ! お姉ちゃん?」


 とっさに振り返えった先に立っていたのは、真っ黒く焼け焦げた人らしきモノが立っていた。


 その顔は男か女かすら判別できないほど炭化している。

 目と歯が白く浮き出て、焦げた皮膚のひび割れた隙間から桃色の肉が露出している。


 私は腰が抜けてしまい、その場に尻餅をついた。

 二人だけではない。

 さらに道端で横たわっていた死体が起き上がり、いっぱい集まってきて私を取り囲んでいく。


「お姉ちゃんはささらを信じていたのに」

「お前が俺たちを殺したんだ」

「名取のみんなをお前は見殺しにしたんだ」

「全部お前の所為(せい)だ」


 潰れた人間のえぐれた傷口から血が噴き出し、炭になった人間の口や目からは、蛆虫がぼろぼろと湧き出て、それらが私に降り注いだ。


「いっ、いやーーーーーー!!!!!!!!」


 すぐ横に置いてあった桶に、私は嘔吐した。

 ほとんど何も食べていなかったので胃液しか出なかった。

 昨夜、体を拭いた手ぬぐいが、胃液まみれになった。


「死にたい……」

 最悪な夢だった。

 この上ない悪夢だ。


 戸や窓の隙間から光が差している。いつの間にか朝になっていた。

 私は戸に手を掛けた。

 私は強く願った。

 今までのことは全て夢で、ここを開けるとみんなが生きていて何事も無く暮らしをしていることを、心の奥底から強く強く願った。


 しかし、開いた戸の先に広がっていたのは、死体があちこちで転がる襲撃を受け全滅した集落だった。


 その事実から目を逸らすように空を見上げたが、お天道様さえも私を見放していた。

 灰色のぶ厚い雨雲が私を押し潰そうとしているようだった。

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