神木、現る!
中田店長のマニュアルロボットぶりは、まだまだ続行していた。私たちは、あまり神経質になるとスムーズに仕事が出来なくなるので、店長がいる時だけは、徹底してマニュアル優先の行動を取っていた。もちろん、作業のほとんどはマニュアルに沿ってしているのだが、型に囚われすぎず、臨機応変にした方がいいと思ったからだった。
朝の仕込みでは、90リットルほど入る大きな寸胴2つに、白だしを沸かす。最初は、昆布から。前日から浸けてある昆布を使用して、まずは昆布だしを作る。その間に、他の仕込みもしているのだが、頻繁に鍋を見ないといけない。微妙な火加減の調整をしないと、湧きすぎても足りなくても美味しく出来ないからだ。最初は、「なんでこんな重要な仕事をパートにやらせるわけ」と思っていたが、日々、繰り返すごとに、やり甲斐を感じるようになってきたのだった。火加減も、最初はマニュアル通りによくわからないままにしていたが、この頃には、見た感じでもだいぶわかるようになってきていた。
昆布の旨みが出たかな、と思うところで味見をする。もういいかな、と思ったら昆布を取り出し、今度は大きいパックに入った鰹節を入れ、またグツグツ煮る。それを木の棒でぐ~るぐるとかきまぜるのだが、この時、いつも魔女の気分になるのだ。大きい鍋に怪しい魔法の薬をグツグツ煮込んでる、あのイメージだ。 そして、かつおの風味もしっかりダシに出たら、白だしの完成だ。この後は、6割ぐらいをうどんだしにして、後は釜揚げだしにしたりするのだ。
そして、この日も、店の入り口とは反対方向を向いて、魔女ごっこさながらに鍋をぐるぐるしていたのだが、突然背後から
「おはようございます」
と、声をかけられ、そのまま振り向くと、なんとイケメンが微笑んでいた。えっ、誰!?と思って変に焦ってしまい、木の棒を鍋の中に落として「あちちっ」とかなったり。
「あはは、大丈夫ですか~」
うう、イケメンに笑われた・・・。あれ、この人親会社のポロシャツ着てるわ。
「あ、今日からこの店にきた、藤森です。よろしくお願いします!」
やっぱり、市井さん、薮木さんに続くマネージャーだわ。なんて爽やかな人なの!
新しいマネージャー、藤森さんのすごいところは、なんとまだ入社して4か月なのに、すでにマネージャーとしてテキパキ仕事をこなしているところだ。新入社員にありがちな『よくわかりません』っぽい動きが一切ない。この店に来た時からすぐに頼れるマネージャーとしてクルーたちも彼を慕っていた。
「マネージャーって神木隆之介に似てない?」
「雰囲気似てるかも~マネージャーの方が男前だよね」
「かっこいいし、仕事は出来るし、優しいし!」
などと、クルーたちの間でもかなりの好印象だった。
一方の、中田マニュアルロボット店長はというと、この店にも慣れてきたからなのか、『お気に入りのクルー』『苦手なクルー』『特に関心のないクルー』のような接し方が目立つようになってきたのだった。
中でも、中田店長のダントツのお気に入りは、あのアイドル高校生の林田美奈代さんだ。この子は、愛くるしい笑顔で歴代店長たちを虜にしてしまうのだ。それが、計算なのかそうでないのかは、見る人に寄って意見は分かれるが、私は多少意識してしてるんじゃないかな、と思っていた。意識しようと思わなくても、目に見えてちやほやされたら、いくら鈍感な子でもわかるだろうし。
そして、お気に入りの林田さんを少しでも自分と同じ時間帯でシフトに入れよう、入れようとする中田店長の行動にみんなブーイング満載だった。
私は朝~昼にかけてのパートなので、夜の時間帯のことはよくわからないが、夜がメインのパートの梅垣さんが言っていた。
「店長がね、夜に林田さんを引き留めるのよ」
高校生なので夜は9時までしか仕事に入れない林田さんなのだが、上がり時間になる頃になると、店長がひそかに店長室で待機しているらしい。そして、林田さんが店長室の横のクルールームで着替え、帰ろうとする頃に、何やかんやと話しかけ、林田さんを帰さないらしいのだ。
「え、なにそれ」
林田さんも、迷惑なら言えばいいのに、まんざらでもない様子で笑いながら店長の話を聞いているらしい。そういうことをするから、周りに計算してると言われるのだ。
そして、林田さんは、まぁ仕事もそれなりに出来るのだが、高校生としては異例の、私たち一般のクルーと同じ時給に上がったらしい。
「林田さんは、別格ですよ」
と、中田店長が言っていたらしい。仕事ぶりが別格なのか、可愛さが別格なのか。とても曖昧だ。
私と同じく、オープニンスタッフで働いている久保さんが言うには
「林田さんってセンターぐらいしか出来ないのに、おかしいよね」
ということだった。これって完全にえこひいきなのか。
そんな久保さんは、新しく来た神木・・・じゃなかった、藤森マネージャーと、やけに意気投合したようだった。休憩時間が一緒になると2人で仲良くうどんを食べたり、傍から見ると、いちゃついているようにも見えるぐらい、仲良しだった。久保さん、30歳の主婦、マネージャー24歳。6歳の年の差だけど、姉弟なのか、恋人気分なのか、よくわからないがとにかく仲が良かった。
土曜日のアイドル時間の、客席の光景の中に、店長と林田さん、久保さんとマネージャーの2組のうどん屋カップルが仲良く食べているなんて・・・なんか、変なの。まぁ、店長は勝手に林田さんの隣に座ってるだけだけど。なんでもいいからみんな仲良くやってれば、という感じで私は見ていた。
その後、イケメンで、人当たりも良く、仕事も出来る藤森マネージャーは、あっという間に新店の店長に抜擢されて、この店を去って行った。あらまぁ・・・でも、こういうもんだわね。後に残されたのは、マニュアルロボット店長と、まだ見ぬ次のマネージャー。この頃になると、この店の社員さんは「なんかまともな人がいない」というイメージがついていた。素敵な人材はすぐに出世してどっか行っちゃうからだ。きっと、次のマネージャーも一癖あるんだろうなぁ・・・と、みんなも噂をしていた。
数日後、次のマネージャーがやってきた。そして、時代の流れか、うちの店にダシを自動で作るマシーンが導入されることになったのだ。