良く言えば癒し系。
オープンから一緒に働いてきた、マネージャーの市井さんは、23歳だが、かなりの落ち着きがあった。背は185センチと高いのだが、なぜか坊主頭だった。顔つきは優しい感じ。通称は【いっちゃん】だった。パートさんに対しても、物腰が丁寧だったので、クルーたちの間では”いっちゃんはものすごく優しい””ほのぼの癒し系”という評判だった。
そんな市井さんは、なぜか初めて店で顔を合わせた時に、
「あの、メアド聞いてよろしいですか?」
と私に言ってきたので、メアド交換することにした。きっと、全員に聞いて回ってるのだろう、とその時は何とも思わなかったが、数週間経って、周りの人に聞いたら、私としかメアド交換してなかったようで、なんでだろう・・・と思っていた。
そして、メアド交換をしたことで、市井さんからよくメールが来るようになった。
『今日もお仕事お疲れ様でした。北村さんはどんな音楽が好きですか』
なんで、私に質問するのか。
「なんでも聴くけど、邦楽の女性アーティストがいいかな。市井さんは?」
『僕は、そうですね、バンプオブチキンですね』
「あ~、天体観測だっけ。聴いたことある~」
と、他愛ないやりとりをほぼ毎日していたが、市井さんの意図がわからなかった。なんでこんな年増の私と会話したがるのか。
だが、ある日その理由がわかった。どうやら市井さんには片思い中の女の子がいて、その子とどうしたらうまくいくかアドバイスが欲しかったようなのだ。そもそも、それにしても私か?とも思ったが、きっと話しかけやすかったのだろう。
市井さんの話によると、片思い中の彼女は、地元の1つ年下の後輩で、前回デートに誘ったら、オッケーをもらったそうなのだが、その数日後にキャンセルのメールが届き、次の約束が決まらないまま、なんと数か月も経っていた。その時点で『ダメじゃん』と思ったのだが、はっきりそういうのも市井さんが可哀想なので、私は市井さんにもう少し積極的に行くようにアドバイスしたのだった。もしかしたら、押しが弱いだけかも・・・という期待が10%、彼女の方に脈がないんだろうな、というのが90%。話を聞くだけでも私にはわかっていた。
市井さんは、23歳という若さなのに、今どきの若者ではない雰囲気だった。
「この髪形が一番楽なんですよ」
って、坊主頭だし・・・まず、身なりを気にしないから、なかなか恋もうまく行かないんじゃないかなぁ、と私は思っていた。長身だし、顔は悪いわけじゃないから、髪形や服装でだいぶ良くなると思うんだけど。それに、メアド交換をした時に市井さんの携帯がやたらと古かったので、私が聞いてみたら、もう同じ携帯を8年も使っていることが判明したのだ。なんでもかんでも流行りモノに飛びつく若者もどうかとは思うけど、きっと必要以上にお金を使わないタイプかな・・・なんとなく貧乏くさい・・・そんな印象だった。
そんな市井さんは、出勤の時に、坊主頭を隠すようにグレーのニット帽を深々とかぶり、マスクをして現れる。いや、その恰好、絶対不審者だから!まさか、デートの時も同じ恰好で行ってるんじゃないでしょうね・・・そりゃあ、ダメだわ。
それでも、城井店長の胃が痛くなるような特訓の日々の中で、市井さんの存在は、まぁ癒し系だったな、と思っている。かずちゃんもいつも言っていた。『いっちゃんの優しい顔に癒されるわ』と。
そんな、良く言えば癒し系の市井さんも、この店を去ることになった。私は、メールでやりとりをした仲だし、次の職場でも使えるように、と仕事着の下に着るTシャツを3枚、市井さんにプレゼントした。
プレゼントを渡したのは、市井さんがこの店を去る2日前。すると、翌日すぐに市井さんから私へのお返しのプレゼントが用意されてたのだった。え、お返しなんていいのに、なんて律儀な人なの・・・と、袋を開けたら、『女性の方にプレゼントすることに慣れてないので』という手紙と共に入っていた物、それは、袋の中にそのまま入れられていた、ドラッグストアなどで買える癒し系グッズ、タオル、クッキーなどだった。ん~・・・気持ちといえば気持ちなんだけど、なんだろう、『お返ししないといけないから慌ててその辺で買ってきました』的なニオイがする・・・。さすが、市井さんだ。でも、まぁそれが市井さんらしいところでもあるのかな?と思いつつ、多分このままだと彼女が出来ることは難しいんじゃないかな~というのもあった。
市井さんが去った後は、入れ替わりでこの店に来た結構男前のマネージャー、薮木さんがしばらく店にいた。ヤブキという名字からベタだが通称は【ジョー】だった。この薮木さんは、その後数週間ですぐに今付き合ってる彼女と結婚することになり、それを機に引っ越ししたためか、また別の店舗に異動が決まって去って行った。
こんな感じでマネージャーの異動もかなり激しいのだが、次に来たマネージャーはまたまたイケメンだった。