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うどん屋ホステス。  作者: 桃色 ぴんく。
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マニュアルロボット。

「いらっしゃいませ~ようこそ~~~」

 


 斉藤店長が去って行った後に、この店の店長になったのは中田なかた店長だった。まだ年齢は30歳になったばかり。出世コースを順調に辿っている気がする。例によって先行して流れた噂話では、

『今度の店長は、なかなかのやり手らしい』

『あの城井店長よりも怖いらしい』

と、いうかなり嫌な噂だったのだが、中田店長が来て数日は、ごくごく平和な時が流れていた。周りの人は、『まだ、本性を出してないだけよ。油断したらやばいよ』と言っていた。私もそんな気がしていた。




 私は、この中田店長の声が生理的に嫌いだった。少し高めで鼻にかかったような細い声。その声で

「いらっしゃいませ~ようこそ~~~」

と言うたびに、なんか寒くなるのだ。あんまり嫌いだから、店長が休みの日にはモノマネをしてみる。

「いらっしゃいませ~ようこそ~~~」

「あはは!店長のマネでしょ!似てる~!」

 お店の女の子たちにウケたので、私もまんざらではなかった。こうやって、嫌なことも楽しいことに変える、それが私のやり方だ。




 この中田店長は、かなり真面目な性格のようだった。血液型はAB型。もしやもしやの二重人格かもだが、仕事ぶりを見る限り、今までの店長たちよりも仕事が丁寧で、すごいなぁ、と思える部分もたくさんありそうだった。が、一つ問題が・・・。

「なんでこんなことわからないんですか?マニュアルに書いてあるでしょう?」

「僕に聞く前にマニュアルちゃんと読んでくださいよ」

「それ、やり方変わりましたよ。マニュアル確認してないんですか?」

と、二言目にはマニュアル、マニュアルなのだ。

 確かに、斉藤店長がやってきた時に、分厚いマニュアル本もこの店にやってきた。クルーのみんなも、一応はマニュアルに目を通し、作業をしているつもりだったのだが・・・

「そんなんじゃダメですよ。なんで出来ないんですか?」

「それはどうしてそうしたんですか?何か理由があるんですか?」

と、とにかくうるさい。マニュアルに沿った動きがちゃんと出来てないと、しつこく追いかけ回され、くどくどと注意をされる日々。怒鳴られたりしないものの、違う意味でみんな疲れてきていた。いつ見られている。ミスをすると責められる。胃が痛い日がまたやってきた。



 

 そんなある日のこと。相変わらず、性格はネチネチくどくどな中田店長だったが、仕事に対する情熱と、お客様に美味しいうどんを食べていただきたい、という気持ちは本物なんだろうなぁ、と私は思い始めていた。そして、中田店長が作った【ぶっかけうどん】を食べた日から、私は店長を尊敬するようになったのだった。

 実は、私は、この時まで自分の中で【ぶっかけうどん】を注文するのを封印していたのだ。時は5か月前に遡って、初めて研修先の店舗で【ぶっかけうどん(温)】を頼んだ時のことだった。その時、時間帯はアイドル時間で、研修先のお店でも2人しかクルーがいなくて、私にうどんを作ってくれたのは大学生のアルバイトの男の子だったのだ。そして、その子が作ったうどんを食べて、正直、美味しく感じなかったのだ。

あったかいうどんのはずが生ぬるく、もう二度と食べたくない・・・と思ったのを覚えている。だから、この店がオープンしてからもずっと【ぶっかけ系】のうどんは食べないようにしてきたのだった。でも、中田店長が来て、仕事ぶりを見て、もしかしたら美味しいうどんが食べれるんじゃないか?となんとなく感じたので、私は封印を解き、【ぶっかけうどん(温)】を頼んでみたのだった。



「あったかい・・・」

 中田店長の作った【ぶっかけうどん(温)】は、一口目からしっかりと温かかった。

「すごい・・・美味しい・・・」

正直、こんなに美味しく感じるとは思わなかった。温められた鉢に、温められた麺、しっかりと湯切りをしてあるので、温かいダシの味が薄まることもなく、麺に絡んでいる。

 同じ食材を使っているのに、作る人の気持ちと正確な作業、センスでここまで違うものか、と私は衝撃を受けたのだった。その日以来、私も気持ちを切り替えて、1人でも多くのお客様に美味しいうどんを食べてもらいたいと思うようになった。

 中田店長に何か小言を言われても、自分に対するアドバイスと受け止め、頑張ることが出来るようになったのだった。何か言われるのは、私に非があるから。そこを直して行く努力をしよう、と。



 

 中田店長は、仕事は出来るし、綺麗好きだし、誰に対しても丁寧なのだが、一つ苦手なことがあるようだった。それは、クルーたちと打ち解けること。人前では本当の自分のキャラを出せていないようで、いつも無理している感じに見えた。

 それと、もう一つ感じたのが、中田店長は人をなかなか認めないということだった。私たちから見てベテランの山田さんのことも、中田店長に言わせると「まだまだですよ」という評価になる。そして、自分が仕事が出来るからと言って、まだ数か月の私たちに、同じようにそれを求める。中田店長は高校生の時に、親会社の店にバイトから入ったらしく、この仕事に就いてすでに15年。そんな自分と入ってきたばかりの私たちを比べるのがまずおかしいんだけど、とにかく比べられる。

「え、出来ないんですか?僕は出来ますよ」

 そりゃそうでしょ、と思いながらも、言われると私もくやしいので、絶対出来るようになる!と思ってまた頑張れるのだった。



 そんなある日、オープンからずっと一緒に頑張ってきたマネージャーの市井いちいさんが、他の店舗に異動が決まった。

店長や課長と同じように、この店は本当に度々人事異動があるようなのだ。




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