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うどん屋ホステス。  作者: 桃色 ぴんく。
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食いしん坊とトロ子さん。

 城井店長がいなくなった後、やってきたのは斉藤店長という人だった。斉藤店長が店に来る寸前に、店では噂が流れていた。

『今度の店長は、課長クラスの偉いさんらしい!』

『マニュアルを引っ提げて、この店にやってくるらしい!』

 ものすごい威圧感のある噂話だった。一体どんな人が来るのかと・・・。



「斉藤です。一緒にこのお店を盛り上げて行きましょう!」

 朝礼で挨拶する斉藤店長は、小太りで眼鏡をかけていて、ドーンと存在感のある風貌だった。年齢は40代後半と聞いている。笑った顔が茶目っ気があって、怖そうな雰囲気はしなかった。

 そして、この斉藤店長と一緒に、この店にやってきたのが分厚いマニュアル本だった。今まで、全ての作業を聞いたまま、見様見真似でやっていたのを、このマニュアルが入ることによって、作業内容も大幅に変更されたため、大げさに言えば、全部覆されることになるのだ。それは、仕事に慣れてきた私たちオープニングスタッフにとって、また新しい試練となった。



 斉藤店長が来た頃、私は一応全部のポジションを出来る状態にはなっていた。城井店長の胃の痛くなるような特訓で、一つ一つのポジションの仕事は完璧とは言えないが、まぁ、人並みにこなせていた。

 そして、また新たなメンバーがこのお店に加わった。60代の高畠たかばたさんと、30代の岸川きしかわさんだ。高畠さんはフライヤー、岸川さんはフレッシュ(洗い場)からのスタートとなった。

 高畠さんは、主婦歴も長く、新人ながらごく普通にフライヤーの仕事は出来ていた。ただ、上品で、恥かしがりやなのか、お客様と接するのはとても苦手なようだった。それでも、同じ60代の磯川さんとかずちゃん(武田さん)とは気が合ったのか、【還暦トリオ】を見事に結成したのだった。

 一方の岸川さんはというと、とても動作がスローリーだった。お皿を一つ洗うにもそろりそろりと、すごい時間がかかってしまうようだった。昼ピークを迎え、店の中はガチャガチャ、クルーたちはせかせかと動き回る中、岸川さんのところだけは、ゆっくりと時間が過ぎているようだった。いくら新人さんと言っても、動きが遅すぎる!周りのみんなは少し苛立ち始めていた。私たちは、彼女にひそかな通称【トロ子】を命名し、彼女に期待をしない代わりに、自分たちが彼女の分まで動けばイライラもせずに済む、という考えで働いていた。



 そして、斉藤店長はというと・・・実は、仕事ぶりがめちゃくちゃだった。ある日、私がセンターで注文を聞いていると、背後にいた釜担当の斉藤店長が、私に小声で言うのだった。

「北村さん・・・この麺やばいねん」

 振り向いて、茹で上がった麺を見ると・・・ありえない。大量の麺が全て5センチぐらいのぶつ切り状態になっているではないか。

「使えるとこだけ、使って」

「・・・」

 いや、無理だし。こんな麺使えるか!一体どんだけ麺を掻き回していたのよ!こんなにぶつ切りになるまで、何やってんだか!

 私はイラッとしながら、その麺は使わず、次の茹で上がる麺を待った。そして、お客様から「釜玉」の注文が入ったので、釜担当の斉藤店長に告げようと振り返った。

「え、いない」

 ピーク時は釜担当の人がちゃんといないと、釜揚げ&釜玉の注文が通った時に、麺を釜から揚げてもらわないといけないのに・・・。センターの人が出来なくもないけど、リズムが狂うのだ。

 そう、斉藤店長はことあるごとに自分の持ち場を離れて休憩したがるタイプだったのだ。



 またある日、こんなこともあった。斉藤店長が、お椀に細麺を少し入れ、そこにカレールーをかけて、食べだした。

「ちょっと麺の具合をな・・・」

 どうやら、麺の茹で具合をチェックしようとしてるらしいのだが、普通はみんな麺だけ食べるものだ。カレールーをかける必要がない。

「ん~、どうかな~。ちょっと、わからんな」

 と、またもやお椀に麺を入れ、カレールーをかける。麺の茹で状態なんか、1本食べたらわかるやろがいっ!と、私はまたもイラッとするのであった。絶対、味見じゃなくて自分の小腹を満たすためじゃないの!私たちクルーはこの店長にただただビックリだった。



「今日は、無性にチキンタツタが食べたい!」

 そう言って、休憩中に店を出て行き買いに行く斉藤店長。別に、食べ物を買いに行くのは悪いことではないが、日頃からベテランパートの山田さんが言っていたのと矛盾することに気付いたのだ。

「店長が休みの日なんて、休憩中も外に出られなくて困るわ」

 と、店長代理のようなことをしていた山田さんはよく言っていた。つまり、休憩中も何が起こるかわからないので、店の代表の人は、たとえ休憩時間でも店から出ないように言われているらしいのだ。それが、斉藤店長は平気で何時間も店を空ける。自分が食べたい物があるから。



 そして、当時、土曜日だけは15時~18時のアイドルタイムに仕事に入っていた私。アイドルタイムとは、昼ピークが過ぎ去って、そんなにお客様も来ないであろう、という時間帯のことだ。お客様もポツポツなので、だいたい2人クルーがいれば、お店は回る、と考えられていた。

 2人でお店を回す場合、持ち場は半分分けになる。例えば、AとBでわけるとすると、

A=釜・センター・トッピング

B=フライヤー・レジ・フレッシュ 

と、なるわけだ。Bの場合、天ぷらをある程度揚げておけば、ほぼレジとフレッシュのみの仕事になるので、さほど大変ではないのだが・・・



「うっそ・・・なんで・・・」

ある土曜日のアイドルタイムのシフトを見て、私は愕然とした。私と2人で店を回すクルー、それがトロ子だったのだ。この時、トロ子はまだフレッシュの持ち場しか出来ない状態だった。

ということは・・・Aが私でBがトロ子だとすると、

A=釜・センター・トッピング・フライヤー・レジ

B=フレッシュ

と、いうことになる。ありえない。私は斉藤店長に文句を言った。

「フレッシュしか出来ない岸川さんと2人なんてきつすぎます」

「まあまあ、俺もおるから、なんかあったら呼んで」

 そして、その日のアイドルタイム。『なんかあったら呼んで』と言っていた店長はそそくさと店を出て行き、見事に私とトロ子2人きりとなった。

 土曜日なのでアイドルでもそこそこお客様は来る。私は釜の麺を揚げ、お客様の注文を聞き、トッピングして差し出した後、レジに走り、お会計を済ませて、また釜付近に戻り、注文を聞き、うどんを作り、足りなくなった天ぷらを揚げながら、入ってきたお客様に「少々お待ちください!」と声をかけ、先ほどのお客さまの会計を済ませ、また注文を聞き、うどんを作り、茹で上がりのタイマーが鳴ったら麺を揚げ、揚がった天ぷらを前に出し、またレジに走る・・・こんな状態だった。

 ゼエゼエ、ハアハア言いながらキッチン内を走り回る私に一言、トロ子が言った。

「すご~い。スーパーマンみた~い!」

 パチパチパチと拍手をしながら。褒めてくれたんだろうけど、すっごくムカついた。



 結局、斉藤店長は、課長期間が長すぎて現場を離れていたため、現場をよくわからないんだわ、という噂が立ち、「いい加減な店長」というレッテルを貼られてしまった。その噂のせいなのか、違うのかは知らないけど、たった一か月でこの店を去ることになったのだった。



 オープンから5か月。次の店長こそは、期待したいが・・・さて、どうなることやら。


 





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