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うどん屋ホステス。  作者: 桃色 ぴんく。
3/25

ベテランパートさん。

 オープン日を無事迎えた私は、あることに気が付いた。今日は、クルーさんも全員知らない人だ。まだ、同じオープニングスタッフで、何人が入ったのかも知らない。私は研修は3回しか参加してないし、会ってない人もいっぱいいるんだろうな、と思っていた。

 

 オープンからしばらくの期間は、研修先の店から、一人代表してパートさんが手伝いに来ることになっていた。それが、この仕事3年目のベテラン、山田恵子やまだけいこさんだった。この山田さんとも初めて顔を合わした私は、彼女の動きに感動していた。テキパキと動き、私たちにも的確な指示を与えてくれた。まだ慣れてない、知らないことが多い私たちと、何でも知っている山田さん。彼女の存在が、私たちに安心感を与えてくれていた。



 そして、11時になり、オープン。

「いらっしゃいませ!どうぞ!」

 山田さんの元気な声が響き渡る。すごいなぁ、あんな大きな声が出せるなんて。私はまだ人前で大声を出したことがなかったので、何も言えず、ひたすら天ぷらを揚げていた。

「北村さんも、声出してね」

 山田さんに言われる。声を出して、と言われても・・・

「フライヤーの人は、揚げたての天ぷらを前に並べる時に、お客様に『イカ天、揚げたてですよ』とか、天ぷらを取っていただいたら『ありがとうございます』とか、あと、間に合わない天ぷらがあれば、『揚げたてを席までお持ちしますので・・・』と、一言かけてね。あとは・・・」

 山田さんがいっぱい教えてくれる。けれど、それが結構なプレッシャーに感じる。

「私が、お客様に『おうどんとご一緒に天ぷら・おむすび・イナリなどはいかがでしょうか~』と言ったら、北村さんも『いかがでしょうか~』と復唱してほしいの」

「は、はい・・・頑張ってみます」

 必死で天ぷら揚げるだけじゃなくて、声掛けもしないとダメなんだ。言われたことはわかっていても、思うように声が出なかったり、タイミングを逃したり。聞こえないぐらいの小さい声で『揚げたてですよ・・・』と言ってしまったり。どうにもうまく行かなかった。



「疲れた・・・」

 14時になり、私は上がり時間を迎えた。

「あの、終わりました?よかったら一緒にお昼食べませんか?」

 私に声をかけてくれたのは、今日初めて顔を合わした、私と同じオープニングスタッフの久保真理子くぼまりこさんだった。

「はい、一緒に食べましょ」

 こうして、私と久保さんは一緒にうどんを食べることになった。



 

 私と久保さんは、それぞれうどんを注文し、カウンター席に並んで座った。

「ゆっくり挨拶も出来なかったけど・・・北村桃子です」

「久保真理子です。北村さんは、フライヤー慣れてますね」

「ええ?いやいや、まだ今日で4回目ぐらいです。久保さんはレジどうでしたか?あ、敬語はやめときましょか。気軽に話しかけてね」

「そうね、私の方が年下かな?北村さんおいくつ?」

「私は40だよ」

「え!見えない!私、30」

「へえ!10も違うんだ。若いねー、主婦?」

「もうこれでも結婚10年目。早かったの」

「へええ。私は14年目かな。あ、それでレジはどんな感じだった?」

 私と久保さんは、初対面から結構気が合うような感じがした。久保さんも同じように感じたのか、私にいろいろ話してくれた。

「山田さん、いるでしょ?私、研修の時、山田さんにレジを教わったんだけど・・・」

「うん」

「あの人、突然キレる時があって、すっごい、怖いの・・・」

「マジかぁ・・・私まだそんな接点ないからなぁ。ちょっと用心しとこ」

「そのうち見たらわかるよ。怖いよ~」

「多分あれだね、ベテランさんだから、私たち新人がボヤボヤしてたらイラッとするんだろね」

「そうかも~社員さんたちより怖いよね」

「あはは」

 そんな噂話をしながら、この日は終了した。



 社員さんたちより、怖いかも知れない山田さん。出来たらあんまり関わらないでいられたらいいなぁ・・・オープンから1週間のお手伝い、って聞いてるし。早く過ぎろ!1週間。そんなことを思っている私に、鬼のような宣告がされたのだった。



「1週間の予定でお手伝いに来てもらっている山田さんですが、今日からはこちらの店の所属という形で、皆さんを引き続きサポートしていただきます」

 う、うそ~。まだ、この先も山田さんいるんだ。私は久保さんの顔をちらっと見た。久保さんもこっちを見て『うう・・・』というような顔をしている。頑張れ、久保さん。私も頑張るから。



 その後、久保さんに聞いてた通り、山田さんがキレる姿を私も目撃した。釜でうどんを茹でている山田さんの前で、注文を聞く、センターポジションの若い女の子が、何かミスをしたらしく、山田さんが怒鳴ってるのが聞こえてきたのだ。

「ちょっと、もういい!どいて!」

 山田さんは、その女の子に、自分の体でぶつかるようにし、女の子をポジションから外して、お客様とやりとりを始めた。外された女の子は、ちょっと目に涙を浮かべながら、無言でクルールームに姿を消した。私はその様子を横目で見ながら天ぷらを揚げていた。あ~あ、あの子泣いちゃったな・・・辞めちゃったりして。



 実際、オープニングスタッフとして採用された人たちのほとんどは、もう辞めてしまったようだった。1、2度仕事に来て、『ああ、合わない』と思って辞めた人が大半だったようだ。プレオープンの前日に、集まって開店準備をした仲間たちは、私以外全員辞めてしまっていた。これから一緒に働くはずの仲間だったのに、みんなそんな簡単に辞めるんだなぁ・・・と正直びっくりしたが、人それぞれの考え方もあるだろうし、残ったメンバーでやっていくしかないんだな、とも感じていた。



 しばらくして、松川課長に付き添われながら、さっき泣いていた女の子がキッチンに戻ってきた。彼女は、美野川杏みのかわあんずさんという、25歳にして2児のママさんだった。

私の後ろを通り過ぎて、センターポジションに戻る時に、私は小声で声をかけた。

「大丈夫?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 私の目を見た、美野川さんの目は、キッと強い目をしていた。泣いてしまったのは、きっと、出来ない自分に対しての苛立ちだったんだな、と私は思った。泣き顔の中に、芯の強さが見えた。あの子は辞めないだろう。私にはそう感じるものがあった。



 その後も、山田さんが原因のクルー同士のトラブルがあったものの、なんとかみんな乗り越えてやっていけそうに思えた。

 だが・・・私は気付いてしまった。



山田さんよりも、厄介な存在の人物が、もう一人この店にいることを・・・



 

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