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うどん屋ホステス。  作者: 桃色 ぴんく。
20/25

虚言癖。

 梅垣さんから聞いた情報は、意外なものだった。あの伊藤さんに結婚話があるというのだ。面白いことに、『伊藤さんに結婚話があるらしいよ』と言うと、聞いた人はかなりの確率で

「えっ?あのニオイ大丈夫なの?」

「相手の人ニオイフェチ?」

というような返事が返ってくるのだった。それぐらい、伊藤さんの臭いは強烈なのだ。





 梅垣さん情報によると、伊藤さんの結婚相手は、9年ほど前からの知り合いの男性で、伊藤さんより5歳下のスポーツジムのインストラクター。伊藤さんとはジムで知り合い、長いこと【友達以上恋人未満】の仲だったそうだが、つい最近になって告白され、デートするようになったらしい。そして、付き合いだして間がないのに、すでに結婚話が出ているというのだった。

「なんか嘘くさい」

「相手から告白してきたって?」

みんな、言いたい放題だ。私だって、本当かなぁ・・・と疑ってしまう話だ。長年知り合いだった、というのはまぁわかるが、デートするようになってすぐ結婚・・・まぁ、伊藤さんも40代、彼氏も30代後半だから、ありえなくもないけど。





 その話を聞いて、伊藤さんに言ってみた。

「結婚するんだって?」

すると、すごく元気な声で

「はい!そうなんです!やっと決まって・・・」

「そうなの。おめでとう」

それ以上は、聞かないことにした。なんとなく。

 数日後の土曜日。この日は私も伊藤さんも朝から仕事だった。私の方が先に来ていて、ごそごそと仕込みを始めていたら、伊藤さんが店にやってきた。

「おはよう」

「あ!おはよ!あのね!明日、彼のお母さんに会うことになったんです~!」

「ああ、そうなの?頑張ってね」

と、私は返したが、聞いてもないのに店に入った途端の第一声がそれだったので、なんか嘘くさく聞こえた。なんていうか、用意していた言葉を言ったように聞こえたのだった。






 月曜日に出勤した時には、クルールームに和菓子が置いてあり、手紙が添えてあった。

”皆様でお召し上がり下さい  伊藤”

「え?なにこのお菓子」

「あれじゃない?彼のお母さんに会いに行くとか言ってたから」

「ええ~そんなの関係なくない?」

確かに。交際している彼の親に挨拶に行ったからといって、私たちにまでお菓子を配る必要はない。一体なんのためにお菓子を置いたのか・・・

「このお菓子何?ってなった時に『伊藤さんが彼の親に会ったらしいよ、それでかな?』って広めて欲しいからじゃない?」

という意見も出た。結婚するというアピールをしたいわけなのか・・・?ますます謎は深まる。

 とりあえず、和菓子を食べて仕込みをしていると、久保さんが

「あ!」

と、何か思いついたような声を出した。

「もしかして・・・彼のお母さんにあのお菓子持って行ったら突き返されたんじゃない・・・?」

「ええ~~」

「だって、あの高級そうな和菓子、私たちに、って変じゃない?なんか違う気がする」

確かに。私たちに配るのなら、和菓子よりもクッキーやチョコレートの方が、年代的に考えてもしっくりくる気がする。

「もし、突き返されたとかだったら・・・そのうち、なんやかんやで結婚話なくなりました、とか言うのかもね」

なんて会話をしていた私たちだった。






 実は、昼のクルーたち全員が、伊藤さんの結婚話を信じていなかったのだ。結婚というより、まず彼氏がいることも作り話じゃないのかなぁ、という読みだった。そう思う原因は、やっぱりあのニオイだと私は考える。あのニオイ・・・そばに寄れないでしょ、というわけだ。付き合う=抱きしめたり、キスをするのに、あれじゃ絶対無理でしょ、という結論なのだ。

「きっと、虚言癖なんですよ」

「正直に彼氏いないとか言ってる方がまだ可愛いわ」

などと、本当にみんな言いたい放題だった。






 伊藤さんは、虚言癖もあるのだと思うが、なんせ見栄っ張りなのだ。バレンタインの時も、私なんてその辺のスーパーで買った大袋のチョコを箱に入れて”ハッピーバレンタイン!みんなお疲れ様~男子も女子もチョコどうぞ!”と、クルールームに置いておいたりするのだが、伊藤さんは、ゴディバのチョコを用意していた。わざわざ、買いに行ったのかしら・・・とそこでも話題になっていた。

 仕事面でも、気になる傾向があった。その日は土曜日で、フライヤーの仕込みをする伊藤さんに

「今日は土曜日だから、天粉いっぱい溶いておいてね」

と、声をかけたら、

「あ、うん!わかった~!いっぱいしておくね!」

と、返事をしていたのだが、その後、フライヤーに入ったかずちゃんが冷蔵庫を開けると、天粉の入ったピッチャーが7本並んでいて

「ああ、いっぱい作ってくれたんや」

と、思っていたのだが、実際は蓋を開けるとピッチャーに半分か半分以下しか天粉が入っていなかったのだ。合わせても3本分あるかないかの量だった。

「え・・・いっぱい作って、て伊藤さんに声かけたのに」

と、私がかずちゃんに言うと、

「なるほど・・・いっぱい作ったように『見せかけた』わけやな。しょうもないことしやがって」

と、怒り出したのだ。

 実は、ここ最近、冷蔵庫のピッチャーの中に満タンに入っていない状態がずっと続いていて、私たちはてっきり、あっちもこっちも使いまわっての【残り】だと思い込んでいた。だが、実際は、作る量が少ない上に、少なく入れてそれを数本分、という状態だったわけだ。要するに【やってます感】を出すための行為なのだ。そして、その犯人が伊藤さんだったというわけなのだ。ズボラな性格なので、しっかりと仕事をするのがきっと苦痛なんだろうけど、それなら正直に

「すいません、できませんでした」

という方がどれだけマシか。私たちは伊藤さんにだいぶキレかけていた。

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