オープニングセレモニー。
オープンの前々日。私は、普段出歩かない夜の時間帯の町を歩いていた。お店から連絡が入り、
「明日のプレオープンに向けてお店の準備をしたいので、来れる方だけ手伝っていただきたい」
と、言われたのだ。私はお店の近くに住んでいるので、参加することにしたのだ。
時刻は20時。結婚して14年。夜に家から出ることなどほぼなかったので、なんか新鮮だった。
お店に着くと、オープン2日前なので当たり前だが、外観が完成していて、感動する。壁も窓ガラスも何もかもが新しくて気持ちがいい。
「あ、北村さん、入って入って」
松川課長に連れられ、中に入る。
「どうも。よろしくお願いします」
中には数人お手伝いに来た人たちがいた。生まれて40年ずっとこの町に住んでいる私だが、この中に知った顔の人はいなかった。研修先のお店でも会わなかった人たちばかりだった。この人たちがこれから仲間になるんだ。まだ、お互いのことを知らない人たちの集まり。
この日は、まずはテーブルに置いておくダシ醤油のラベルを貼る作業をした。貼る位置が決まっているので慎重にラベルを貼る。夜の静かな時間。シーンと静まり返った店に、みんな無言で作業しているのでなんだか違う空間にいるような気持ちになる。ラベルを貼り終えると、一気に話し声が増え、賑やかになった。みんなでキッチン内の物の配置を確認したり、天ぷらの食材のかしわに切り込みを入れたり、クルールームの説明を受けたり、明日のプレオープンで困らないように、最後の確認などを済ませた。
【プレオープン当日】
この日は、10時からオープニングセレモニーが行われた。新店を立ち上げる時に、毎回やっている式のようだ。親会社の社長をはじめ、次長、課長など総勢30名ほどのお偉いさんたちがここの店に集まった。セレモニーって何をするんだろ・・・と、思いながら私たちオープニングスタッフも参加。
まずは、社長の挨拶から始まって、ここに揃った人たちの簡単な自己紹介、この店をオープンするにあたっての希望のような野望のようなお話、そして、【店長宣誓】というのが行われた。
「店長宣誓って、ああ、選手宣誓のようなものか」
と、心の中で思いながら、私は見ていた。
宣誓をしている城井店長は、なんだかフレッシュマンのように見えた。
「ああ、お店を初めて任されてヤル気に満ち溢れているなぁ」
と、私のその時の印象はそんな感じだった。
その後、全員で店の外に出ると、いつの間にか紅白リボンが用意されていた。
「あ、これってテレビでよく見る、あれだ」
と、私は思いながら見ていた。
そして、誰が何を言ったのかは聞き逃したが、テープカットの運びとなり、社長がリボンを切った。拍手が巻き起こったので、私も慌てて拍手をする。
その後は、店の前で全員で記念撮影をした。頭にバンダナ姿の私は、
「こんな姿で写真撮られて、どこかに載せられたら嫌だな」
という思いが頭をよぎっていた。
そして、11時になり、プレオープンが始まった。
この日のお客様は、【招待された地域のお客様100名様限定】だった。
招待なのでもちろん無料だ。まずは、この地域の選ばれたお客様にうどんを食べてもらって、美味しさをわかっていただこう、という計らいだった。
私はこの地域で生まれ育ったので、知り合いがいっぱい来るんじゃないかと期待していたが、知り合いが一人しか来なくて正直びっくりした。招待した100名様をどのように決めたのか・・・謎だった。それでも、お客様が
「大きいアナゴ天やな!」
「美味しかったわ、また来るわ」
「定休日あるの?」
などなど、お店に興味を持ってくれている様子が見れたので、私は嬉しく感じていた。やっぱり、自分が働いているお店が評判いいに越したことはないからだ。
「ふう。このお客様で終わりだな」
最後の招待客が会計を済ませ、席について食べ始める。
この日の私の担当はフライヤーだった。3度目だったので、そんなに緊張もせず揚げることは出来たが、まだまだ未熟で、お客様に何か言われたらどうしよう、という気持ちも一杯あった。
レジにいるオープニングスタッフの女の子と私以外は仕事に慣れている店長や課長、他の店舗からの応援の人だったので、スムーズにプレオープンは無事終了した。
「お疲れ様。どうでしたか?」
プレオープン終了後、お店を閉めて、着替えが終わった私たちは松川課長に聞かれた。
「緊張したけど楽しかったです」
「それは良かった。明日からが本番です。頑張って盛り上げていきましょう」
「はい」
「今日は、好きなうどんと天ぷら食べて帰ってね」
「いいんですか?」
プレオープンで出なかった麺や天ぷらが残っていたので、私たちにも無料で食べさせてくれた。
私は、かけうどんとかしわ天を食べた。自分で切り込みを入れて、自分で揚げたかしわ天。明日からは、お客様に食べてもらうことになるんだなぁ、と思うと、頑張ろう、と思えたのだった。
いよいよ、明日がオープン日。お客様、来るかな・・・。