ニオイの原因。
伊藤さんが臭うという件は、うちの店の課題となった。病気や何かの原因で、清潔にしているのに臭うのなら、それは仕方ないことなんじゃないかなぁ・・・という結論に達したのだが、伊藤さんの臭う原因がわかる出来事が起こったのだった。
伊藤さんがこの店に来て、しばらく経った頃、家庭の事情で2週間ほど仕事を休んだ時期があった。お父さんが入院していて転院するからか何かよくわからないけど、そのような理由だった。そして、2週間が経ち、伊藤さんがまた仕事に入った時だった。
この日は、14時上がりの私と交代で伊藤さんが入ることになっていて、14時前にゴミ捨てに出ようとしていた私は、クルールームで着替える伊藤さんを目撃したのだが、伊藤さんのエプロンがアコーディオンカーテンのようにぐちゃぐちゃだったのだ。
「あら!?エプロン、アイロンし忘れたの~?」
と、ゴミを集めながら私が伊藤さんに尋ねると、
「あっ、あはは。洗うの忘れてた~あはははは」
と、とんでもない返事が返ってきたのだ。洗うの忘れてた、って。2週間お休みしてたんだよね?ということは2週間以上洗ってない制服を持ってきたっていうの?以前、私が上着が臭うことで想像した伊藤さんの生活はズバリ的中してるのかも知れない。伊藤さんはきっと片付けない女、洗わない女なのだ。
いくら清潔にして、毎日お風呂に入って、洗濯もしていて、それで臭うのなら仕方がないが、伊藤さんの場合は明らかに「ズボラ女」の習性で、臭うだけなのだ。
「お風呂に入らないだけであんなに臭いますかね」
と、他の子も言うけど・・・お風呂に入らずに、同じ服をずっと着ていたら、やはり体臭は衣服につくだろうし、そうすればだんだんとニオイもきつくなると思う。
「きっと、家がもうあのニオイで充満してるんでしょうね」
と、分析する子もいる。多分、というか100%そうだろうと私も思う。もしかしたら、家に洗濯機を置いていないの?と思うこともある。なぜなら、一定の期間、ずっと同じ服を着て店に来るからだ。1か月ほど同じ服を着倒して、汚くなったら服が変わって、またそこから1か月同じで・・・というパターンのようだ。見たことがない洋服を着た伊藤さんからは、そんなにニオイがしないのだが、制服に着替えた途端にニオイがきつくなる。結局は、制服を洗濯していないからだ。
別の理由も考えたことがある。もしかして、入院しているお父さんのお世話で忙しく時間がないのか?と。けれど、伊藤さんは自分の出勤時間の1時間も前から店に来て、何をするわけでもなく、じっとクルールームで待機している。その早く来る時間を洗濯に当てられるはずだ。時間がないわけではないのだ。仕事ぶりを見ていても雑な部分が多いし、きっと性格なんだろう。でも、性格がそうだから仕方ない、では済まされないことだ。飲食店にふさわしくない従業員になってしまう。しかし、いくら
「エプロン、アイロンちゃんとしてね」
と声をかけても
「あ、はい。すいませ~ん」
と、言うだけで改善されないのだ。出勤してくると、必ず『身だしなみチェック』を誰かにしてもらわないといけないルールになっているのだが、私がチェックするとアイロンのこととか言われてうるさいと思われているのか、最近では私の方にチェックしてもらいに来ることがなくなった。離れた場所からちらっと見てもやはりエプロンはぐちゃぐちゃのままだった。
私は、そんな伊藤さんにだんだん腹が立ってきて、一緒に仕事に入りたくないとさえ思ってしまうようになってしまった。だって、いい歳の女性が、身だしなみが不潔で、注意されても直さないなんて・・・こんなに悪口みたいなことは言いたくないが、『改善出来ることを改善しない』ことに腹が立つのだ。
病んでいるマネージャーが伊藤さんに一度聞いたらしい。単刀直入に切り出したマネージャーもすごいと思うが、伊藤さんがニオイますよ、という内容のマネージャーの言葉に
「前の職場でも言われたんですけど・・・私もわかってるんですけど・・・ショックです・・・」
と、悲しい顔をして答えてきたらしい。
「勇気を出して言ってみましたが、ヘコまれて、なんか僕が悪者みたいで後味悪いです」
と、マネージャーもうなだれてしまっていたが、私たちクルーはみんなわかっている。何か注意をしても「はい、わかってます」「はい、すいません」とあっさり言うだけで聞き流していることを。ニオイのことを指摘されても、わかってる、私もショックですと言うだけで、全く改善されないのだ。臭うならお風呂に入ればいいし、臭うなら洗濯すればいいだけのこと。洗濯機が家になければコインランドリーもあるし、流し台ででも洗おうと思えば洗える。結局は『めんどくさいから、言われてもスルーしとこ』と思う、そのズボラな神経がネックになっているのだ。
「私伊藤さん無理」
「性格も人に嫌われるタイプですよね」
だんだんと店の中での伊藤さんの印象が悪くなる。言っても聞かない人として諦めるしかないのか、それともしつこく注意やアドバイスをし続けるべきなのか。本当にむずかしい問題だ。