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うどん屋ホステス。  作者: 桃色 ぴんく。
17/25

問題点。

 夜のメンバーの梅垣さんが、知り合いをこの店に連れてくるという話が出てきた。年は私の1つ下。42歳の独身の女性だった。独身でお子さんもいないし、長い時間働けるし、いいかも~と梅垣さんが川西店長におすすめして、面接の運びとなったらしい。

 その人が面接に来た時は、私は休みの日だったので、どんな人か見れなかったが、見ていたクルーたちの反応は特に悪くもなく、

「まぁ、梅垣さんの知り合いやったら長続きするやろし、助かるんちゃう」

「見た目はイケてはないけど、仕事出来たらそれでええし」

と、こんな感じだった。

 




 こうして、うちの店にまた新たなメンバー伊藤恭子いとうきょうこさんが加わった。最初は夜のメンバーとして入ったらしく、顔を合わせることがないまま数日経過した。

 ある日、昼ピークに慣れるために、昼に伊藤さんが入ったことがあったのだが、そこで私は違和感を感じたのだった。

「伊藤さん、初めまして。北村です。よろしくお願いします」

「あ、伊藤です!よろしくお願いします」

 挨拶を交わし、伊藤さんのそばを私が通った後、嫌なニオイがしたのだった。これはもしかして、体臭だろうか・・・。

「気のせいかな」

 誰も何も言わないし、私の思い過ごしかなぁ・・・。






 実は、私は人一倍ニオイに敏感なのだ。料理をしてても、味見しなくてもニオイで判断出来るし、食材の微妙な傷み具合もすぐに気付く。

 お客様の中にも、臭う方は数人いらっしゃる。浮浪者のようなアンモニアの鼻をつくニオイの人もいるし、洗濯ものの生乾きのようなニオイの人、お風呂に入っていないような油粘土のようなニオイの人もいる。カウンター越しに注文聞いたりするだけで『う、臭い・・・』と思いながらも笑顔で対応してるのだが、もし、伊藤さんが臭ってたとすると、これは大問題だ。なぜならここは飲食店。臭いお客様が来た時にも、他のお客様に申し訳ない気持ちになるのに、クルーが臭いのが許されるわけがない。それでも、もしかしたら私の思い過ごしかな・・・とも思ったので、久保さんにそっと聞いてみた。

「伊藤さんって、ちょっと臭う?」

 すると、久保さんが首を縦にブンブンッと振って

「ちょっとどころかすっごい臭いと思う・・・」

と、言ったのだった。私の嗅覚は確かだったのだ。

「口臭と体臭ですかね」

と、私たちの話を聞いていた平塚さんも加わる。やはり、伊藤さんは臭うのだ。






 この時、季節は冬を迎えようとしていた。11月の半ば、クルーたちの私服もだんだんと上着が分厚くなり、クルールームに並ぶハンガーたちがみんなのコートやジャケットを重たそうに掛けている。仕事を終え、クルールームに来た私に、イヤなニオイが鼻をついたのだった。

「このニオイ・・・」

 これは、伊藤さんの臭いだ。うどん屋に来て3年目の冬を迎えようとしていたが、今までこんなニオイを感じたことがなかった。他のクルーの服を「臭い」だなんて一度も思ったことがなかった。逆に、柔軟剤のいい匂いや、香水がついたような匂いは感じたことがあったが、こんな臭いのは初めて・・・。狭いクルールームに伊藤さんの臭いが充満しているのだ。

「ありえない・・・」

 ニオイを我慢しながら、帰り支度を始めた私は、横目で伊藤さんの上着を見ていた。そう言えば、最初に姿を見た日からずっとこの上着よね。でも、上着なんてみんな結構同じの着てくるし、そんなに臭くなることってあるのかしら・・・私は、確認のために伊藤さんの上着に鼻を近づけ、臭いを嗅いでみた。

「うわ・・・」

 ものすごい臭いがした。私の頭の中で想像が広がる。この上着を着た伊藤さんが、自分の家に帰って、上着を着たままコタツに潜り込み、疲れたからってそのままお風呂も入らずに寝てしまって、汗をびっしょりかいて起きて・・・というような生活をしているんじゃないかと。





 

 その日から、私の中で伊藤さんに対する嫌悪感が強まってきた。今まであんまり人のことを嫌だと思ったことはなかった。やっぱり、私にとってニオイは重要なことなんだ。

 自分自身、息子と一緒に始めた極真空手をやっていた頃は、汗のかき方が変わって、独特の汗のニオイも出てきたのがわかった。それからは特にデオドラントにこだわって、自分が臭わないように気をつけてきた。それが身だしなみというものだと思うからだ。






 その後はクルーたちの間で、伊藤さんのニオイについて度々議論が繰り返されるようになった。

「伊藤さん本人に、臭うってこと言える?」

「いや~言えないな」

「もしかしたら胃が悪くて口臭があったりとか・・・言いにくいよね」

「ほな、私が臭うっていう設定で芝居したらどないや?」

「でも多分・・・自分のことじゃないと思って効果ないんじゃない?」

 伊藤さんは、仕事中の素振りからしてなんとなくわかるのだが、フライヤーで天ぷらを揚げている時に、目の前のお客様から声をかけられても、2度3度軽く無視するのだ。聞こえてないのか、面倒だから聞こえないふりをしてるのか、なんせすぐに返事をしない。なので、隣に立っている私や平塚さんなどが

「はい、アナゴ天ですか?お一つでよろしいでしょうか」

などと代わりに声をかけることも多いのだ。私たちが何も言わないでいると、お客様に何度か声をかけられてようやく

「はい?」

と、返事をする。そして、お客様が

「アナゴ天欲しいんやけど」

と、言うと

「ああ、今揚げてるんで。お時間かかりますけど?」

と、とんでもない言葉遣いで対応するのだ。

「今揚げておりますので、少々お時間よろしいでしょうか。揚がりましたらお席までお持ちしますので、お会計だけお済ませ下さい」

とか、言えないのか!という感じだ。自分の天ぷら揚げる速度がお客様が選ぶのに間に合わないからこちらに非があるはずなのに、どうも、上から目線でお客様に話すので見てるこっちがヒヤヒヤするのだ。こういうのがクレームに繋がるんだよ、と。

 そんな無頓着な調子だから、きっとニオイの芝居とかしても『他人の話、私には関係ないわ』としか受け止めず、きっと効果はないだろう。

 





 こうして、強烈なニオイを醸し出す、新たなメンバー伊藤さんのニオイをいかに無くすように出来るか?というのが私たちの課題となったのだった。


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