表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うどん屋ホステス。  作者: 桃色 ぴんく。
11/25

「いつもの!」

 うどん屋がオープンして数か月。ここにはいろんなお客様がやって来る。工事現場が近いことで、作業服姿の人たち、スーツを着た会社員の人たち、OLさんたち、夫婦や家族で来られる人たち、近所のお友達同士で来られる年配の方たち、大学生の集団、トラックやタクシーの運転手、本当に様々なお客様がやってくる。



 どんなお客様でも、みんな【うどんを食べに来る】ことで共通しているわけだが、カウンター越しに毎日接客していると、それぞれのお客様の人生ドラマが見えてきたりして、面白い。

 特に、カップルで来られるお客様には『この2人はどういう関係なんだろう』という方もいるので、そういう時には仕事をしながらじっとウォッチングするのだ。

 お店がオープンして間もない頃は、どう見てもホステスと同伴のお客様というカップルもよく来ていた。時間帯は朝なので、なんとも異様な雰囲気だった。胸元が大きく開いた派手なスーツを着ている女性の胸の谷間をちらちら見ながら、うどんを出す私だった。




 白いセダンが店の駐車場に停まる。ああ、あの人だ。白髪交じりの年配のオジサマ。

「細麺の並のかけ!」

 いつも、怒ったような表情と言い方なのだ。私は最初、このオジサマが苦手だった。セルフのうどん屋だから、少しの時間も待てないお客様もいる。このオジサマもそういうタイプのようで、とにかく出来るだけ早くうどんを出さないと、怒り出しそうな雰囲気だった。

 このオジサマは、店がオープンして以来、週に3回ぐらいのペースで来られては、

「細麺の並のかけ!」

と、言うのだった。オジサマが来られるようになって、1か月経つか経たないかの頃、私は思い切って言ってみた。オジサマが店に入って来て注文しようとするその前に。

「いつものでよろしいでしょうか?」

 そして、オジサマがうなづいたので、細麺の並のかけうどんを出した。その日から、オジサマの顔は怖くなくなったのだった。自分の注文したいものをわかってくれた、という嬉しさがあったのかも知れない。次に来た時からオジサマは

「いつもの!」

と、頼むようになり、帰る時には私に向かって笑顔で手を振ってくれるようになった。時々、私が注文を聞く場所にいなくて、他の人の時には

「いつもの!」

が、通じなくて、

「細麺の並のかけ!」

と、また少し不機嫌そうに注文していた。その後は、私以外によくセンターポジションに入る久保さんや平塚さんにもオジサマのことを話し、今では

「いつもの!」

で、通るようになったのだった。




「いつもの!」

と、注文するお客様は、このオジサマだけではなかった。例えば、タクシーの運転手の一人は、【きつねの細麺の並】、もう一人は夏も冬も【冷たいとろ玉ぶっかけの細麺の並】、いつもビールを飲んで帰るオジサンは【きつねの太麺の並】、奥様と来られるおじいさんは【あったかいとろ玉ぶっかけの太麺の並】、制服姿のOLさんは【わかめうどんの太麺の並に温泉卵トッピング】などなど。

「いつもの!」とは言わないが、毎回同じメニューを食べられるお客様もたくさんいる。毎週火曜日に来られる仲良しオバサマ2人組は、メニューは日によって違うが、絶対【2人で同じメニューで細麺の並】だし、【かけうどん細麺の並より少ないサイズのうどんに生卵トッピング】のオジサンとか、【かけうどん細麺並に生卵を『卵を溶いて混ぜてほしい』とお願いしてくる】オジサンとか、作業員の男の人は【冷たいとろ玉ぶっかけの細麺の大で海苔抜き】だし、息子の同級生の家族が食べに来たら、その娘は必ず【細麺の大のうどんに梅干しを3つトッピング】だったり・・・こんな感じでいつも同じうどんを注文されたり、太麺しか食べない、細麺しか食べない、とか特徴が見えてくると、私はそれをいち早く覚えるようにしているのだ。そうすることで、お客様が安心して

「いつもの!」

と、言えるから。




 毎回、細麺の並のかけうどんを注文される方は他にも数人いる。時代劇に出てきそうなお顔のオジサンもその内の一人なので、その人が来られたら、何も言わずに細麺の並のかけうどんを出す。一緒に来ていた初めて来るお連れ様が、

「おまえ、何頼んだん?」

と、聞く。

「俺な、何も言わんでも勝手にうどんが出てくるねん」

と、オジサンが得意気に言う。

「えっ」

と、お連れ様がビックリする。

「なっ!」

と、オジサンが私に向かって言うので

「はい。いつも勝手にお出ししてます~」

と、笑って答える。

 そんなやりとりを見ていたお連れ様はひたすら

「ええな~ええな~」

と、うらやましそうにしていた。やっぱり、覚えていないより覚えてくれている方が、お客様側からしても嬉しいことなんだろう、と私は考える。





 こんな感じで、うちの店のほとんどは常連客やリピーターだ。もちろん、初めて来られるお客様もいる。セルフのうどん屋に慣れてない様子が見受けられたら、まず、どんなうどんが食べたいのかを聞いてみる。冷たいのが食べたい気分なのか、あったかいのが食べたい気分なのか、うどんが決まったら、麺の太さや麺の量などを確認する。

 さらに、他のうどん屋で食べたことがある商品をうちでも食べたいと思われたのか、

「きつねうどんの冷たいのが食べたい」

と、言うお客様もいる。うちの店は【冷やしかけうどん】はないので、そういう時には

「冷たいおうどんに、きつねあげのトッピングが出来ます」

と、ご案内するのだ。すると

「じゃあ冷たいぶっかけにきつねあげトッピングして」

と、なるのだ。最初にお客様の思っていた【冷たいきつねうどん】とは少し違うが、「ないです」と断るよりは、近いものが提供出来ると思う。




 こうして、一人でも多くのお客様に満足していただけるように、私は毎日頑張っている。ただのパートだが、このお店を盛り上げていきたいという気持ちは誰にも負けない。





 こんな感じで毎日が過ぎていた。マニュアルロボット中田店長は相変わらずマニュアルマニュアルと口うるさい。そして、とうとう、店長とやりあってしまった私。もう仕事なんて辞めようか・・・

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ