戦いに向けて…
翌朝、アレックスが彦三郎に会いに行くと言い、リチャードやエミール、泣いて止める過保護なダリルと揉めていた。
「それなら僕が行って来るよ。カレン、お願い。」
「ま、またか。」
「うん。」
仕方なさそうなカレンの大フクロウに乗せて貰い、アレックスの伝言を伝えに、彦三郎の所へ行った。
子供達は、カールにはしがみつかず、遠巻きにカールを観察している。
「そうかあ…。アの字は、竜国の第二王子であったのか。確かに気品が違うとは思うておったが。なるほどのう。」
「というわけで、とても危険で、国家規模の話になってきたので、彦三郎さんは、ここで待機しててくれって。依頼の品が回収出来たら、渡すからだって。」
「それでは申し訳ない気がする。何か仕事は無いのか。ボの字殿。」
「ボの字って何!?」
「ボンクラーだかなんだかいう名前なのであろう?異人の名は、覚えられん。」
「それは名前じゃなくて、あだ名ですう!まあ、いいやもう…。エミール様も、ボンクラ殿ってやめてくれないし。」
「ではせめて、集めた情報を持って行ってくれ。」
「あ。何?」
「船員達の証言は、お主達が集めたものと変わらなかったが、その代わり、賊を見て、悪魔だと触れ回って、逃げた船員を見つけた。」
「わあ、凄い。」
「その者の話だと、その賊は、しきりとジュノー様という単語を吐いていたらしい。宝石を手に取って、ジュノー様がお喜びになるとか、他の物に手をつけようとした黒魔道士に、ジュノー様に叱られるぞとか申しておったそうな。」
「ジュノーってね、黄泉の国から大蛇を蘇らせた、悪い魔導士の名前なんだよ!?」
「今、お主から聞いたわ。だから言っておる。ほんに、ボンクラだのう。」
「む…。失礼な男の友達はやはり失礼なのか、麒麟人が失礼なのか…。」
「俺は、アの字の素直で率直な物言いは好いておる。しかし、ジュノーと申す悪人は、70年も前に死んでおるのであろう?何故また生きているものの様に話に出て来るのか。」
「そうだよね。どういう事なんだろう。兎も角有難う。アレックスに報告しておくよ。」
「ついでに、やはり俺も連れて行け。」
「え…。だから、君はここに居てってアレックスが…。」
「大恩人のアの字が狙われているとなったら、黙ってここに居るわけには行かぬ。それに、お主より、俺の方が遥かに役に立つ。連れて行け。」
「ええー。」
カールが返事に困っていると、彦三郎はいきなり刀を半分抜いて、さっきまでの温厚そうな目から、一気に殺気立った目になった。
「早う。」
「わ、分かりました…。」
彦三郎も連れて帰ると聞き、カレンは青い顔で叫んだ。
「ええー!?大フクロウは、2人乗りだぞ!?3人もは乗せた事が無い!」
ずいと前に出る彦三郎。
「カの字、大恩あるアの字の危機じゃ。武士の情けで、乗せてくれまいか。」
彦三郎の迫力ある真剣さと、侍魂に、カレンは心を打たれた。
感極まった様子で、呆れるを通り越して呆然としているカールにも気付かず、彦三郎の手を両手でガッと握った。
「彦三郎!武士の鏡だ!このボンクラ王を落っことしてでも、連れて行くぞ!」
「かたじけない。」
「ちょっとお!?僕を落っことしてもらっちゃ困るんだけど!?」
勿論、カールは無視。
「では行こう、彦三郎。」
「ん。」
その頃、ハッセルは、ウィルとアンソニーと共に、海賊が積荷に入れていた箱を調べていた。
「そなた達の言う通り、闇魔法じゃな。今から魔法を取り出す。アンソニー、そのガラス瓶に素早く入れよ。」
未使用の魔法ならば、位の高いベテランの聖魔導士の手で、呪文をあぶり出し、保管する事が出来る。
「はい。」
アンソニーが口の大きなガラス瓶を構えると、ハッセルは古代語の呪文を唱え始めた。
すると、箱と宝玉にまとわせていた古代語の闇魔法の呪文が文字列となって剥がれ始め、宙に浮いた。
アンソニーがそれを、虫取り網で虫を取るように瓶の中に入れ、蓋を閉める。
2つの呪文は、中でゆっくりと回っている。
ハッセルはそれを見つめ、紙に書き写し、隣に訳語を書いた。
箱にまとわせていたものは、この箱をウィリアムに渡せ、ウィリアムしか開けられないとあり、宝玉の方は、ウィリアムを黄泉の闇の中に送るとあった。
「父上、これと全く同じものが、フィリップ様に?」
「ーという事になるだろうな…。」
「では、フィリップ様の魂は、黄泉の国に引きずり込まれ、闇の中にあるという事ですか!?罪も無い幼い子が!?」
ハッセルは、辛そうに頷いた。
「救い出さねばならん。せめて、魂を黄泉の国から行かれるべき所であろう天国へくらいはな…。」
「父上…。それは、まだ教えて頂いておりません…。」
「左様。この技は、最高聖魔導士しか出来ぬ。そなたは、若すぎるし、経験も浅い。次の最高聖魔導士には早すぎる故、教えられん。」
「だから、エドワード最高聖魔導士のお話も聞かせて頂いてないのですね。」
「そうじゃ。」
「エミール様もアデル様にアレキサンダー王のお話をされていない様ですが…。」
「未だに後継者と認めておられんからな。」
「でも、オルトロスの学者にお話しになったのに、何故…。」
「オルトロスは、遠く離れておる上に、国境全てが、雪深い山岳地帯になっておる。出るのも大変だが、入るのも大変。教えてやったはいいが、やはり広まってはいない。広まっていない以上、一子相伝は貫いた方が良いかとな。しかし、広めていれば、フィリップ様の件も早く真相に近付けたかもしれん。やはり、一子相伝は今の世の中、意味が無いのだな。」
「何故、一子相伝で、秘密にせよという事になったのですか。」
「1つは、アレキサンダー王のイメージじゃな。慌てたり、泣いたりは世界を一つにした王のイメージには相応しく無いだろうと、エミール様の父君と、私の父である最高聖魔導士が決めた。もう一つは、 ウロボロス島の民を考えての事じゃった。各国から、罪人を送ったのが始まりにしろ、その後、しっかり真面目に暮らし始めた。ただでさえ、元罪人の国民と蔑まれて国交も無いのに、黄泉の国の不浄の大蛇の上にある事まで公表することで、更なる差別を受けては可哀想であろうという事でな。」
黙って二人のやりとりを聞いていたウィルが、心配そうにハッセルに聞いた。
「ーフィリップ様の魂をお救いしたら、ハッセル様が危なくはございませんか。」
ハッセルは白い髭を揺らして笑った。
「エドワード爺様が亡くなったのは、お命までこの世に戻したからじゃ。魂をお救いするだけならば、死ぬ事は無い。まだ、次の最高聖魔導士も決まっておらぬ。寄って、伝授すべき魔法もまだ伝授できておらぬ。一応、死ぬ訳にはいかぬ身であるからな。」
そうは言っても、ハッセルというのは、実は昔からかなり無茶をする人だった。
エミールがハチャメチャだからかもしれないが、一緒になって、かなり危険な事もやってきている。
主に、エミールや他の騎士達を助ける為であったが、なんとかなるとばかりに、我が身を投げ打ってしまう。
フィリップの命を助ける事も、やり兼ねない性格であった。
エドワードの息子であり、ハッセルの父である、アンソニーの祖父は、ハッセルはエドワードに似ているとよく言ってもいた。
ウィルとアンソニーは、不安そうに、ハッセルを見つめてしまった。
カレンの大フクロウは、やはり3人乗せては辛かったらしく、どんどん低空飛行となり、とうとうペガサス国辺りで、カールを振り落としてしまった。
「あああー!!!」
叫び声と共に落ちて行くカール。
彦三郎は、それを見つめながら、冷静に言った。
「意外と頑丈そうだから、大丈夫であろう。」
「そ、それはそうだが、一応一国の主なんだが…。」
「には見えん。アの字の方が、余程頷ける。」
「まあな…。」
「しかし、獅子国の大フクロウは、気難しいと聞いておったが、意外とお主の言う事をよく聞いて、無理をしてくれるのだな。」
「……。」
「どうした、カの字。」
「こう素直だと、後が怖い。アレックス様が、何やら話してくれていたのだが、その後、私に『全て終わったら、我が儘は聞いてやれ。』と仰せに…。」
「アの字は取引をしたのだな。して、大フクロウの我が儘とは?」
「当分帰って来ないとか…。」
「とか?」
「狩りをしまくりたいとか…。」
「ーなかなか大変そうだな…。」
「うん…。狩りをして、人様に迷惑をかけない場所というのも、遠い所にあるからな…。」
その頃、マリアンヌは、ダリルにかねてよりの疑問を、アレックスの目を盗んで聞いていた。
「ねえ、ダリル。アレックスはお城を逃げ出したと言っているけど、本当にそうなのですか。」
「マリアンヌ様はどうお思いなのですか。」
「違う気が致します。アレックスは嫌だからと言って、逃げ出す人ではないわ。」
「はい。そうなのです。」
ダリルは嬉しそうに笑うと、話し始めた。
「アデル様を押し上げた重臣どもは、そもそもエミール様が扱い辛くて、やりづらかったので、エミール様を追い出したかったのです。しかし、エミール様の推すアレックス様もエミール様と形は違えど、扱いづらそう…という訳で、アデル様を様々な理由を付けて、必死に推したのです。」
「お義父様が扱いづらいとはどういう事ですの?。そもそも、王より、重臣の発言力の方が大きいなんて、獅子国では考えられませんが。」
「そうなのです。なまじアレキサンダー王の竜国であるが為に、その父王の大きさの重圧から、アレキサンダー王亡き後、エミール様のお父上は、重臣を重用し、重臣の賛成が無ければ、王の一存で国家の重要案件は決定できない事にしてしまったのです。」
「なるほど。お一人で責任を取るのも嫌だし、決定する自信も無かったわけですね。」
「そういう事です。しかし、エミール様は違っていた。まあ、大体お分かりかとは思いますが、あの通り大変自由な方ですので、重臣どもは右往左往させられました。国民にも、騎士達にも、とてもいい王だったのですが、重臣共にとっては、眼の上のたんこぶでした。でも、その重臣共も死に、アデル様も、ああいう方ですから、それからはそういったうるさ方は置かなくなりましたが。」
「なるほど。それで?」
「はい。そんな訳で、重臣は、扱いやすそうなアデル様を推しましたが、私達は皆、アレックス様をお慕いしていました。戦術も腕前もアレックス様の方が格上ですし、何よりお人柄が。歩兵でも大切に扱われていましたし、それになんというんでしょうね。アレックス様が先頭に立つと、どんな戦でも、絶対に勝って生きて帰れるような気がするのです。アレキサンダー王の生まれ変わりだと申す者もおりました。」
「納得できますわ。」
「ははは。マリアンヌ様が、今は1番の親衛隊ですな。」
「そうかもしれません。」
「ーしかしそれではまずいとアレックス様はおっしゃいました。王はアデル様なのだからと。
それに、意見も対立してきていました。力づくで他国に攻め入り、領土を広げて行くアデル様のやり方に、アレックス様は、常から意見を仰っていました。
アデル様は聞き入れませんでしたが、その対立が、騎士の中でも起きて来てしまったのです。
アデル様派と、アレックス様派という感じで。
これではアデル様がやりづらい、そう仰っていた直後、突然、『城暮らしなんかもう嫌だ。俺は逃げるぜ。』と仰って、イリイとラグナを連れて行ってしまわれました。
アデル様と本気で戦えば、アレックス様がお勝ちになったはずですが、それはせず、王としてのアデル様を立て、兵をまとめる為に、自らが居なくなる事を選ばれたのだと思います。」
「やはりそうだったのですね…。父の申し出を断り続けているのも…。」
「はい。恐らくは、アデル様と対立なさらない為かと。弟というお立場上は、絶対に崩そうとなさいません。」
「仲の良いご兄弟だったのですか?」
「ー年が5歳も離れていらっしゃいますので、一緒に遊ぶという事はなかったです。
でも、この間のボルケーノでも仰いましたが、アレックス様は、常々、アデル様をお優しい愛情深い方だと仰います。
確かに、アデル様は、エミール様とそりが合わない分なのか、アレックス様の事は、殊の外可愛がって居られ、エミール様がお叱りになるほど、過保護になさっていました。私達の知らない、ご兄弟の深い繋がりがあるのかもしれません。」
「あの…、もしかして、お兄様の首の傷が関係ありますか…。」
「アデル様のあの大きな首の傷ですか。」
「はい。いつもスカーフや上着の襟で隠していらっしゃいますが、この間、お葬式で伺った時に、見えてしまい、アレックスがとても辛そうな顔をして、隠してさしあげていたのです。」
「ーそうですか…。キマイラに狙われたのは、あれが最初では無いような事をエミール様が仰っていた様な気がします。もしかしたら、他の襲撃の際、何かあったのかもしれません。」
「そうですか…。」
「しかし、もしもウロボロスの下の大蛇が蘇って、襲って来たら、今の竜国ではひとたまりもありますまい。」
「そうなのですか?」
「はい。そんな大蛇との戦となれば、誰であろうと、決死の覚悟です。決死の覚悟で、アデル様に付いて行く者などおりません。」
「お兄様からそこまで人心が離れているのですか。」
「はい。エリザベス様は少々気弱な方ですが、大変お優しく、兵士一人一人にお声掛けする様な方でしたので、兵にも民にも人気がありました。そのエリザベス様がお辛い時に、側室を3人もと、それだけでも、アデル様の人気はガタ落ちです。度重なる戦で積み重なった民や兵の疲れも未だ取れておりませんしな。」
「そうですね…。子供を亡くすというのは、辛いものです。増して
元気に生まれ育っていた子ともなれば、その何倍も…。」
マリアンヌも流産で2度も子供を亡くしている。
辛い日々を過ごしたのだろうと、ダリルも沈痛な面持ちになった。
「でも、でもきっと…、アレックス様とのお子なら大丈夫ですよ!」
必死になってそう言ってしまうと、マリアンヌは笑った。
「私もそう思います。早くコウノトリさんが運んでくれるといいのですけれど。」
「アンソニーに頼んでみましょう!」
「ええ?そんな事を?」
「あいつなら、出来る気が致します!」
そこへアレックスが笑いながらやって来た。
「アンソニーに、どんな無理を頼むつもりだ?」
慌てるダリルを笑い、返事を無理に聞かず、アレックスは言った。
「アレキサンダー王の剣をお借りする事になった。後で竜国に行く。」
「まだあるのですか。竜国の何処に?」
アレックスは苦笑しながら答えた。
「なんだか相当大変な所らしい。」
アレックスが大変な所と言うのだから、相当な所だろう。
「お供させて頂きます!」
「いや、1人で行かねばならんそうだ。ここに居ろ。」
エミールがそう言ったのだろうし、今まであるという事すら知られていなかった剣である。
儀式的な意味合いも込められ、魔法だらけなのかもしれない。
ダリルは心配の余り、真っ青になって、固まった。