エミールの話
エミールは、お茶だ、お菓子だ、今度は夕飯だと、なかなか話さず、結局夜は更け、寝る時間になってしまった。
カールが到着したのは、アレックスとリチャードが諦めて寝ようとした時だった。
「分かったよ!ウロボロスが何で出来たか!あいつら、闇の魔法を使って、2匹の大蛇を蘇らせて、大陸を滅亡させる気なんじゃないのかと思う!」
来るなりそう叫んだカールは、買って来た本を見せながら、アレキサンダー王の話をした。
全て話し終えると、また言った。
「その学者、3年前にウロボロスに行ったらしいんだ。その時で既に、物凄い数の魔導士だったんだって。城はグレーになっちゃって、緑じゃなくて、黒い蔦が絡まってるし、町中至る所で、ドブ臭いニオイがしたって。これ、アレックスの言ってた黄泉の国の亡者の臭いだろ!?世界中の黒魔道士がウロボロスに集まって、大陸の滅亡を企んでるんだよ!」
アレックスやリチャードが何か言う前に、エミールが頬杖を着いて、冷静に聞いた。
「その学者は、クラーケンという男であろう?」
「は、はい。そうです。」
「その男は、15年前、我らの城の記録庫に忍び入った。」
「ええ!?泥棒だったんですか!?あの人!」
「いや。アレキサンダー王と最高聖魔導士エドワードの功績を調べたかっただけじゃ。実は、その話は竜国でも、竜国の聖魔導士の間でも門外不出。外に向かって話してはならんと禁じられての一子相伝であったから、どうしようかと思うたが、ハッセルとも相談して、記録に残しておくべきではないかと、クラーケンに全て話した。従って、その本に書いてある事も、今ボンクラ殿が話された事も、全て、ワシとハッセルが話して聞かせた事じゃ。アレキサンダー王は、ワシの爺様に当たり、エドワードも、ハッセルの爺様だからの。」
「では、父上は、全てご存知だったのですね。」
「うむ。ウロボロスは、元は、黄泉の国から来た大蛇の島。それを感じさせる出来事があったので、そなた達には、近付くなと申した。」
「その、それを感じさせる出来事とは?」
「ー今から30年前の事じゃ。まだアデルも産まれて居なかった頃、アーヴァンクに嫁いだ姉上を訪ねがてら、エリーゼと旅に出た。まあ、ハネムーンじゃな。」
エリーゼとは、エミールの妻であり、アデルとアレックスの母である。
「滞在中、釣りがてらピクニックに出た。船を借りてな。2人きり。むふふふ。」
「父上、先を…。」
「ーそんな殺す寸前の様な目をするでないわ。」
エミールは悲しそうにアレックスから目を逸らし、話を続けた。
「ところが、急に天気が悪くなってな。酷い土砂降りで、水煙が上がり、方角も分からなくなってしまった。エディを呼んだが、こやつ、用は無かろうと思うてか、イリイの母親の所に逢引に行ってしまってな。いくら呼んでも来ない。
エリーゼは身体が冷えきって来てしまうし、なんとかせねばと思うておったら、横を漁船が通りがかったので、呼び止めると、ウロボロスの漁船だった。
竜国のエミールだと名乗ると、王様なら、王様の所へ連れて行くと言ってくれて、ウロボロス宮殿に連れて行ってくれた。」
「その頃は城下の様子はどうだったのですか。」
「至って普通じゃった。ボンクラ殿が言った様な、ドブ臭さも無く、黒魔道士の姿も、取り敢えずは見えなかった。城も普通に白かったし、蔦も緑であった。」
「そうですか。じゃあ、その頃は、黄泉の国と近かったわけでは無いんですね。」
「という事になろう。王というのも、普通の爺さんだった。ウロボロスは、ジュノーを入れてから、いつの間にか、極悪人の牢獄となり、各国から、極悪人を入れる様になっていた時期があったので、王が居るというのも不思議には思ったが、どうも、王と言うより、長老という感じで、小さな島をまとめ上げている感じじゃった。
ジュノーの子孫かと思うたが、ジュノーはヨボヨボの爺さんにされて、ウロボロスに入れられ、すぐに死んだから、全くの無関係。
極悪人同士で、土地の痩せた場所で暮らして行く為に、極悪人も真面目になり、村長も生まれたと。まあ、そんな所じゃった。
竜国と聞いて、アレキサンダー王の子孫かと、嫌な顔をするかと思ったが、そんな事も無く、親切にしてくれたんだが…。」
「何かあったのですか。」
「うん。夜にな。エリーゼが、怖い、帰りたいと泣き出してな。
地面の下で、何かがズルズルと蠢き、這いずり回っている感じがする、寝ていると、背中を這いずり回られている様だ、今にも出てきそうだとな。それはとても邪悪なものだと思うというのじゃ。
これは大蛇が蘇っているのかと思い、ワシは剣を握って、エリーゼを自分の上に寝かせ、嵐が収まるのを待ち、直ぐに出立した。
それからずっと、ハッセルと気を付けて見ていたが、何の動きも無い。
しかし、アレックスは、エリーゼに顔も似ておるが、勘が強いのも似ておる。イリイで上空を通って、何か障りがあり、イリイから落ちでもしたら事だと思うてな。近付くなと言ったのじゃ。」
「そうだったんですか…。」
「ん。当時は、ペガサス辺りから、引き潮の時なら、濡れずに渡れたし、そう遠くにあったわけでは無いのだが、火山の噴火の度に、どんどん離れ、あんな遠くになってからは、罪人も送らなくなった。」
「という事は、父上が行った、30年前には、既に大蛇は生き返っていたという事になりますね。黒魔道士が目に付く程居たわけでも無いのに、何故なんだろう。」
「そこはワシもハッセルも分からん。王も、そんな悪巧みをする様な人間でも無かったし、たぶらかされる様な男でも無かった。
寧ろ、大蛇の上にある土地という事で、訪れる者も無く、大蛇を恨んでおるという様な事すら言っておった。
ただ、跡継ぎも居らず、島民も貧しさから、他国に流れたり、人口が減ってきているのが悩みだとは言うておった。」
カールが手を挙げて、話に入って来た。
「クラーケンさんが行った時は、凄い賑わいだったそうですよ?王様には会えなかったけど、いるって話だったと。」
「ボンクラ殿が言った様に、世界中から、黒魔道士が集まっているのであろう。」
「あ。」
リチャードが何か思い出した様だ。
「キマイラ国、覚えているだろう?エミール。」
「忘れるものか!幼いアレックスを襲って来た憎き国じゃ!」
「そう。私も散々煮え湯を飲まされた、黒魔導士の国。あそこは、お前が脅して大人しくさせた王が死に、代替わりしてから、国民が全員消えた。ひょっとすると、全員、ウロボロスに流れたのかもしれん。」
「そうか。それで納得じゃ。」
アレックスが首を傾げながら言った。
「俺を襲ったというのは、9歳くらいの時でしたか?あの、変な魔物。それをキマイラが仕掛けたから、父上は、珍しく、他国に攻め入ったのですか。」
「そうじゃ。」
キマイラ国民は、その殆どが黒魔道士で、他国からも忌み嫌われていた。
今から10年前、血の池が出来る程の戦乱の世となっていたが、エミールは、領土拡大を狙って戦をしていたわけでは無かった。
弱小国や自国を守る為、仕方なくといった感じだった。
その中で、竜国から遠く離れたキマイラ国に、獅子国を超えてまで、しかも明らかにこちらから仕掛けて、兵と共に、自ら乗り込んだので、幼いアレックスの記憶にも残っていたのだった。
10年前の、9歳のアレックスは、アンソニーとダリルの3人で森を散策していた。
その時突然、目玉が3つ、耳が尖り、ぱっと見は狼の様だが、牙や爪、大きさは、麒麟国の絵で見る、虎の様な生物が、腐臭を放ちながら、アレックス目掛けて襲いかかって来た。
アンソニーの魔法も効かず、アレックスとダリルの2人ががりでも斬れず、もう駄目かと思った時、エミールとハッセルが駆け付け、エミールが真っ二つにし、ハッセルが結界を張って、その生物を調べた所、キマイラ国の黒魔道によるものと判明した。
怒ったエミールは、先の様に、出陣。
キマイラ国の軍隊は、剣や槍、弓矢などの物理攻撃を行う軍隊ではなく、黒魔道士軍団だった。
エミールは無事であったが、味方兵や騎士達が、次々に黒魔道でやられ、しかもそれがあまりにも無残な最後であったため、エミールは兵を退かせ、ハッセルと残り、キマイラ国王と直接対決をした。
『我が息子に手出し無用じゃ!』
そう言うと、あまりに黒魔法が効かないので、エミールに恐れをなしたのか、素直に引き下がり、その王が死ぬまでは何の手出しもして来ていなかった。
「では、キマイラ国の黒魔道士がなんらかの手を使い、大蛇を蘇らせ、ウロボロスに移り住み、封印されし闇の黒魔法を復活させ、大陸の滅亡を目論んでいるという事ですか。」
「現状、出て来ている証拠を繋ぎ合わせるとそうなるが、大蛇の復活は、キマイラの黒魔法程度で出来るものなのかな。」
リチャードが言うと、ハッセルが唸った。
「厳しい様な気がしますな。それなら、ジュノーの様に、黄泉の国から引っ張り出した方が早い。あの岩は、実は神聖な岩なのです。まあ、100年も経っていますから、もう効力は無いのですが、それでも、大蛇が自力で蘇らない限りは、外側から蘇らせようとしても無理でしょう。」
「大蛇が自力で?どういう事だろう。」
「それは分からんが、アレックスをキマイラが狙ったのは、意味がある。兎も角、一人で出るなよ?アレックス。では寝よう。」
まだ何か知っていそうなエミールは、さっさと寝室に行ってしまった。