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呪いの島  作者: 桐生初
6/18

アレキサンダー王の物語

今から70年前の事だった。


世界を一つにしたアレキサンダー王のお陰で、長きに渡り続いていた戦乱の世も終わりを告げ、それぞれの国が平和を謳歌し、産業も盛んになって、落ち着いた頃の事だった。


30歳になったアレキサンダー王には、妻と2人の子供が居た。

アレキサンダー王は、休日を楽しんでいた。

10歳の王子とその妹の姫は、侍従に馬に乗せて貰い、遊んでいる。


「クレア、湖に出ないか。」


「はい。」


アレキサンダー王の誘いに嬉しそうに答え、2人は仲良く手を繋いで、湖へ行った。


クレア王妃とアレキサンダー王は、当時珍しかった恋愛結婚だった。

例によって、ズカズカと兵を薙ぎ払いながら王宮に入り、獅子国の王に直談判している最中、何事かと顔を覗かせた、獅子王の姫であったクレアと一目で恋に落ち、和平のついでに貰って来てしまったのだった。


クレアをボートに乗せ、暫く湖上を楽しんでいたアレキサンダー王は、突然、激しい眠気に襲われた。


「ああ、どうしたんだろう。酷い眠気だ…。目が開いていられない。」


「お疲れなのですわ。お休みになったら?」


クレアが膝枕をしてくれ、アレキサンダー王はそのまま眠ってしまった。

こんなに深く眠った事は無いという位、まるで堕ちるかの様な深い眠りだった。


全身の力が抜けきってしまい、まるで死人のように動かずに眠ってしまったアレキサンダー王を、クレアは心配そうに見つめていた。

こんな眠り方をした王を見たのは、結婚して15年も経つが、初めての事だ。


「どうなさったのかしら…。もうずっと戦はありませんのに…。」


クレアは1人呟くと、空を見上げた。

晴れていた筈の空に真っ黒な雲が広がり始めていた。


「雨になったら、アレキサンダーが濡れてしまうわ。」


クレアは櫂を取り、陸に向かって漕ごうとした。

その時、クレアは見た。

湖中を蠢く、大きな真っ黒い蛇の様なものを。


「何かいるわ!」


アレキサンダーは、その声で飛び起きた。

起きた瞬間に分かった。

何か大きな邪悪な物が下に居る。

そして、辺りの空気そのものが息苦しく、悪意に満ちた、黄泉の国の空気に変わって居た。


アレキサンダー王は大剣を抜き、構えながら櫂を漕ぎ、急ぎ岸を目指した。

下で蠢く大きな蛇の様な物は、ボートの下でとぐろを巻き、いくら漕いでも付いて来る。


そして、とうとうボートに巻きつき、動きを取れなくした。

アレキサンダー王は、口笛で大鷹を呼んだ。


その時ー。

大蛇が姿を現した。

大きく、禍々しく、邪悪なその大蛇は2匹居た。

そして、鎌首を持ち上げ、真っ赤な大きな口を開き、腐臭を吐きながら、2人を飲み込もうと襲いかかって来た。


間一髪という所で、飛んで来た大鷹にクレアを抱えて飛び乗ったが、大蛇は尚も追い掛けて来る。

大蛇はあり得ないような大きさだった。

天高く飛ぶ大鷹に、あの大きな口が届きそうになっている。

震えるクレアを抱えながら、アレキサンダー王は、大蛇を斬った。だが、大蛇の皮は厚く硬く、王の大剣でも全く斬れない。

クレアに噛みつこうとする大蛇に気をとられていたアレキサンダー王の腕に、もう一匹の大蛇が噛みつこうとした。

クレアは、自分の紫水晶のネックレスを引きちぎり、大蛇の目に投げつけた。

一匹の大蛇は苦しみ始め、のたうち回って落ちて行った。


「そうか!聖なる物に弱いのだな!」


アレキサンダー王は、聖魔導士のエドワードから持たされていた水晶で出来た指輪をもう一匹の大蛇の目に向けて投げた。

大蛇はやはり苦しみ、のたうち回って落ちて行った。


ほっとしかけた時、悲劇は起きた。


何処からか放たれた矢が、アレキサンダー王目掛けて飛んできたのを見たクレアは、咄嗟にアレキサンダー王を庇い、矢に射抜かれ、王の腕の中から滑り落ちたのだった。


「クレア!」


王は大鷹で追った。

だが、クレアの落ちるスピードの方が早く、クレアは湖に落ちてしまった。

王は迷う事無く、湖に飛び込み、クレアを探した。

騒ぎに駆けつけた騎士達が皆、真冬の湖に飛び込み、探し回った。

竜国の騎士総出で探したが、クレアは、遺体すら見つからなかった。

アレキサンダー王はずぶ濡れのまま岸に倒れ込み、草を掴んで泣いた。


「こんな冷たい湖に1人で…。クレア…、すまない…。」


休む間も無く、2匹の大蛇が、各国を荒らし回り、人々を襲っているという報告が入った。


「その大蛇は、クレア様の紫水晶と、アレキサンダー様の水晶が効いた事からも、また人智を超えたその大きさからも、黄泉の国から呼び寄せられた魔物でございましょう。」


聖魔導士のエドワードがそう告げた。


「誰かが呼んだのか。」


「ーはい。少々、心当たりがございます。」


「誰だ。」


「魔導士学校で同期であった、ジュノーと申す男。アレキサンダー様も覚えておいでではありませぬか。」


「ジュノー…、覚えている。あやつは、魔法で人を殺めたな…。」


「はい。単なる口喧嘩だったはずのものを逆恨みし、朋友ネイサンを、禁じられている黒魔法で殺めました。禁じられている黒魔法を使った事も、処分の対象ではありますが、その上、人を殺めたという事で、百叩きの上、牢獄に入れられ、死刑の執行を待つ身のはずでした。それが、先ごろ、逃げ出したらしいのです。」


「脱獄を?あの牢獄は、屈強な騎士でも脱獄不可能と言われていたが…。」


「はい。しかし、ジュノーはそんなわけで、人格的には問題がありますが、魔法の腕は私とトップを争っておりました。才能は、ずば抜けてございます。普通の牢獄では脱獄の危険があるという事で、魔法が使えない牢獄に移送させる矢先でございました。恐らく、魔法を使って脱獄したものと思われます。先ほど牢を見てまいりましたが、黄泉の国の力を使った、闇魔法の形跡がございました。」


「それで、あの大蛇を呼び寄せたと。」


「はい。恐らく、王妃様を射抜いた矢も、ジュノーの手に寄るものかと思われます。人が引いた矢ならば、アレキサンダー様なら、気がつかれるはず。それに、未だにクレア様が見つからないという事実。黄泉の国の力を纏った黒魔法の矢ならば、頷けます。」


「という事は、まさかクレアは、黄泉の国に引きずり込まれていると!?。」


「そうなります…。」


「助け出してやる方法はないのか!」


「ジュノーを倒し、魔力を奪い取り、ジュノーの魔法の効力が消え失せれば、恐らくは…。」


アレキサンダー王は、誰も見た事が無い怒りの表情をした。

それは、怒りというよりも、憎しみに近かった。


「アレキサンダー様、憎しみはいけません…。相手だけでなく、己も滅します…。」


アレキサンダー王は苦しそうに微笑んだ。


「ー分かっているよ、エドワード…。今だけだ…。憎しみは判断を鈍らせる…。だから今だけ、クレアの夫でいさせてくれ…。王に戻ったら憎しみは捨てる…。」


「はい…。」


エドワードもまた、辛そうに目を伏せた。


アレキサンダー王は、悔しそうに、机を何度も叩きながら泣いていた。




「大蛇に普通の剣は効かぬ。エドワード、何か方法は。」


「私が剣を鍛えます。矢にも、聖水を染み込ませましょう。しかし、それで、退治まで行くかどうかは…。」


「追い込めれば良い。策はある。」


王に戻ったアレキサンダー王は、早速、各国の兵を集め、大蛇の追い込み作戦に入った。


「絶え間無く攻撃を仕掛けよ!海に出せ!」


そう触れ回り、一斉に攻撃を始めた。

聖水を染み込ませた矢は刺さり、アレキサンダー王の鍛え直された大剣も大蛇に突き刺さった。

大蛇は耳を覆いたくなる様な、甲高くもおぞましい叫び声を上げながら、海へと追い込まれた。

すると大蛇は、力を取り戻す為に共食いを始めた。

互いの尾に噛み付き、円の様な形になり、海中でグルグルと回り出した。

アレキサンダー王は自らも大鷹に乗り、大鷹の騎士団と共に、大きな岩を大蛇目掛けて落とした。

大蛇は断末魔の叫びを上げ、岩に押し潰され、息絶えた。

岩は大蛇の死体と一体化し、まるで、ウロボロスの様な形となり、草木も生えないその島は、ウロボロス島と呼ばれるようになった。



大蛇が死んだ事により、ジュノーに加担していた黒魔導士達が不安がり、離れていくと、ジュノーの居場所はすぐに割れた。


「仕掛けを作りましょう。私との一対一の対決を申し入れるのです。」


「お前の力を疑うわけでは無いが、大丈夫か、エドワード…。」


心配するアレキサンダー王に、エドワードはニヤリと笑って答えた。


「正直自信がありません。上手く行っても、相打ちかも。ですから、仕掛けを作るのです。今から私が言う場所に、この聖石を埋めて来てください。この聖石は単なる聖石ではありません。黄泉の力を抑える力がございます。これで、8角形の結界が出来ます。この8角形のど真ん中に、ジュノーを立たせ、私が黄泉の国の力を封じる魔法を大地に注入すれば、9となる。9はあの世とこの世、全てを内包した数字で、1から数えて、最後の数字です。いわば物事全ての完成形。黄泉の力封じの魔法の完成形となります。ジュノーに前もって悟られぬ為に、この聖石は、私とジュノーの戦いが始まってから埋め始めて下さい。」


アレキサンダー王は更に心配そうな顔になり、エドワードを見つめた。


「この、其々の石を埋める場所は、かなりの距離がある。大陸を一周するようなものだ。大鷹で大急ぎでやっても、相当な時間がかかる。」


「まあ、1日や2日は持ちますでしょう。ジュノーの魔力を封じるには、これしかないのです。最高聖魔導士の称号を持つ私との対戦なら、きっと食いついて来るはずです。私が倒されれば、世界中の魔法使いは、ジュノーの配下なるのですから。」


「ー絶対死ぬなよ?」


「勿論です。王妃様をお救いする仕事が残っておりますからな。」


アレキサンダー王は、嬉しそうに微笑み、頷いて、エドワードと堅い握手を交わした。




聖石を埋めるには、不眠不休でやっても、1日はかかってしまった。

その間、エドワードは、ジュノーとの魔法合戦で、死闘を繰り広げていた。

もう立っているのがやっとのような状態だった。

聖魔法には基本的に攻撃魔法は無い。

黄泉の国の亡者をあの世へ送るとか、逆に、浄化する様な魔法が、闇に堕ちたジュノーにとっては攻撃になっていたが、その聖魔法は、聖魔導士の消耗が激しく、連発できるようなものではない。


一方、ジュノーは、黄泉の闇の力を使っているから、自らの魔力の消耗は少なく、しかも、攻撃魔法しか無いから、かなり分がいい。


「もういい加減、諦めたらどうだ。エドワード。」


その時、エドワードの耳には、アレキサンダー王の大鷹の羽音が聞こえた。


ニヤリと笑い、魔法の杖を振り上げる。


「諦めるのはお前の方だ!ジュノー!」


魔法の杖を大地に突き刺した途端、世界の8方向から、眩しく、神々しい光が、一斉に天へと一直線に昇り、8角形の結界が杖から出ている光と合わさり、三角が3つ重なった結界になった。


「な、何をした…。」


喉を抑え、苦しみながら、膝をつくジュノー。

ジュノーから、黒い霧の様な物が離れては消えて行く。


「お前の魔力を奪い取っている。逃げても無駄だ。まあ、逃げられもせんだろうがな。」


エドワードの言った通り、ジュノーは息も出来ない様子で、のたうち回るだけで、動けない。


そこに、大鷹乗ったアレキサンダー王が、網を持って飛んできた。


「聖石は全て埋めた!もう良いか!?エドワード!」


エドワードは、ジュノーを悲しそうな目で眺めた。

苦しみ終えたジュノーは、老人の様になっていた。

髪は真っ白になり、顔も手も深い皺が刻まれ、骨と皮だけになっている。


「はい!お願い致します!」


アレキサンダー王が網を投げ、遠くから見守っていた騎士達がジュノーをそれで包んだ。


エドワードは、ジュノーの傍にしゃがむと、憐れむ様に言った。


「闇の力を借りたら、その時は消耗無しでいいだろうが、後でどっと来るのだ。全てを蝕み、食い尽くす力だ。そんな事、お前なら分かっていただろう。何故手を出した。」


「ー貴様に勝ちたかったからだ…。エドワード…。いつも清廉潔白なお前が憎らしかった…。世の中には、聖なる物で片付かぬ事がいくらでもある…。」


「それは、俺も分かっている。人は弱い。清濁併せ持っているからこそ人間なのだ。だが、超えてはならぬ一線というものがある。それを人間が超えてしまおうとした時に、聖なるもので、越えぬ様に、なんらかの手助けをする。それが、魔法使いの仕事なのだ。」


「ーお幸せな奴だ…。所詮、いい血筋の家に育った奴にはわかるまい…。」


「そうでは無い。お前の心持ちが、周りの人や、状況を変えてしまったのだ。」


エドワードが立ち上がると、アレキサンダー王は、網に包まれたジュノーを大鷹で運び、ウロボロス島に入れた。



「お前は人を殺め過ぎた。魔法とは本来、人を幸せにするもののはず。ここでたった1人でその事を考えよ。」


ジュノーは、効力の無くなった杖を頼りに立ち上がり、直ぐに立ち去ろうとするアレキサンダー王の背中に向かって叫んだ。


「何故殺さぬ!アレキサンダー!私はお前の妻も殺したのだぞ!」


アレキサンダー王は振り返る事はせず、背中で言った。


「死ぬよりも、生きている事の方が辛く厳しいからだ。魔法が使え無い者の、生きる厳しさを知れ、ジュノー。」


ジュノーは、いきなり頭を叩かれたかのように、呆然となって、言葉を失った。

そして、エドワードの言葉と、アレキサンダー王の言葉を噛み締めるように反芻し、涙を流した。

たった一人、誰も訪れる事の無い、ウロボロス島で…。




ウロボロス島から出てきたアレキサンダー王に、騎士が告げた。


「王妃様が、岸に上がられました!」


アレキサンダー王は、返事をする間も惜しんで、湖に駆け付けた。

クレア王妃は、丸で生きているかの様に美しく、顔色までよく見えた。


「クレア…。良かった…。あんな冷たいところに置いて置かずに済んだ…。」


アレキサンダー王が抱き締めると、なぜか温かみを感じた。


「なんだよ…。生きているみたいだな…。」


アレキサンダー王はかえって悲しくなってしまった。

すると、どういう訳だか、クレアが目を開けた。


「クレア!?」


「アレキサンダー…。ご無事ですの?」


「どういう事なんだ!」


不可思議ではあったが、アレキサンダー王は嬉しくて堪らない様子で、クレアを抱きしめた。


そして、気付いた。


エドワードが居ない事に…。


「エドワードは?」


他の騎士に尋く。


「神殿でお祈りを捧げるので、誰も近付かない様にとの仰せでした。」


アレキサンダー王は、ハッとなった。

ジュノーを倒す計画を話していた時、エドワードが最後に言っていた言葉が引っかかったのだ。


『王妃様をお救いする仕事が残っております。』


そう言っていた。

まさかと思いながら、神殿に走った。

王宮の庭の一角にある、柱と屋根だけの真っ白な神殿の中に、エドワードが倒れていた。


「エドワード!」


アレキサンダー王が駆け寄り、抱き起こすと、エドワードにはまだ息があり、薄目を開けて、アレキサンダー王を見ると、微笑んだ。


「クレアを助けるとは、遺体を見つけ出してくれるという事では無かったのか!」


「申し訳ありません…。少々、嘘を申しました…。」


「なんという事を…。」


アレキサンダー王の目から涙が落ちた。


「お泣きにならないで下さい…。」


「自らの命を犠牲に、クレアを救ってくれたのか…。」


エドワードは微笑んだまま首を横に振った。


「黄泉の国から救い上げる際、王妃様の魂が丁度側に落ちていたのです。それも一緒にと欲張りました。私の魔力がまだまだ足りなかったという事でございましょう。」


「そなたなら、その様子は助ける前から見えていたはず。初めからクレアを生き返らせるつもりであったのだろう…。」


「買いかぶり過ぎでございますぞ。」


「人の命の代償は人の命しか無いと、そなたは昔申しておった。クレアを助ける代わりに、そなたは自分の命を差し出したのだ…。」


言い続ける事が出来ない程、アレキサンダー王は泣きじゃくっていた。


「参りましたな…。お小さい時から泣き虫で困ります。私は昔から、笑顔で見送って欲しいと申し上げておりますのに、もう…。」


そしてとうとう、エドワードの力が抜けた。


「エドワード!エドワード!」


アレキサンダー王は必死になってエドワードの体を揺さぶったが、エドワードが目を開ける事は、二度と無かった。


エドワードは笑顔のままこの世を去り、アレキサンダー王は、新しく就任した最高聖魔導士に、闇の黒魔法を封じさせた。






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