海賊の謎
アレックスは、先ず、彦三郎の長屋へ行った。
彦三郎より先に息子達が出て来て、アレックスに纏わり付く。
されるがままになっていると、あっという間に5人にぶら下がられた。
首、両手、両足。
結構な重さだ。
「ひ、彦三郎…。例の件、受ける事にした…。ついては、麒麟国の被害船の船乗り達に、どんな状況だったか、話を聞いてきてくれ…。」
「大事ないか、アの字。大分声が苦しそうだが。」
「苦しいに決まってるだろう!早くこの子達を引っぺがしてくれ!」
「平気な顔をしているので、いいのかと思った。ほれ、離れよ。父は仕事に行ってくるぞ。」
「はーい。父上、アの字さん、行ってらっしゃいませー。」
素直に離れ、母親と共に見送る。
「俺はペガサスに行って話を聞いて来る。明日またここへ来るから、それまでに情報を集めておいてくれ。」
「承知した。」
「しかし、彦三郎…。」
「なんだ。」
「毎日、一日中、ああなのか…。」
「左様。あれに、赤子を背負って買い物に行く。たまには奥も、ゆっくり1人で休ませてやりたいのでな。」
「………。」
想像しただけで、買った物すら持てないし、身動きすら取れない気がした。
「もうここらで女の子は諦めたらどうだ…。」
頷くとばかり思ったが、彦三郎は首を激しく横に振った。
「いいや!諦めんぞ!」
アレックスは真っ青になって言葉を失った。
彦三郎と港で別れ、先にペガサスの港に行っている筈の、ミリイに乗ったマリアンヌとサフラン、大フクロウのカレンとカールとの待ち合わせ場所に、イリイに乗って向かった。
待ち合わせ場所は、ペガサス国の港だ。
人が多く、賑やかなので、サフランが怯えてしまったらしく、マリアンヌとカレンは、少し離れた林の中に居るそうで、行った時に港にいたのは、カール1人だった。
「少しは話聞けたか。」
「どう切り出せばいいのか分からず。」
ずっと王宮で王子様と王様をやって来た人間である。
それも致し方ないかと思い、カールを連れて、被害に遭った船員に話を聞いた。
「盗られたもんは、王様にも言ったけどよ。金と紫水晶だけ。俺たちも無傷。」
「船も?。」
「うん、船も。」
「賊は見たのか。」
「いや。突然深〜い霧があたり一面に立ち込めてよ。みーんな気イ失っちまって。気が付いたら、金と紫水晶だけ無くなってたんだ。高値で売れるすげえいい馬も居たってのに、そういうのには目もくれずって感じだな。」
「馬?その馬どうした?」
アレックスは、突然立ち込めた深い霧と気を失ったのは、魔法によるものと思った。
魔導士の魔法は、毒があるもの以外、基本的に動植物には効かない。
従って、馬は一部始終を見ていた筈だ。
馬と話せば、何か分かるかもしれないと思ったのだった。
「それが可哀想に、気がふれちまったんだよ。もう大暴れしちまって大変。でっけえ馬だっただけに、俺たちが蹴られて死ぬんじゃねえかって、船ん中で医者に麻酔打って貰ってよ。あ、王様が引き取ってくださったんだよな。確か。」
「うん。王宮の牧場で預かってる。でも、人や他の馬が近付くだけで暴れるから、何の世話も出来てないんだ。餌もなんとか側に置いても、あまり食べないし、痩せてきてしまっている。」
「大損害だよ。あの馬、アーヴァンク国の貴族が高値で買ってくれるって言ってたのにさあ。」
「つまり、馬はやはり何かを見て、恐ろしさで気が狂ってしまったという事か。いや、狂ったのではなく、怯えているだけかもしれないな。で、どこら辺だったんだ、その霧が出たっていう場所は。」
アレックスが地図を出すと、船員は、地図を指でなぞりながら答えた。
「んーとね。アーヴァンク国の岬が遠眼鏡でぼんやり見えた位の所だったんだよな。」
「ふーん。この辺りか。」
アレックスがある地点を指差すと、船員は頷いた。
カールも覗く。
「ウロボロス島のすぐ側だね。」
「ああ。お前達がその後で、具合が悪くなるとかいう事は?」
「別に無かったねえ。」
「気を失う前に臭いとかはしなかったか。」
「臭いね、うーん、ああ、なんかちょっとドブ臭い様な変な臭いがしたかもな。」
「ドブ臭いか…。」
「何?ドブ臭いに、何かヒントがあるの?」
カールが下から、アレックスを覗き込む様にして聞いた。
カールは小柄である。
「不浄のもの、まあ、所謂、亡者が多いと、そんな臭いがする時があるんだ。相手は黒魔導士かもしれないな。」
「お化け使って、魔法を操るのか。」
「正確に言うと、化け物の力を使ってという話だが、俺も詳しくは知らない。他の船は見なかったんだな?」
「ああ。見てねえ。近くに船なんか居なかった。」
アレックスは、他の船員達にも話を聞いた。
だが、言う事は大体同じで、彦三郎が言っていた、悪魔が来たという話は出なかった。
マリアンヌ達と合流して、賞金稼ぎの取次をしている古書店に入る。
「おや、旦那…ってなんだい、やっと嫁さん貰ったのかい!?なんだよ、王妃様そっくりじゃねえかよお。いいねえ、色男はー。ああでも、王妃様よりお顔色もいいし、べっぴんさんだな。」
アレックスとマリアンヌは吹き出し、カールは変な顔になってしまった。
「実は元王妃だ。」
「ええ!?じゃあ、あの噂本当だったのかい!?旦那がうちの王妃様、嫁さんに欲しいからってぶん取ってったって話はあ!」
「そうだな。かなり短縮するとそういう事になるかもな。」
「へえーえ。やるもんだねえ、旦那。まあ、その方がいいよ。あんなボンクラと居るより、旦那との方がお幸せになれるよ。」
「はい。」
思わずニコニコと返事をしてしまうマリアンヌに、打ちひしがれるカール。
「あらあら、ご馳走様でございます。ーん?」
打ちひしがれているカールを指差して笑う主。
「なんだよ、そっちの人!うちの王様そっくりじゃねえか!ボンクラそうな所までそっくりだぜ!」
「いいのか、オヤジ、本人だぜ。」
「ひっ!し、失礼しました!」
マリアンヌの必死の慰めを受けていたカールは、陰に籠った目で主を見据えた。
「ーよい。みんながそう言ってるの位知ってる。で、アレックス、この失礼なオヤジに何の用なんだ。」
「賞金稼ぎの取次をしていると、情報も入って来るからだ。海賊の事で何か知らないか。」
「んー。盗られたもん、奪い返してくれってさ。」
「それは依頼だろう?」
「旦那、海賊退治やるなら、引き受けてくれよ。誰もやりたがんねえんだ。」
「なぜそうやりたがらない。何かあるんだろ。」
「んん…。」
「早く言え。聞いた所で降りたりしない。」
「ーまあそうだよな…。旦那なら…。実はね、1人、賊を見たって奴がいてさ。」
「さっきはそんな話聞かなかったぜ?」
「そりゃ言わねえだろうさ。みんな財宝取り返して欲しいもん。」
「情報が無きゃあ、取り返せるもんも、取り返せない。」
「だよね。そいつは、『おっかねえ、身を隠す。』って言って、どっか遠い国に行っちまったんだけど。化け物だったってそいつは言ってた。体から腐った様な臭いがして、頭から人間の頭蓋骨だの、牛の頭蓋骨だの被って、呪文みてえなのブツブツ言いながら、船に乗り込んで来たんだってよ。」
「人種は?」
「分かんなかったらしい。なんせほら、頭から被ってるから。」
「そうだな。その呪文てえのは、異国の言葉の可能性は?」
「俺の感覚で言っていいかい?」
「ああ。なんだ。」
「古代語じゃねえかと思うんだ。ほら、この魔法書。」
主は、本棚から、かなりボロボロになった魔法書を出した。
「100年前に書かれたもんなんだが、その頃の魔法は、みんなこの呪文みてえな古代語で唱えてたようなんだな。それに、旦那、これ見て。」
主が出したページには、さっきの話に出て来た、人間や牛の頭蓋骨を被った魔導士の姿が描かれている。
「これね、古代の黒魔道士の定番スタイルらしいんだ。そいつにこれ見せたら、これだ!って震え上がっちまってたよ。」
「流石、古本屋だな。助かった。」
「で、旦那、引き受けてくれんの?」
「ついでに取り返せたらって事で良いなら。もう無くなっちまってたら無理だ。」
「ん。それでいいよ。頼むわ。」
アレックスは、古い本を興味深気に読んでいたマリアンヌの隣に立った。
「その本欲しい?」
「よろしいの?」
「いいよ。これから馬に会ってくるから、ここで本読みながらカレンと待っていて。」
「いいえ。一緒に行くわ。」
「疲れてない?」
「大丈夫。」
仲睦まじい2人をニヤニヤ見ている主と、例によって陰に籠った目で見ているカール。
「オヤジ、この本ツケで。」
「はいよー。毎度ありー。」
「ああ、そうだ。ウロボロス島について書かれた本は無いか。」
「ウロボロスねえ。無えな。オルトロスにウロボロスの研究してる変わった奴がいるとか言う話は聞いた事あるが、オルトロスは遠いからね。本を出してたとしても、ここには入って来ねえのよ。」
「ーオルトロスか。獅子国なら近いな。マリーを送ったついでに行って来よう。どうせ被害状況も調べなきゃだし。じゃあ、カール、例の馬の所に連れて行ってくれ。」
「分かった。ねえ、ウロボロスが関係してるの?」
「まだなんとも言えない。飽くまで可能性の話だけだ。船員がウロボロスの辺りで、霧に包まれたと言ったろう?霧を出す魔法は、半径100メートル位しか効かないんだ。でも、近くに船は居なかったと船員達は全員そう言っている。だとすると、ウロボロスから霧の魔法を出して、この入り組んだ岬に隠しておいた船を出せば、霧に包まれて、見えない内に、被害船に近付ける。」
「なるほど!」
「でも、ウロボロス島に関しては、大陸では殆ど知られていない。今になって、海賊なんかやらかして、何になるのかも、分からない。あそこは岩盤で出来た島で、とても貧しいとは聞いた事がある。だとしたら、宝石を盗むより、食料を盗まないか?もしかしたら、裏で誰かが糸を引いて、ウロボロスの人たちは利用されているだけかもしれないし、目的と状況がはっきり分からない事には、即断で動くのは宜しくない。」
「そうだね。」