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呪いの島  作者: 桐生初
2/18

ボンクラカールの依頼

ボルケーノの事件から1年が経った。

アレックスとマリアンヌは、麒麟国のあの山小屋で暮らしている。

尤も、今の小屋は石造りの立派な家だ。

リチャードが建て替えてくれたのだった。

小間使い兼用心棒の、カレンという女戦士も付けてくれている。

事情を知っている雑貨商のオヤジも、恩義を感じている彦三郎も、何かと世話を焼いてくれるし、アレックスも安心して、賞金稼ぎの仕事も出来ている。


「アの字!」


今日も彦三郎が、生まれた子供を背負って、笑顔でやって来た。

残念な事に、また男の子だったが。


「彦三郎、そんなにしょっ中来なくてもいいぜ?カレンも居るんだし。」


「カの字は、直ぐ大売り出しに行ってしまうではないか。アの字の留守中、マの字に何かあったら、俺は死んでも死にきれん。しかし、今日は、用心棒で来た訳ではない。」


「へえ。どうした。」


マリアンヌがお茶とガレットを出した。


「焼きたてですのよ。どうぞ。」


「かたじけない。


話そっちのけで、美味しそうに食べている。

どうもこれが目当てでしょっ中来ている様な気がしないでもない。


「で?用件とはなんだ?」


「そろそろ仕事を始めようかと思うてな。この子も夜泣きの大変な時期は過ぎた故。」


「そうか。」


「で、少々デカイ仕事なので、手伝ってはくれまいかと。」


「デカイ仕事?」


「うむ。昨今、巷を賑わせておる海賊退治だ。麒麟国では銀や水晶を奪われておるらしい。麒麟国の老中をやっている男が、俺の友達の親父でな。やらぬかと頼まれた。」


「麒麟国としてやらないのか。」


「聞いたが、答えぬ。確かに麒麟国の水軍は、竜国や獅子国の海軍に比べたら、不甲斐ないものかもしれんが、ペガサスなどと違って、無い訳ではない。どうも手を付けたくないというのが、本音の様だ。海に出るなら、船は一隻出すという話だが。」


「何故だ。」


「雑貨商のオヤジに聞いたら、悪魔の仕業だという噂が流れておるらしい。それで、他の賞金稼ぎもやらぬと。」


「悪魔ねえ。」


アレックスは笑みを漏らした。


「アの字は信じぬか。」


「いやまあ、居るには居るにはのかもしれないが、そんな海賊なんて小さな事をやるのかなと思ってな。悪魔に魅せられた人間の仕業という所なんじゃないのか。」


「うん。俺もそう思う。で、どうだ。」


「少し考えさせてくれ。海賊退治ともなると、調べて当たりをつけ、海に出てとかなりの期間帰って来れない。」


「うむ。マの字も心配だしな。返事は待っておる。」



彦三郎が帰ると、アレックスは庭でマリアンヌに弓の射方を教え始めた。

後ろから抱きかかえるようにして、一緒に弓を引いている。


「もっと引いて。」


ピッタリくっつき、顔までくっ付け、弓を教えているんだか、単にいちゃついているんだか分からない。


アレックスはそうしながらも、林のなかの人の気配に気付いた。

じっとこちらを陰に籠った目で見つめている。

殺意は無いが、いい感じはしない。


アレックスは的代わりの藁の束を射る直前にマリアンヌごと向きを変え、その視線を発している人物の頭スレスレに矢を放った。


「うわああああー!!!」


マリアンヌが目を丸くした。


「その声は、殿下?」


血相を変えて林の中から出て来たのは、ペガサス国王、カールだった。


「何してんだ、あんたは。」


カールは旅装をしていた。


「き、君に頼みがあって来た。」


「俺に?国王自らか?」


「そうだ。」


アレックスはマリアンヌを抱き寄せ、


「中に居て。」


と、耳元に囁き、マリアンヌが中に入ると、庭に置いてあるテーブルセットの椅子にカールを座らせた。


「で?頼みとは?」


「その…、我が国も貿易を始めたんだ。船を使って、遠くの国にも運ぶ。」


「金と紫水晶か。それで?」


「最近海賊に襲われ、積荷が奪われる事件が相次いでいる。もう5件もだ。大損害なんだ。」


「そうだろうな。」


「だからその海賊をやっつけて欲しい。」


アレックスはカールをじっと見つめた。


「船で貿易をやる前に、何故海軍を作らなかった。貿易船は自国で守ってやるのがセオリーだろう。」


「それは僕も迂闊だった。だけど、今から作ったって間に合わない。海には、近海に漁師さんが出てた位で、兵は海での戦闘なんてど素人だ。かといって、竜国や獅子国に頼んだら後が高くつく。困り果てて、君の事が頭に浮かんだんだ。」


「ー竜国や獅子国の海軍は出ていないのか。彼らの貿易船は襲われてないという事だな?」


「そうなんだ。襲われてるのは、ペガサス、麒麟国、オルトロス国の船だけだ。」


「ー全部宝石の産出国だな。」


「そう。取られてるのは、宝石と金銀だけ。他の物には手を付けない。」


「ふーん。」


「礼金はちゃんと払う!」


「当たり前。」


「うぐっ。」


アレックスがこの海賊事件を引き受ける事に躊躇しているのは、彦三郎が言った様に、かなりの長い期間、マリアンヌを置いていかねばならないからだ。

いくらカレンやミリイが居るから、心配が無いと言っても、マリアンヌはアレックスが2、3日仕事で留守にしただけでも、心配し過ぎて不眠症になったり、食事も取れなくなったりしているようなのだ。

そんな長い期間となったら、心配で死んでしまうのではないかと、こっちが心配で仕事が’手につかなくなりそうである。


「マリーをここに置いて置くのが心配なら、僕の所で預かるけど?」


カールは、アレックスの懸念がマリーだと分かった様子で、言いづらそうに言った。


「あんたの所に?そりゃ、1人にするよか心配だ。」


「ぼっ、僕は居ないから大丈夫だよ!」


「なんで居ない。」


「僕も行くから!」


「は?」


「僕も付いて行って手伝う!」


「いやあ、それはかえって足手まといな気がするな。」


「やってみなけりゃ分からないだろ!?もう決めたんだ!」


アレックスは何も言わず、カールの顔を見ていたが、カールがあまりに切羽詰まったような真剣な顔をしているので、軽い気持ちで言っているのではない事は分かった。


「どうして行きたがる。危険だし、あんたには通常の政務もあるだろう。」


「ー僕は知っての通り、ボンクラって思われてる。まあ、確かにそう言われても仕方がない。マリーがお嫁に来てくれるまで、何をしたらいいのかも分からなかった。でも、マリーのお陰で、やっと分かってきて、僕のやるべき事も見えてきた。その矢先、マリーは君の所へ行ってしまった。別にそれは恨んじゃいない。僕はマリーに愛されてなかったのぐらい知って…。」


話の途中で泣き出すカール。

しかも話は長い。

アレックスは若干虚ろな目になって来てしまったが、根気良く続きを聞いた。


「マリーは国民にも愛されてた。そのマリーが居なくなって、みんながっかりしてる。なんとなく元気が無いし、不安そうに見える。だから、新しい国家事業である遠い国との貿易は成功させたいんだ。そして、国民に、僕でも大丈夫、ちゃんと国を守るって見せて、安心させてやりたい。」


アレックスは、真剣な目になり、カールの細い目を覗き込んだ。


「そうか…。随分君主らしくなったんだな。分かった、協力しよう。マリーは獅子国に預ける。あの義父上なら、マリーの不安も吹き飛ばしてくれそうだし。ただし、条件がある。」


「何?」


「賞金稼ぎ仲間が、あんたより先にこの件の協力を要請に来ている。そいつも一緒に仕事させたい。」


「ああ、いいよ。」


「じゃあ、一回帰れ。明日の朝迎えに行く。」


「そ、それは難しい。」


「なんで。」


「ここに辿り着くのだって、2日もかかったんだ。明日の朝までに城へなんて帰れない。」


「ー歩いてきたのか。」


「いや…。」


お茶とガレットを持って来たマリアンヌが笑いだした。


「ペガサスでいらっしゃったのね。あれは遅いですもの。すぐ疲れて眠ってしまうし。」


「ペガサスってそんなに遅いのか。」


「ええ。飛べるのは便利なのですけど。私も初めて乗せていただいた時はびっくりいたしましたわ。カラスより遅いんですもの。」


獅子国の大フクロウも、イリイ達程ではないが、かなりの速さで飛ぶ。

カラスより遅いとなったら、それは驚いた事だろう。


「今どこに居るんだ。」


「僕とマリー以外は怖がるから、林の中に。あっ…。」


アレックスは席を立ち、林の中に行ってしまった。


「怖がると暴れて手がつけられないんだ!やめといた方がいいよ!」


ところが、アレックスが林に入ると、カールのペガサスはビクッとなってアレックスを暫く見つめた後、自ら歩み寄り、アレックスにたてがみを撫でさせた。


「ユニコーンと違うのは、角が無いだけなのにな…。」


スピードは相当違う様である。

ただユニコーンは神獣であるから、特別な力を使って、瞬間移動の様な事をするので、スピードそのものは、大して早くはないかもしれない。


「でもいい子だ。こっちへおいで。1人じゃ寂しいだろう。」


言われてアレックスの後を付いて行き、大人しく馬小屋に入った。


「ラグナ、サフランだ。仲良くな。」


ラグナと言われたアレックスの黒い馬は、サフランと呼ばれたペガサスを見ると、ど真ん中から少しずれて、サフランの場所を作った。


「なんで名前が分かるの?」


驚いた様子で聞くカールに、マリアンヌは自慢気に言った。


「アレックスは動物とお話しが出来ますのよ。」


「ー魔導士なの?」


「魔導士のお力は無いそうですけれど…。」


「この世界に何人しか居ない、汚れなき魂の持ち主なのか。」


「そうですわね。」


カールはマリアンヌを見つめた。


「マリー、とっても綺麗になったね。顔色もいいし、幸せそうでなによりだ…。」


そしてやっぱり泣く。


「う!で、殿下!?ごめんなさい…。お別れも言わずに、こんな事をしてしまって…。」


「いいいんだ。マリーが幸せなら、僕はそれで…。」


更に泣いているところに、大フクロウに乗った、カレンという女戦士が大荷物で戻って来た。


「申し訳ありません!ユミル国で年に1度の肉の大安売りがありまして、留守に致しました!ああ!お前は!」


カールを見るなり、弓を抜く。


「マリアンヌ様を取り戻しに来たのかあ!」


「ちっ、違うよ!僕は…。」


「いいや!怪しい!」


カールを射抜く寸前のところで、アレックスが笑いながら止めた。


「仕事の依頼でわざわざ来たんだ。それにカレン、これでもペガサス王だぞ。こんな所で殺したら、戦になってしまう。」


「そうでしょうか。」


「という事にしておこう。しかし、泊めてやってもいいが、どこで寝るんだ。あの凄まじい鼾と一緒に寝るのは嫌だな。」


カレンがすかさず怒鳴る。


「私も嫌だぞ!それにまだ未婚だしな!」


将来結婚する気があるらしい事を知り、全員無言で驚いていたが、確かにカールの寝場所は、アレックス達の母屋とカレンの小屋に入れて貰えないとなると、何処にも無い。


「いいです、僕は馬小屋で…。」


「悪いなあ。一国の主に。」


笑いながら言うアレックスを一睨み。


「本当にそう思ってるの!?」


「まあ、それはともかく、馬小屋でも、迷惑がられそうだがな。」



アレックスの言った通り、夜になり、寝支度を整えて馬小屋に入ると、2頭の馬に迷惑そうな顔をされた。


「なんだい、サフランまで。ラグナはそんなにいい男なのかい。」


ブヒヒンと返事をするサフラン。


「全くもう。男版アレックスって所か。」



翌朝、朝食の支度をしようと、母屋に行こうとしたカレンは、カールが庭で大の字になって寝ているのを見て、驚いて叫んでしまった。


「なんで外で寝ているんだ!」


カールはムクッと起き上がり、辺りを見回し、首を傾げた。


「あ…あれえ!?なんで!?どうして!?」


後でアレックスがラグナに聞いた所、カールの鼾があまりにうるさかったので、馬小屋から蹴り出したのだそうだ。


「それじゃあ、敵襲があっても死ぬまで寝てるぞ。困った王様だ。」


反論の余地無し。

ボンクラと名高い所以である。






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