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呪いの島  作者: 桐生初
15/18

決戦

アレックス達は大鷹でウロボロス上空へ行き、竜国精鋭の弓使いと共に、慎重に黒魔道士と闇魔導士のみを射った。

ウロボロス国民と見分けるのは簡単だ。

何せ、その2種類の魔導士は、這々の態でそこら中に倒れている。


しかし、それにしても、ウロボロス国民の姿が殆ど見えない。

一緒にイリイに乗り、弓を射っていたアデルも訝しがっている。


「妙だな…。こんなに少ないとは報告書には無かったぞ…。」


「そうですね…。何処かに隠れているのならいいのですが…。」



外側の魔導士達を全て倒し、城内に入ったが、結界は城内にも効いていて、殆ど抵抗もせず、こちらの攻撃で倒れて行く。


ところが、問題の地下神殿へと続く階段の途中で、徐々に空気の重さを感じ始めた。


「ここまでは結界の力が及んでないようでございます。申し訳ありません。」


本当に申し訳なさそうに頭を下げるアンソニーに、アレックスは笑いかけた。


「外側の奴らが難なく倒せただけで十分だ。余計な力を使わずに済んだ。後は本丸を残すのみ。」


アレックスはアデルに手を伸ばし、足を止めた。


「アレックス、何を考えている。」


聞かずともアデルには分かった。

この先の1番危険な場所へは、アデルを行かせないつもりだと。


「兄上達は、ここでお待ちを。私とアンソニー、聖魔導士の半分の人数だけで参ります。」


「何を言う!お前1人を危険な目にあわせてたまるか!」


「兄上まで亡くなられたら、竜国はどうなります!父上は長生きしそうですが、流石に世継ぎまでは作れません!」


「ならん!」


「いいえ!お待ち頂きます!」


言ったか言わないかの内に、アデルのみぞおちに一撃を食らわし、気絶させると、アデルをそっと抱きとめ、彦三郎を見た。


「彦三郎、兄上を頼む。気が付かれて、行くと騒いだら、また気絶させておいてくれ。」


「アの字。本当に魔導士殿とだけで行くつもりか。」


「ああ。俺とアンソニーは絶対魔法にはかからないそうだから。逆にかかる人が一緒だと、気が散る。それに、彦三郎の仕事は、盗まれた物の奪還だろう?これはその仕事の範疇から、少し外れていると思う。俺もその仕事はこなさないと、明日からマリーを食わす事が出来ない。全てが終わったら、一緒に探して持って帰ろう。」


「ーうむ…。」


彦三郎が不承不承頷くと、もう泣いているダリルの肩に手を置いた。


「私もお供させて下さい、アレックス様。」


「駄目だ。お前達が第1に考えるのは、竜国の事だ。俺の事では無い。俺がしくじったら、兄上を連れて直ぐにここから出て、態勢を整えよ。良いな?」


ダリルは鼻をすすり、涙を拭きながら頷いた。


「ーはい。」


連れて来た聖魔導士の半数を連れ、アレックスとアンソニーは奥へと進んだ。

奥に進むにつれ死臭は強くなり、とうとう本丸と思われる広間の入り口に立った。


「憎んでも憎みきれぬわ!アレキサンダー!」


初老の男の声がするなり、10歳の時にアレックスを襲ったキマイラ国の魔物が束になって襲いかかって来た。


100匹は下らない。


アレックスは表情も変えずに5匹づつ真っ二つにして行き、聖魔導士達も、聖水をかけ、呪文を唱えながら、難なく撃退して行く。


皆、死ぬと、異臭を放ちながら元の姿に戻って行った。


その姿を見て、アレックスは表情を変えた。


「なんて事を。人間と狼を掛け合わせていたのか。」


キマイラ国王と見られる、派手な魔道服を着た中年男が、自慢気に言った。


「それが、キマイラの魔道だ。キメラというのだよ。アレキサンダー。初めてではなかろう?」


アレックスは目を怒りで一杯にして、キマイラ国王を睨み付けた。


「やはり殺しておくべきだった。父上があんなふざけた国王に恐れをなして、手出しするなと言っている間に、こんなに大きくなりおって。」


「国主ともあろうものが何という事を…。」


話している間にも、魔物は無尽蔵に出て来る。


「アンソニー、ウロボロス国民がやけに少なかったのは…。まさか、これにされたのではないのか…。」


「ーそうかもしれません…。」


アンソニーが苦しそうに返事をしたのを見て、キマイラ国王は、面白そうに笑った。


「そうだ、小僧よく分かったな。」


「貴様…。絶対に許さん…。」


アレックスは魔物を飛び越え、キマイラ国王目掛けて、大剣を振り上げた。


「うわあ!ジュノー!助けぬかあ!」


慌てるキマイラ国王を庇うように、新たな魔物が前に飛び出してきたが、アレックスは、その魔物ごとキマイラ国王を斬った。

キマイラ国王は真っ二つになり、他の魔物達もバタバタと倒れ、元の姿に戻って行った。

キマイラ国王を庇った魔物は、狼と、そして身なりの良い女性だった。


アレックスがそれを見ていると、祭壇の方から別の男の声がした。


「その女は、キマイラ国王の妻だ。魔法が使えぬ役立たずだと言って、妻までキメラにしてしまうのだから、この男は、本当に腐っておるわ。」


アレックスはただ悲しそうな目をして、王妃の手を組ませ、目を閉じさせた。


祭壇の方を見ると、ジュノーはただ立っていた。

黒い霧の様なものに包まれて…。


「何故、庇いに出てこなかった。腐っていても、仲間なんじゃないのか。」


「仲間では無い。そいつは私の父親だ。」


「ー何…?では、この人は…。」


「それは母ではない。私の母は、お前の父親が攻め込んできた時に、黒魔道士として先頭に立ち、お前の父親に殺された。だが、案ずるな。そいつも、母も、邪魔なだけだった。お前も父親も恨んではいない。」


アレックスは言葉を失っていた。

即座には理解出来なかったからだ。


「理解できんという顔をしているな。お前の様な日の当たる場所で、愛だの幸せだの享受してきた人間には分かる筈はない。」


「ーお前はどんな育ち方をしてきたんだ。」


「そいつはジュノーを崇拝していた。ジュノーの生まれ変わりが欲しいと、悪魔に祈りを捧げ続けた。そして私が生まれた。ジュノーにあったと言い伝えられる、背中のドクロの形の痣。そして、黒魔法の才能。私はジュノーだと言われ続けた。美しいもの、楽しいもの、幸せなもの、優しいもの、全てを取り上げられて生きて来た。ただそれだけの事。」


つまり、子供が与えられて当たり前の筈の親からの愛情や慈しみも、全て与えられずに生きて来たという事だろう。


70年前のジュノーは、改心して死んだという話を、出発間際に、ハッセルから聞いた。


もしかしたら、善人として生き直したかったかもしれないのに、このジュノーは、それも許されず、キマイラ国王の野望の為だけに作り上げられたのだ。


敵ではあるし、倒さねばならない相手とはいえ、アレックスは不憫でならなかった。


「同情は結構だ、アレキサンダー。」


ジュノーの目が怒りを帯びて光り、呪文を唱え出した。


「Canite a ventus!」


アンソニー達がアレックスの周りを囲むように立ち、聖杖を突き立て、呪文を唱えた。


「悪しき魔法から我らを守れ!スクタム!」


ジュノーの方から、凄まじい風が吹き始めた。

キメラだった死人や狼、石の燭台まで飛ばされて行き、結界の中のアレックス達にも、その風は当たっていた。

結界の呪文のお陰で、飛んでくる人や物には当たらずに済んでいるが、これでは動けない。


次にジュノーは火を出した。

クネクネと曲がる青い火で、そこら中が瞬く間に燃えて行く。


「邪悪な炎を消せ!アクアスピリット!」


アンソニー達が魔法で水を出して消した。


今度は砂嵐。


どうも、攻撃というより、アレックスを動かさない策に思えた。


「あいつ、何か準備をしているんじゃないか?」


「私もそう思いますが、何を企んでいるのかは見当もつきません。」


「うん。そりゃそうだな。いいんだ、アンソニー。」


「申し訳ございません…。」


「でも、これは魔法だろう?」


「はあ、それはそうですが…。えっ!?アレックス様!?何を!?」


アレックスは、砂嵐を物ともせず、結界から飛び出してしまった。


すると、不思議な事に、暫くすると、アレックスの周りだけ砂が消えて来た。


「流石はアレックス様。絶対に効かぬ、まやかしと思われる事で、魔法を消しておしまいになった様だ。」


アンソニーがニヤリと笑ってそう言うと、他の聖魔導士が驚きを隠せない様子で言った。


「そんな事がお出来になるのですか。」


「闇魔法が効かぬ、その理由が分かれば、お主にも分かるであろう。まあ、我々魔導士には、灯台下暗しな事だがな。魔法ありきで生きておるから。さ、我らもジュノーの所へ行くぞ。」


「はっ。」


アレックスはジュノーに向かって走って行きながら、アレキサンダー王の大剣を振り上げた。


ところが、ジュノーは余裕綽々の笑みだけ残して、消えてしまった。


アレックスが斬ったのは、ジュノーの黒いマントだけで、身体は無い。


「アンソニー、どういう事だろう!?」


「ーはっ…、まさか…!」


「ーん?」


アンソニーが顔色を失くした時、地面を大きな物がズルズルと這い回る音で、城の壁がガタガタと揺れ、壁が崩れ始めた。


「来るぞ!」


アレックスの言葉通り、2匹の大蛇が現れた。

大蛇の胸の辺りに、ジュノーの顔が薄っすら見え隠れしているのが、アンソニーの目には見えた。


「アレックス様、大蛇とジュノーは一体化しております。皆、心してかかれ。」


聖魔導士達が、アレックスを守護する呪文を唱えると同時に、大蛇は、口から無数の毒蜘蛛を出してきた。


「つまり、この蜘蛛も魔法か。」


「はい。しかし、こればかりは、刺されたら死にます。」


「分かった。」


聖魔導士が、聖水を振りかけながら、浄化の呪文を唱え、蜘蛛を消している間に、アレックスは、大蛇に斬りかかった。


ざっくりと斬れ、血が吹き出すが、アレキサンダー王が、何故、大蛇の命を大剣で取らずに、海まで追い込んで岩で潰して絶命させたのか、斬ってみて分かった。

斬れはするが、急所が分からないし、部分的に斬った所で、大蛇は少ししか弱らない。

長期戦は間違いなさそうで、こちらの体力がそれまで持つのか、気が遠くなる。

しかし、今回は、真っ二つにして、完全に絶命させ、2度と甦らないようにしなくてはならない。


しかし、相手は2匹だ。

一方を斬る事に専心していたら、もう1匹にやられてしまう。


「アレックス様!後ろ!」


さっき斬った方の大蛇を更に斬ろうとしていると、もう一匹が後ろから襲いかかって来ていた。


アレックスは、振り返りざま、アレックスを飲み込もうと、口をぱっくり開けて襲いかかって来る大蛇の口に、アレキサンダー王の大剣を縦に入れ、つっかえ棒の様にした。

そして、その隙を突こうと、同様に口を開けて迫ってきた、もう1匹の口に、アレキサンダー王の大剣の鞘を入れ、やはり口が閉じられない様に、つっかえ棒にした。


大蛇2匹は、鞘や剣を取ろうともがき、尾の部分を床に叩きつけた。

天井や壁にヒビが入り始めている。


「アンソニー!建物が危なくなったら逃げろよ!?」


「今忙しいので!」


アンソニー達は何が忙しいかというと、ジュノーを大蛇から出す為の呪文を唱えていた。

なんだかんだ言って、逃げる事はしないと言いたい様だ。


アレックスは苦笑すると、大剣を差し込んでいた大蛇の頭の上で、ピョンピョン飛び跳ね、上顎にザクザクと刺さったのを確認すると、口の中に入った。

そして両手で大剣を握り、そのまま満身の力を込めて、大蛇の口から腹の中へと走り出した。


「ええっ!?アレックス様!?」


アンソニーをはじめ、全員が驚いて居る中、大蛇は悶え苦しみ始め、縦に裂かれ、まるで開きの魚の様な状態になり、動かなくなった所で、尾の部分から全身真っ赤に血にまみれたアレックスが出て来た。


「アレックス様!」


「アンソニー!」


「はい!」


「とても臭い!」


「そ、それはそうかもしれませんが…。」


若干呆れながら、言葉を失うアンソニー。


ーこの状況下で、こういう事を仰るのが、アレックス様なんだよなあ…。


もう1匹のジュノーが入っている大蛇は、まだ鞘が抜けず、暴れ回っている。


「そろそろ天井が落ちそうです。こちらへ。」


アンソニーが結界の中にアレックスを連れて来た所で、鞘が抜け、大蛇がこちらへ近付き始め、ジュノーが呪文を唱えた。


「Caecus!Caligo perpetua!」


目が見えなくなり、永遠の闇を与える魔法の様だ。


アンソニー達が防いだはずなのだが、アレックスは目をこすり、頭を左右に振った。


「アレックス様、如何なされた?!」


「目が見えん。」


「しまった!穢れが!」


アレックスは全身に大蛇の血を浴びてしまった事で、全身に穢れを被ってしまった事になり、闇魔法が効くようになってしまった様だ。


「まずい!結界からアレックス様をお出ししてはならんぞ!」


結界の中に入れ、聖水を振りかけ、穢れを取るが、その間にも結界にはミシミシとヒビが入り、大蛇とジュノーが襲いかかろうとして来ている。


「いいから、ここから出せ!」


「いけません!穢れを取って、元のアレックス様にならなければ、丸腰と同じです!しかもお目が!」


「目隠しで、剣の稽古もしてある!目が見えずとも斬れる!」


「なりません!その前に黒魔法で殺られます!」


2人が揉めていると、天井が崩れ出し、空が見え、聖なる眩しい光が、目をあけていられない程に差し込んできた。


「有難い!天井が抜けたお陰で、父上達の浄化の光がここまで来た!」


しかし、大陸からやってるにしては、やけに強い。

アンソニー達は、暗がりから光に慣れ、空を見て、漸く合点が行った。

エミールやリチャードの大鷹や大フクロウに乗せて貰った、世界中の聖魔導士が、城の真上から、浄化の魔法をかけていてくれたのだ。


お陰で、アンソニー達の魔法が効き、ジュノーが、苦しそうに、大蛇から出て来た。


「じゃあ行く!」


「ですから、この穢れを取ってからにして下さい!」


そこに、2人が揉めているのより、もっと激しい口論が上空から聞こえ始めた。


「ちょっとお!ここで落っことすってどういう事なの!?」


「嫌ですよ!いくら王様の頼みだってえ!なんかでっけえ魔物は居るし、あの人血だらけじゃねえですかい!ここで勘弁してくださいよ!」


「君、王の僕をこんな高い所から落っことして、タダで済むと思ってるの!?」


「そんな事より、自分の命の方が大事なんですよ!サリー!箱ごと落っことせ!」


「うわああああー!」


叫び声と共に、重そうな金属製の大きな箱と一緒に落ちてきたのは、カールだった。


「カール様!?」


「やあ、アンソニー…。あれ!アレックス、大丈夫?!怪我したの!?」


「いや、無事だ。ていうより、こんな所に何しに来たんだ!?早くこっち入れ!」


「ああ、ひえええええー!怖ー!」


カールは、倒れているジュノーと、悶え苦しんでいる大蛇を見て、慌てふためき、腰を抜かしそうになりながらも、大蛇の尾に踏まれる前に、箱の突起を踏み、結界の中に滑り込んだ。


箱の蓋がバカっと開くと、中からはボルケーノの火砕流が飛び出た。


しかも、真っしぐらに、大蛇とジュノーに向かって行く。

大蛇が逃げても、クネクネと曲がり、追い掛ける。


アンソニーが、感心した様子で聞いた。


「あれはボルケーノ様が操る火砕流ですな?」


「うん。ボルケーノ様に、魔力と一緒に火砕流も閉じ込めて、持ち運び出来ないかって相談に行ったんだ。

あの人の力なら、こんな人達、一発でやっつけられるだろうと思うけど、火山は持ち運びが効かないじゃないか。

それで、アレックス達も、ボルケーノ様本人も、この手は諦めたんだなって思ったから、趣味の大工仕事で、この箱作って、入れて貰って来たんだ。」


「よく思い付きに。」


「まあ、何年かに一度しか閃かないんだけどね。上手く行くといいなあ。じゃないと、僕もここで死んじゃうもん。折角アレックスが死にそうになってるんだから、マリーは僕が…。」


アレックスは、カールの肩をガシッと掴んだ。


「俺はピンピンしてるぜ…。奴の血を被っただけだあ!」


「えー?なんだ、そうだったの?がっかりだなあ。」


ジュノーの魔力は、空からの浄化魔法で、既に無くなっている様だ。


大蛇が火砕流に飲み込まれ、粉々の灰になると、アレックスは、結界の中から出て、ジュノーを飲み込もうとする火砕流に手をかざして止めるような仕草をした。


「あとは任せてくれないか。」


火砕流は、そのまま止まり、カールの箱に自ら戻った。


アレックスは、倒れて、老衰で死にかけているようになってしまったジュノーの傍に膝をついて、しゃがんだ。


「黄泉の力を使う闇魔法は、全てを吸い尽くし、闇魔法が使えなくなったら、こんな姿にされてしまうそうだ。」


「聞いてはいなかったな…。」


「ジュノーの最後はそうだったと、俺は聞いた。」


「都合の悪い事は隠しておくものだからな…。汚い人間は…。」


「ー70年前のジュノーは改心して死んだと聞いている。本当は、生まれ変わったら、別の人生が送りたかったんじゃないか。だからお前も、本当は嫌だったんじゃないのか。闇魔導士だなんて。」


ジュノーの目から涙が伝い落ちた。


「お前も、今度こそ、当たり前に愛情や幸せが得られる人生だといいな。」


「ーアレキサンダー…。」


「なんだ。」


「どうせもう長くはない…。こんな状態で、後1、2年生きながらえる位なら、今ここで死にたい…。殺してくれ…。」


「だったら、せめてあと1、2年、少しでも幸せというものを味わってから死んだらどうだ。

闇魔法で、そこまでの能力があるんだ。

聖魔道の才能もあるんじゃないのか。

70年前のジュノーも元は素晴らしい聖魔導士だったと聞いている。人の為に魔法を使って、感謝されるという事を経験してみたらどうだ。」


「そんな事出来るわけがないだろう…。」


「じゃあ、俺で試してみろよ。この穢れ取って、目も元通りに見える様にしてくれ。」


アンソニーもジュノーのそばにしゃがんだ。


「闇に堕ちていた人間がいきなり聖魔法の呪文を唱えても、精霊も神も手は貸さぬ。だが、お主が、本当に相手を癒し、相手の力になりたいと念じれば、多少は力も貸してくれよう。かなり疲れるかもしれぬが、やってみるか。」


ジュノーが頷いたので、アンソニーはジュノーを抱き起こした。


ジュノーは、アレックスに皺だらけになった手をかざした。


時間はかかった。

でも、その内、ジュノーの手から、優しい光が出始めた。


アレックスの血はそのままだったが、徐々に臭いが消え、アレックスは微笑んだ。


「目が元通り見えるようになった。身体も軽い、有難う、ジュノー。」


「ー有難うか。」


ジュノーは照れ臭そうに笑った。


「初めて聞く言葉だ…。」


「どうだ?」


「心地よいものだな。少々照れ臭いが。」


「よし。じゃあ、俺の本業に移ろう。盗んだ宝石は何処にある?」


「あの奥の部屋に入れてあるが…。」


「返して貰うぞ?」


「ああ。」


彦三郎を迎えに行ってしまおうとするアレックスをカールが呼び止めた。


「ちょっと、ちょっと。あれでいいの?」


「ジュノーは、こうしたくてした訳じゃない。親のキマイラ王と母親が酷い育て方をして、闇魔導士のジュノーに作りあげてしまったんだ。

本当は別の生き方をしたかった、そんな風に思えたし、今のは嘘で出来る事じゃない。」


「でもどうするんだよ。極悪人だよ?」


「ウロボロスは、キマイラ王のせいで、国民ががたっと減ってしまったし、ここもこのまま貧しい島にしておくわけにいかないだろう。

兄上と義父上にでも頼んで、ジュノーはここで、監視付きで聖魔導士の修行をさせればいいさ。」


「はあ…。」


「それより、有難う。助かった。この事、各国の賞金稼ぎ取次ぎ所の親父に触れ回って、ボンクラ脱出させてやるよ。」


「ほんと!?」


「忘れてなかったらな。じゃあ、仕事だ。宝石を持って帰るぞ。」


「あ、はいはい!」


迎えに行く間もなく、アデルと彦三郎達が駆け込んできた。


「アレックス!何処だ!アレックス!」


「あ、兄上。」


アデル達は、訝しげに、アレックスらしき赤い塊を見た。


「アレックスか…?」


「はい。」


「全く…。」


ダリルはもう号泣している。


「よくぞ御無事でええー!アレックス様ああー!」


と叫びながら、彦三郎と抱き合って泣いている。


アデルは苦笑しながら、アレックスを睨み付けた。


「全く…。弟に庇われるなど…。私にどこまで恥をかかせる気だ。あの侍は、私が目を開けるたびに御免!と言って、気絶させるし、みぞおちが痣になって痛むわ。」


「申し訳ありません…。」


「ふん。無事で良かった。しかし、その姿で帰ったら、流石にマリーが卒倒するのではないか。」


「ああ、全部終わったら、泳いで帰ります。着く頃には落ちているでしょう。」


「ーまだ何かあるのか。」


「本業です。依頼の盗まれた宝石類を回収して、持ち帰らねば。」


「ーアレックス。食うに困るなら、援助はすると、昔から言っているだろう?それに今回の働き。褒美というのは、おかしなものだが、好きなだけくれてやる。

竜国の国主が俺の手前どうしても嫌だと言うなら、これを機に、獅子国の王になって、世界を収めたらどうなんだ。リチャード公がずっと言っているだろう。」


「勘弁してください。この稼業がいいんです。褒美は程々にお願いします。アンソニーと同じ位で。では。」


そう言って、彦三郎を連れて行きかけて、立ち止まり、サラッと言った。


「ジュノーは改心しました。聖魔導士の修行をさせて、余生を送らせたいと思います。ここがいいと思うので、ウロボロスの再建と一緒に、義父上と適当にお願いします。」


「ーなっ!何!?」


「では。」


「ちょ、ちょっと待て!アレックス!そんな面倒な事、お前がやれ!こら!待たんか!」










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