大陸では…
竜国の領地をエミールに任せ、ウロボロスに向かう途中で、アレックスはマリアンヌの顔を見に寄った。
「アレックス!。」
窓から落ちそうな勢いで、窓辺にイリイと現れたアレックスに飛び付いた。
アレックスはマリアンヌを抱き締めると、少し離れて、髪を撫でながら、マリアンヌを見つめた。
ーあれ?
マリアンヌはいつもの不安そうな顔では無く、ニコニコとしている。
「マリー?。」
「アレックス、今まで心配ばかりしてごめんなさい。アレックスですもの。きっと大丈夫。無事のお帰りをお待ちしていますわ。」
アレックスは嬉しそうに微笑むと、マリアンヌの頬を指で突いた。
「有難う。無理させてごめん。」
ーあら。ばれてる…。
まだまだ修行が足りないなと思いながら、マリアンヌは、自分がしていた大きな紫水晶のペンダントを外し、アレックスの首に掛けた。
「これを持って行ってください。クレア様は紫水晶で大蛇を撃退したというし、ウィルに見てもらったら、この石は、とても聖なる力が強いのですって。」
「だったら、君が持っていてくれ。」
「私は大丈夫。だって、アレックスが退治してきてくださる筈ですもの。」
アレックスは困った様に笑った。
「責任重大だ。」
「無事に帰って来て下さい。あ、それにこれは無くしてしまっても構わないわ。」
「何故?相当高価な物だろう?気に入ってないの?」
マリアンヌが、このペンダントを着けている事は今まで見た事がなかったので、そう聞くと、マリアンヌは苦笑で答えた。
「殿下がくださったの。でも、とても重くて、着けているのが苦しいのです。だから、アレックスを守る為に使って頂いた方が、石も幸せかと思って。」
アレックスも同じ様に苦笑すると、頷いた。
その頃、大陸の沿岸部にズラリと並んだ聖魔導士達は、ハッセルの陣頭指揮の下、杖を振りかざし、ウロボロスに向かって、結界を強める念を送っていた。
「もう少しじゃ!集中致せ!ここが聖魔導士の見せ所じゃぞ!」
すると、聖魔導士の杖から出ていた眩しい白い光が、円となり、ウロボロス島にすっぽり被さるような形で、普通の人でも目に見える結界となった。
「よし!そのまま闘いが終わるまで、気を抜くでないぞ!」
「はいっ!」
ウロボロスでは、魔力の低い闇魔導士や、闇魔導士になれていない黒魔導士達が、息もできない様子で、苦しみ始めた。
「なんだ、一体。」
ジュノーは城のバルコニーから外を見た。
島全体が聖なる結界で覆われている。
キマイラ国王が血相を変えて、ジュノーを責める様に怒鳴った。
「一体どういう事なのだ!どうするのだ!これではここから出られないではないか!」
「恐らく、我々が仕損じたアレキサンダーが、聖魔導士を使い、ここの海域周辺の結界を強めたのでしょう。ここで全てを決する為に。」
「攻め込んで来るというのか!どうするのだ!」
「落ち着いてください。
攻め込んできたとしても、この程度の結界、地下神殿の中までは届きません。
だったら、こちらが有利。飛んで火にいる夏の虫です。
そして、ここで全てを決するつもりなら、殆どの戦力をこちらに注ぎ込む筈です。
つまり、今、大陸はもぬけの殻。
そして、聖魔導士も、この結界を張るのに忙しくて、大陸の王宮にも、どこにも居ない。
予め仕込んでおいた、普通の人間に化けた我々の闇魔導士達で、王宮を攻めさせれば、聖魔導士達は慌てて、ガタガタになる。
大陸は簡単に制する事が出来、この結界も効力を失くす。
憎きアレキサンダーをここで血祭りに上げた後、ゆっくり大陸にのぼり、世界を掌中に収めれば良い。」
キマイラ国王は、それを聞くなり、掌を返したように笑い出した。
「そうか!流石だな!ジュノー!」
キマイラ国王が行ってしまうと、ジュノーは忌々しそうに唾を吐いた。
「馬鹿な男だ…。キメラ作りにかけては、右に出る者が居ない腕前だから、生かしておいたが…。」
そしてニヤリと邪悪に笑った。
「世界の王は俺がなる。お前はもう2度と大陸は見れないんだよ。」
高台にあるウロボロス城の天辺から、なんらかの指示でありそうな、紫色の煙が出たのを、ハッセルも、ウィリアムも、エミールも遠眼鏡で見ていた。
リチャードとエミールは、敵は、闇魔導士を兼ねてから大陸に潜ませて居るだろうと睨んでいたのだ。
戦略的に、そうするのが、一般的なやり方だからだ。
「おお、そろそろ来るようじゃ。久しぶりにひと暴れと行くかの。」
エリザベスの傍に居たエミールは、大剣を手にニヤリと笑った。
「お義父様、お体は本当に大丈夫ですの?」
心配そうに尋ねるエリザベスの頭を撫でて笑う。
「この通りピンピンしておる。リズは何も心配せず、ここでいい子にしておるのだぞ?」
「はい…。本当にお気をつけて…。」
「ん。では行って来よう。」
大鷹のエディに乗り、エミールが城の外に出ると、荷馬車の荷台から、わんさと、あの半分人間の様なおかしな魔物が出て来ていた。
頭が猪で身体は毛むくじゃらの二本足の魔物。
アレックスを襲って来たサイの頭のも居るし、2度目に来た、虎の様な、鋭い牙と爪を持つ大きな魔物も居た。
そして、闇魔導士も一斉に出て来て、呪文を唱え様としている。
エミールのはそうはさせじと、直ぐに叫んだ。
「やれ!」
そう言われた兵士達は、ハッセルから渡されていた、大きな樽に繋がれたホースを構え、樽側に居る兵士が蛇口を捻ると、勢いよく、水が放射された。
水を浴びた魔物や、闇魔導士達は、苦しみ始めた。
その水はたんなる水では無い。
聖水である。
その隙に、エミールはエディから飛び降りながら、アレックスとお揃いの金の大剣を抜き、着地する時には、既に3人と2匹の首をはねていた。
「我が名はエミール。元国王の首が欲しい者は、かかって来るがよい。」
他の騎士達も闘い始めたが、1番狙って来られるのは、エミールだった。
魔法が使えない闇魔導士はどうという事は無いが、魔物は聖水を浴びて、力が半減しているとはいえ、かなり手強い。
しかし、難なく斬り捨てて行くエミールを見て、エミールの現役時代を知る老将軍が嬉しそうに笑った。
「流石は元国王陛下であらせられますな!」
エミールは、老将軍に負けない位、声高らかに笑い、踏ん反り返りながら、真っ二つにして行く。
「かっこいい…。あの剣の使い方、アレックス様と同じだ…。」
若い騎士が言うと、少し年の離れた騎士が呆れ顔で教えた。
「お前は知らないのかもしれないが、アレックス様をあそこまで鍛え上げたのは、エミール様なんだぞ?」
聞こえたらしく、また踏ん反り返るエミール。
「はっはっはっはっ、まあなあ!」
若干お調子者な所が、玉に瑕だが…。
獅子国を始めとした他の国でも同じ事が起きたが、リチャードとエミールの警告と、聖水タンクのお陰で、皆、事無きを得た。
それに、敵の攻撃は獅子国と竜国に集中していたから、ペガサスなどの小国は大した数は来なかったのである。
王不在の城を守り切り、衛士長マックスは額の汗を拭いながら、ふつふつと湧いてくる怒りを必死に抑える余り、眉間には深い皺が刻まれ、片眉は、顔から飛び出そうな程上がっていた。
ー全く!だからここにいてくれと言ったのに、一体、どこに行ってしまったんだ!あのボンクラは!
こんな時に逃げていたなんて思われたら、城の兵士達が謀反を起こしかねないじゃないか!
カールは頼んだ大鷹で大荷物と共に何処かへ行ってしまっている。
怒りつつも、マックスは心配でならなかった。
ー陛下…。何かお考えがあるのなら、私にだけでもお教え下さい…。




