1話目プロローグ〜まだ始まらない物語〜
薄暗い森の中、火を囲み20〜30人の男達が酒を飲み騒いでいる。
「今日の商隊は金目の物は少なかったが食いもんが腐る程あったな。これからしばらくは毎晩宴会だな。がははは」
「ああどっかの村に街から食料を運んでたんだろうよ。こんなに酒を運んでるのも珍しいからなぁー。村の貴族の結婚式でもやる予定だったのかもな」
「おい俺の酒が切れたぞガキ早く持ってこい!!」
「へい旦那お持ちしました。」
「馬鹿野郎樽で持ってこい!樽で!」
まだ十四、五ぐらいであろう少年が持って来た木のジョッキに腹を立てて、受け取った男は少年に思いっきり投げつける。
ビシャっとジョッキの中身が少年にかかり頭にジョッキが当たったのか血が出ている。それを見て男達は大声で笑う。
「へへ、すいません旦那直ぐに持って来やす」
しかし少年は特に気にした様子もなく直ぐに樽が置いてある場所にかけて行く。
「おいガキ樽はちゃんと持ち上げて来いよ転がしてきたら味が悪くなっちまうからな!」
「ぎゃははは!お前味なんて分かるのかよ」
「あぁ?分かるわけ無いだろ?がははは」
「ひでぇやつだぜ。ぎゃははは」
ーーー
「あーいてー。頭切れてんじゃん。あのハゲマジで死んでくれねえかなー。はぁ」
ガサ。
びく!
恐る恐る少年は後ろに振り返った。
「えい」
そんな声と一緒に少年の頭にチョップを放つ妙齢の女がたっていた。
「アンナさんですか。おどかさないで下さいよ。」
「少年口には気を付けたまえよ。君は気まぐれで生かされてるんだ。あいつらに聞かれたら簡単に首ちょんぱだぞ。」
アンナは盗賊に捕まり慰み物にされたが行為が終わった後もその美貌と豊満な胸から盗賊達に気に入られ生かされている珍しい女だ。
大抵の女は盗賊達が皆やり終わると裸のまま走って逃げるよう言い弓や投擲武器の練習台にされる。
現に今回の商隊に乗っていた女2人は散々弄ばれた後森の木に磔にされている。
アンナは奴隷として親に売られたらしく盗賊達に犯されても覚悟はしていたから相手が誰でも関係ないと言っていた。むしろ奴隷として生きるよりこっちの方が良い暮らしが出来てるかも知れないと笑っていた。だがアンナの足には魔道具の足輪がはめられていて対となる腕輪から半径1キロ圏内でしか身動きが取れなくなるらしい。少年は奴隷と変わらないじゃないかと思っていた。
「はい気を付けます。アンナさんのおかげで拾った命ですから精一杯生きますよ。」
少年はアンナと同じ馬車に乗って居たところを襲われアンナが盗賊達に頼み込んで生かされたのだ。つまり少年も親に奴隷として売られたと言うことだ。
「分かればよろしい。ところで今日は森の様子がおかしい。何か危険を感じたら直ぐに逃げるんだ。」
「本当ですか?アンナさんの危険察知は結構当たりますからね。気を付けますよ。」
「ああ。せいぜい気を付けたまえよ。やつらが寝たら今夜は私のとこに来なさい一緒に寝よう。やつらも今日は私を抱きに来ることはあるまい。」
「えっあのそれは…」
「なんだったらお相手しようか?」
「アンナさん!」
「くふふ冗談だよ。まあ私はどっちでも構わんよ。こんな汚れた女で良かったらな」
「アンナさん!怒りますよ?」
「ああすまないな。冗談が過ぎたようだ。だが今夜は絶対一緒に寝るぞ?」
アンナが真面目な顔で少年に念をおすと少年も真面目な顔で返した。
「はい分かりました。それではまた後で。…後アンナさんは綺麗です。汚くなんてありません。」
「くふふ。本当に可愛い子だな君は。ほら早く戻りたまえまたその可愛い顔に傷が増えるぞ?」
チュっと血が出てるところにアンナにキスをされて少年の顔が赤くなる。
「も、もう行きます。」
「ああ、また後で」
少年はその声に答えず酒樽を抱えてフラフラしながら山賊達のところまで戻った。
ーー
(なんだこれは?)
戻って来た少年が見たのは首がない盗賊達の姿だった。
全ての盗賊に首がない。少年は目の前の現実に思考が追いつかず何が何だかわからない。
「は?え?なに?」
「ぎきゃ」
「は?」
声は少年の後ろからした。
そこには山賊の頭を積み上げ食らう鬼がいた。
(オーガ!?違うまだ小さいからレッサーオーガか!なんでこんなところに?)
少年は目の前の鬼の事を村で聞いたことがあった。ゴブリンと言う小さい鬼の魔物が強くなりホブゴブリンとなりその魔物が更に強くなるとレッサーオーガになると言っていた。それは常識らしく山賊達もゴブリンやオークを週に一回は森の中を狩り歩いた。なのに何故?
レッサーオーガは小さいと言ってもオーガに比べればである。レッサーオーガも二メートルはある。オーガは更に倍近い巨体らしいので見て分かったのだ。
とりあえずこの場を離れなくてはと少年は思いそこでアンナの顔が頭に浮かんだ。
(アンナさんは魔道具のせいでここから逃げれない。確か魔道具の腕輪はハゲがつけてた筈だ。捜さなきゃ。)
少年はそのまま食事に夢中なレッサーオーガから静かに離れて腕輪を捜しに行った。
ーー
(やっと見つけた。)
少年はあれから直ぐにハゲらしき死体を見つけたものの腕輪をつけていた右腕をもぎ取られていて右腕捜しをしていた。
(食べられてなくて良かった。)
ゴブリン種は基本的にその場にいたものを皆殺しにして先程の様に頭から食事を始めるが右腕がもぎ取られていたためそのまま食われていた可能性もあった。
(はやくアンナさんのところに行って一緒に逃げなきゃ)
少年は腕輪とハゲが自慢げにしていた柄まで鉄で出来た両刃の斧を持って静かに移動を始めた。
ーー
「はぁはぁ」
少年はアンナがいたテント迄音を立てぬよう走って来たがそこには何かに荒らされた形跡がある残骸しか残ってなかった。
(うそ?間に合わなかったの?)
「はぁはぁはぁ」
疲労ではなく恐怖で少年の呼吸が乱れ始める。
「ぎぎゃぁぁぁあ!」
先程聞いたレッサーオーガの鳴き声の咆哮とドシンドシンという音が少年の耳に届いた。
(何かを殴ってるのか?アンナさんはまだ生きてるかも急ごう)
少年は音のした方向に音が出るのも構わず全力で走った。
ーー
少年が走った先にはひときは大きな木を殴るレッサーオーガがとその周りにホブゴブリンとゴブリン数体がいた。
そして少年はレッサーオーガが殴る木の上に必死になって幹に抱きつき落ちまいとしてるアンナの姿を見つけた。
(いた!でもあんなにいっぱい魔物がいるなんてどうすればいいんだ)
その時ドゴンとひときは大きな音を立てたレッサーオーガの拳は木に確かな亀裂を入れた。
(駄目だ考えてる時間なんてない早く助けないと)
少年は勢い良く木の陰から飛び出すとレッサーオーガのもとに行くのに邪魔なゴブリン二体の首を斧の大振りな一振りでいっぺんに飛ばし反応しきれてない周りのゴブリン達を置き去りにレッサーオーガの頭めがけて跳躍し斧を振り下ろす。
「うぉぉぁあ!!」
少年の咆哮と共に放たれた一撃は寸前で振り向き交差したレッサーオーガの両腕の外側。右腕の半ばで止まってしまった。
「ぎぎゃぁぁぁあ」
「ぐぱぁっ」
斧を持って空中で静止してしまった少年の腹にレッサーオーガの左腕が吸い込まれるように放たれ少年は血を口から吐き出しながら吹き飛び木の幹に叩きつけられた。
「いやぁぁぁあ!なんで!なんで逃げなかったんだ!危なくなったら直ぐに逃げろと言っただろ!頼むから逃げろ!ネイト!!」
少年の咆哮に気づき目を開けたアンナが見たものはレッサーオーガが少年ーーネイトを殴り飛ばすところだった。
アンナは頭ではネイトがもう生きていないだろうと分かっていても叫ばずにはいられなかった。
「神様お願いです!ネイトを助けて下さい!
神様!!」
ネイトは朦朧とする意識のなかアンナの悲鳴に似た祈りのようなものがぼんやり聞こえた。
(かみさ…ま?あ、あぁ…神…様。僕は…もう…助か…らない…だろ…う…けど…アンナ…さん…を助け…て…下…さい。お願い…します。)
その思いを最後にネイトは意識を手放した。