不幸な僕に咲いた花は綺麗だと思ってた……。
「おらっ! これでどうだ」
僕と同年代の男の子が顔を殴り続ける。
「最高ーさすが我がクラスのサンドバッグだね」
屈託ない笑みを浮かべた少女は僕のお腹に蹴りを入れた。
「痛いか? 辛いか? 死にたいか? 」
担任の教師が冷めた目をしながら尋ねた。
「どうなんだや! 答えろよ!」
「そうだ! そうだ!」
周りからの野次が届いた。
「……。痛くな、い」
僕は嘘をついた。
痛い、辛い、死にたい。
何でこんなに世界が生き辛いのか?
僕が何をした! 何故ここまでされなければいけない!
そんな事を胸に秘めながら喚いても誰にも、ましてや存在があるかどうかの神に祈りを捧げても無駄だと理解している。
本当に僕は世界で一番不幸な人間だ。
何時もの様にクラスでサンドバッグにあい、下校時間になったのでトイレの便器の中に入れられている鞄を掴むと僕は屋上に向かった。
「こんなに汚れた鞄でも僕の心より綺麗だな」
汚れた鞄に頬ずりしながら屋上に向かう階段を登り続けた。
この学園の屋上は柵がなく、危険な為本当は利用が禁止されていた。
だが、僕みたいな孤独な人間からしたら唯一世界が安らいでみえる場所で好きだった。
屋上の扉を力を入れ開け放した。
辺りを見渡して息を呑む。
綺麗だ。 この場所だけは世界が時を止めたかのようだった。
いつもの特等席に向かった僕だったが……絶望した。
この場所で、僕の空間で、『異物』が寝転がっていた。
綺麗に整えられた長い黒髪に、整った容姿をまじまじと見た僕はあまりの美しさに絶句した。
「もし、そこにいる君。 何を見ている?」
女の子が目を開けたのに気付かなかった僕は顔を完熟トマトのように真っ赤に染めた。
「いえ、何でもありません。 僕以外にここを利用している方がいたので驚いただけです」
平気で嘘を述べた。
「そうか……。 まぁ、いいわ。 それより、あなたから変な匂いがするわね」
渋々納得した女の子は疑問を僕に投げかけた。
「こ、これは階段から落ちて、それをトイレで洗おうとしたら滑って便器に突っ込んでしまっただけですよ。 アハハ」
「ふふっ。 あなた、虐められてるわね」
事実を当てられた僕は俯いた。
「ごめんごめん。 私さ今日転校したばかりでね。 君の事も学校の事も知らないんだよね。 どうせなら私と友達にならない?」
最初は絶句した。
その次に疑った。
最期に歓喜した。
僕を友達に誘った人ははじめてだった。
友達、友達、友達。
なんて綺麗な言葉なんだろう。
今まで縁のない嫌いな言葉でしかなかったのに、立場が代わるだけでここまでの違いが有るとは僕は知らなかった。
僕はもちろん首を大きく縦に振って頷いた。
それから、僕と女の子は一月も屋上での密会を続けていた。
この時だけは僕の心が唯一落ち着く場所に彼女が含まれるのに時間は掛からなかった。
そんなある時、僕は彼女に校舎裏の大きな木の下に呼び出された。
僕と彼女が二人きりで会うのは屋上だけだったので驚いた。
そこで、何があるのか分からなかった僕は学校での噂を聞いた。
『なぁ、あの大きな木の辺りで告白すると成功するらしいよ』
『木の下には恋愛神がいて加護を与えてるみたいだよー』
『俺、こないだあの大樹でD組の阿藤さんに告ったらオッケーもらった』
な、なんと僕が指定された場所は告白スポットと呼ばれ、告白すると恋が実りやすいと言われているらしい。
もしかすると、彼女も僕に告白するのかもしれない。
いや、待て早まるな。
もう少し考えろ。
最近は彼女からボディタッチも増えてきていて、僕に向ける笑顔はたまに顔を赤くしていた気がしたよな。
マジか……。
告白スポット云々関係なく僕は既に告白をOKする気になっていた。
この思い上がりがあんな結末になるなんてこの時は思わなかった。
僕は大樹までひたすら緊張しながら歩いた。
大樹の元まであと少しでつきそうになった僕は身嗜みを軽く整え木の前に着いた。
と思ったら視界が急にぐらついた。
なんだ?
前が暗くなり、わけがわからなかった。
少しして落とし穴に落とされたと気付いた。
「ぎゃははは。 馬鹿だ! 馬鹿が穴に落ちた」
大きな笑い声が聞こえた。
「さすが、里奈の作戦ね」
「里奈は鬼畜過ぎでしょ。 仲良くしてから落とすってか」
何かこれは作戦だったようだ。
「もう。 仕方ないじゃん。 アイツ馬鹿だからどこまで信じるか試したら、もう完璧、私を信用しちゃってたよ!」
この声は彼女だ。
やっと理解した。
あの屋上の時から今日までの作戦だった。
はじめて名前を知った。
転校生じゃなかったようだ。
僕の友達ではな、かった……。
辛い。 辛い。
一度懐に入れた彼女との思い出が僕の心を痛めつける。
今までサンドバッグとしていじめられてきたのと比べものにならないくらいに辛い。
「じゃあね。 さぁ、落としな」
彼女の声と同時に木の上から墨とゴミが降ってきた。
僕は小一時間かけ穴から這い出る事に成功した。
汚い格好のまま、屋上に向かった。
一度好きだった場所。
屋上に着いた僕は、柵のない隅まで近寄った。
「僕は不幸な人間だ。そんな僕に咲いた花《彼女》は綺麗だと思ってた。 だけど、世界は残酷だ! もう、疲れた……」
僕は一番好きだった場所から身を投げ出した。