06.『冒険者ギルド』
人通りの多い街路。
行き交う雑踏を進み、辿り着いたのは一軒の建物。
煉瓦調の造りをした三階建ての豪奢というより堅牢と喩えるべき建物の前に夕真とセシリアは居た。
中へと誘うように開かれた両開きの扉、その横には冒険者ギルドのマークである交差する二本の剣と盾が描かれた看板が立っている。
「ーーーーここがギルドか」
建物を見上げて呟く夕真の背中に、トンっと軽い衝撃。
振り返ればセシリアが夕真の背中に手を当て、ぐいぐいと押していた。
「ほら。呆けてないで行くわよ、さっさとギルド登録して街でも観て周りたいのよ」
「お前、俺に荷物持ちさせる気か?」
「あら?鋭いじゃない。じゃあさっさと進む!」
セシリアに背中を押されたまま建物の中に入る。
最初に目に飛び込んで来たのは革や金属製の鎧や防具を身に付け剣や斧を携えた数多くの人々の姿だった。
今入ってきた扉から観て右の壁にはびっしりと何かが書き込まれた紙が貼られていて、その前にいる冒険者らしき数人が思案するかのように張り出された一枚一枚に目を通している。
左手にはバーカウンターらしきコーナーがあり男達が声を上げて笑いながらグラスを傾けていた。
「………あそこが受け付け窓口みたいね」
すっと背後から伸ばされた指の先、丁度扉から正面の最奥に銀行の窓口を想わせる個別に仕切られたカウンターテーブルがあり、何人かの職員らしき人々が書類片手に座っていた。
夕真はその中の一つ、丁度誰も並んでいない処へと進んだ。
「ーーーーすみません。ギルドへの登録をお願いしたいのですが……」
夕真の声に反応して見ていた書類から顔を上げたのは栗毛の女性だった。
年齢は大凡二十台後半といったところか。
栗毛の髪は肩まで伸ばされて内側に向けて緩いウェーブを描いている。
ほっそりとした顔立ちにフレームレスの眼鏡、その奥には優しげな瞳が覗いている。
「ぁ、はい。承ります」
どうぞ、と手で差し示した二脚の椅子に夕真とセシリアは座った。
そこで夕真は見てしまった。
白と黒を基調にしたエプロンドレス、その胸部をふっくらと押し上げる二つの球体を。
自重など意にも介さないようにたわわに実った甘美な果実。
なによりも女性としての色香が漂っていた。
「!」
この異世界に来て半年が経過した夕真だったが、その間は祖父と二人だけで生活し旅に出たがセシリアに出逢うまで人にすら会っていない。
夕真が初めて感じる蠱惑的な異性の色香が今、見詰める先にあった。
ーーーーーが。
「ーーー何故かしら。……酷く不愉快だわ、ねぇ、ユーマ。何故かしら……?」
隣から漂う凍てつくような冷気によって夕真は焦ったように、その視線を逸らした。
そろりっと覗き込むように隣を覗き込めば、そこには笑顔。
口許は上弦の月を想わせる弧を描き、穏やかに笑みを浮かべているようだが、その瞳、その碧眼は一切の嬉楽はない。
ただ永久の凍土を想わせる冷たさだけが映っていた。
「………今度同じことをしたら氷漬けにして壊死させるわよ」
ーーーーどこの部位をっ!?
声には出さなかったが夕真はその恐怖にブルリっと身体を震わせた。
「………あの、話しを進めても………?」
遠慮がちに紡がれた言葉に、夕真はまるで救世の女神でも観るかのように尊敬の視線を送った。
栗毛をした職員の女性はリゼルグ・ポーカーと名乗った。
「……お二人ですか?………はい。ではこちらの用紙に必要事項をご記入ください」
顔立ちと雰囲気が醸し出すおっとりとした印象に反してリゼルグはテキパキと登録手続きを行い、二枚の用紙を差し出した。
表題には『冒険者ギルド登録願書』と大きめの文字で書かれていた。
名前。
年齢。
性別。
使用武器と得意魔法等々の記入欄がある。
夕真は羽ペンを手に取ると空欄を埋めるためにペン先を用紙へと滑らす。
「その間に簡単に当ギルドでの注意事項をご説明させて頂きます。先ずーーーー」
受付嬢、リゼルグの言葉を要約すると。
ギルドには等級が存在する。下位からD、C、B、Aの四階級。
必然的にギルド登録をしたばかりの新米である夕真とセシリアは最低位であるD級からだ。
昇格には依頼内容と達成度を吟味した上で考慮される。
因みに、と補足された情報ではC級で冒険者として一人前とされB級で上位者、A級に至っては英雄と持て囃されるようだ。
等級に応じた依頼を請けられ、依頼達成時には報償金と昇格への単位が貰えるが、依頼の放棄或いは失敗時にはペナルティーとして違約金を請求される場合がある。
「ーーーー以上になります。何かご不明な点は御座いますか?………はい、ではお書き頂いた書類を基に登録証であるカードを発行して参りますので暫くお待ちください」
数分後。
夕真とセシリアは無事に冒険者ギルドへと登録した。