03.『少年少女』
深い森の中。
幾数と乱立する木々の群れ。
当然だが地面は整地されておらず、石混じりの茶色い土はデコボコと荒れていて歩き難かった。
そんな悪路を歩く少年、四峰夕真の額から一筋の汗が流れ落ちた。
「ーーーっあぁー!……やっぱ放っておけば良かったか………?」
歩く夕真の背中には少女。
あの後。
夕真が四匹のシルバーウルフを倒した後、突然倒少女。
どうやら疲労から眠ってしまったようだ。
森の中に少女ひとりを放置するわけにはいかないと思い、夕真はシャルルを背負って運ぶことにした。
風にさらさらと靡く長い金髪。
鼻筋の通った鼻梁と小ぶりな唇。
土埃汚れた質素な絹で編まれた服に鋼鉄製の籠手。
膝上のスカートから伸びる細く白い脚に、太腿を覆い隠す革製のブーツ。
世辞も誇張もなく、美少女だった。
そんな少女を背負うことに初めこそドキドキしていた夕真だったが、歩き進む度、時間が経つにつれてそんな気持ちは薄れていった。
それも仕方がない。
何分整地もされていない悪路を人一人を背負い歩くのだ。
傾斜もあれば凹凸もある。
小石に足を取られたり躓くこともある。
「………はっ、ハァ。ーーーっ」
自然と息は荒くなり、流れる汗が増えていく。
身体には疲労が襲い、踏み出す脚は震えていた。
そろそろどこかで休もうか、そう考え始めたそんな時。
「ーーーーおわっ!」
足元にあった石に躓き転んでしまった。
無理に体制を整えようと踏み出した足は砂利で滑り、変な体制で倒れる二人。
「………っ痛ぅー。ぁ!ーーーだ、大丈っ………ぇ?」
ふにょん、と。
柔らかな感触が右手から伝わる。
少女は仰向けで地面に横たわり、その上にはまるで覆い被さるように夕真がいる。
夕真の右手は少女の胸の膨らみへと伸ばされていた。
突然のことに、夕真は胸に置かれた手を退けることさえ出来ず、固まっていた。
「ーーーな、何をし、しているのかしら………」
開かれた吸い込まれそうな色合いの碧眼。
少女の顔が徐々に朱色に染まっていく。
ぱっちりと開かれた瞳にひくひくと痙攣したかのように動く頬。
間違いようも無く、少女は激怒していた。
確かにこの状況では夕真が少女を襲っていると誤解されても仕方がない。
ーーーーなんとか誤解を解かないと!
混乱する中で夕真は弁明のために口を開く。
誤解だ、と叫べば少しは冷静に話し合えるかもしれない。
「ご、ご馳走様っ!」
「し、し死ねーーーッ!ぁっ、『氷の矢』!!」
誤解を解くには暫く掛かりそうだった。
◆ ◇ ◆ ◇
「……ま、まぁなるほど。事情は理解したわ。危ないところを助けてくれたのね、礼を言うわ。ありがとう」
「ーーーおい。先ずは礼より謝罪を要求する」
僅かに怒気をはらんだ夕真の言葉に、少女の双肩がびくりと跳ねた。
夕真の格好は一言でいえば酷い状態だった。
黒い外套は土と泥が付着しぐっしょりと濡れて雫が垂れている。
頬には無数の裂傷。
全て暴れた少女の手によるものだった。
「で、でも!アンタが私の胸を触ったのは事実じゃないっ」
「だからそれは謝っただろ。それに命の恩人に対してこの仕打ちは酷すぎだっ!死ぬかと思ったし」
「わ、悪かったわよ!ごめんなさいっ!」
遂に素直に頭を下げたシャルルに夕真は深く溜息を吐き出した。
「……俺も悪かったよ。………あー、その、む胸触っちゃって」
同じく頭を下げる夕真に、少女は一瞬キョトンとし、それからクスクスと笑った。
「セシリア・シフォンよ。これも何かの縁でしょうから名乗っておくわ」
「それもそうか。四峰夕真、……あぁ。この国風にいえば夕真四峰になるのか」
「ユーマ・シホー?変わった名前ね。よろしくね、ユーマ」
差し伸ばされた右手。
「こちらこそよろしく、セシリア?」
差し伸ばされたその右手を夕真は握った。
少女、セシリアは屈託のない無邪気な笑みでその手を握り返した。