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02.『少女との出逢い』



「……やばい」



 背の高い木々が鬱蒼と茂る森の中。

 見渡す限りの樹木。

 視界には鮮やかな深緑色が広がっていた。

 舗装などされているはずのない、獣道。茶色い地面からは短い雑草が顔を出している。

 そんな場所に夕真は立っていた。

 片手には古めかしい紙、地図を持ちぼんやりと呟く。



「ーーーー道に迷った……」



 呟いた言葉に、返事はない。

 夕真の周囲、少なくとも目が届く範囲には人影や気配すらない。

 この森、いや樹海に入って半日が経過するが、これまで誰とも出逢わなかったことを考えれば当然といえる。


 どうするか。夕真は考える。


 戻るか進むか。

 至極簡単な二択だ。

 一つは辿ってきた道を戻り、樹海の入口へと引き返すこと。

 逆算すれば最短で半日あれば戻れる。

 一つはこのまま進み樹海を抜けること。この場合どの程度の時間や日数が掛かるか解らない。最悪野宿などの夜営をする必要がある。リスクも大きい。



「…………進む、か」



 戻れない過去がある。

 戻れない世界がある。

 どんなに必死に手を延ばしても。

 どんなに神に祈りを捧げようと。


 失ったモノは、もう取り戻せない。


 全てを失い、この異世界へと召喚された存人だからこそ、進むことを選ぶ。


 ーーーー戻れないなら、進み続けるしかない。


 思うと同時。

 夕真は一歩を踏み出した。




◆ ◇ ◆ ◇




 深い森。

 鬱蒼と覆い茂る幹の太い巨木。

 交わる枝と枝。

 重なる葉と葉。

 その隙間から差し込む木漏れ日。

 一人少女は息を乱しながら必死に走っていた。



「ーーーハァ、ッ、はっ。……本当に、もう、最悪よッ!」



 風に靡き輝くような金糸の長い髪。

 碧眼の瞳は常ならば意志を秘めた切れ長の瞳は、しかし今は不安と恐怖が入り混じり揺れていた。



「ッオォォォオオーーン!」



 背後から聞こえる獣の咆哮。

 必死に走る少女を追う四つの影。

 端的にいって少女、セシリア・シフォンは追われていた。

 目的地もなければ、頼る場所すらない。

 木々の間をすり抜け、背の高い雑草に身を隠すように走りながら溜息を吐いた。



「何でこんなところにシルバーウルフがいるのよっ!」



 セシリアを追う四つの影。

 それはシルバーウルフと呼ばれる魔獣だった。

 風に靡く曇りのない銀色の体毛。

 細くしなやかでありながら強く地を蹴る四本の脚。

 名前の通り狼を想起させるぴんっと立った耳に長い鼻先の下には鋭い牙が並ぶ口。

 本来なら北部の寒い地方にしか生息しないはずの魔獣が今背後に迫ってきている。



「ーーーー『氷結フリーズ』ッ」



 セシリアは迫り来るシルバーウルフへと振り返り、叫んだ。

 瞬間。

 先頭を駆けていたシルバーウルフの躰を分厚い氷が覆った。

 踏み出した前脚。

 地を蹴った後脚。

 今にも動き出しそうな躍動感そのままに、文字通り氷漬けにされ絶命されたシルバーウルフがそこにはあった。


 しかし残った三匹は歩みを止めない。


 寧ろ先程よりも疾くすら感じる。




「……ッ、ーーー『氷結フリーズ』!」



 再度、セシリアは叫ぶ。

 しかし後方のシルバーウルフに変化はない。



「ーーー嘘っ?………魔力切れ?ーーーーこんな時に!」



 舌打ちをするセシリア。

 セシリアの後方、迫り来るシルバーウルフ。

 地力の差は歴然だった。

 数ある魔獣の中でも上位に数えられるシルバーウルフの移動速度。

 一歩二歩、とセシリアが踏み出す度にその差がじりじりと縮む。

 もう。振り返る必要すらなく、明確に。

 シルバーウルフの吐息が聞こえるほどの至近距離にシャルルはいた。


 ーーーーあぁ。駄目……。


 セシリアは感じた。

 否。

 悟ったといったほうが正確だ。

 きっと自分はこのシルバーウルフ達に噛み喰い殺される。

 走り。逃げ。

 それでも手放さなかった胸に抱えた一刀の剣。



「ーーーー助けて……」



 呟く言葉は震えていた。

 恐怖と絶望が入り混じった懇願。



「お願い、誰か……。ーーーー誰か助けてッ!」



 セシリアの悲痛な叫びが木霊する。

 その声は眼前の獣達には、別の誰かに届くはずは無く……。

 勢い良く飛び込んで来たシルバーウルフ、その大きく広げられたら口から覗く鋭い牙。

 その牙によって死ぬーーーーはずだった。

 何か。

 何かが、セシリアの横を通過した。


 ーーーー爆発音。


 一匹のシルバーウルフが力無く崩れ落ちた。



「ーーーーぇ……?」




 聞こえてきたのは、声だった。

 それは高くも低くもない声だった。

 時が止まったかのような錯覚。

 ゆっくりと顔を上げ、見詰めた先。

 

 黒い髪。

 黒い瞳。

 風に揺れる外套も、また黒く。


 ひとりの少年がそこに居た。


 前へと翳した腕から伸びた指先から光が零れる。



「『魔弾トリニセッタ』」



 言葉と同時。

 目にも留まらぬ速さで三筋の軌跡がセシリアを通り抜けた。

 背後から聞こえた鈍い音と獣の短い悲鳴。

 振り返ればそこにあったのは力無く倒れた四匹のシルバーウルフの姿があった。

 よく観てみれば一様に頭から血を流し、その傷痕は何かで撃ち抜かれたように穴が開いている。


 ーーーー助かった、の…………?


 ふっと身体から力が抜けていく。

 極度の緊張と恐怖からの解放。

 今更ながら膝が震えて脚に力が入らない。

 ぺたりっと尻餅を付くセシリア。

 暗転する視界。

 混濁する意識。

 そして、セシリア・シフォンはそのまま意識をーーー……。







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