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昔、屋台で

作者: 南野 国賴

「もう来ないよ。騙されたんだよ」

 親爺さんがひと仕事を終えタバコに火を点けながら言った。

「違うよ、絶対来るよ。嘘をつく人じゃないから」

  屋台の長椅子の隅っこに旅行カバンを抱えてその女性は座っていた。

 中学生の私たちからするとその女性は随分と年配に見えた。

「きっとトラックの荷積が遅れてるんだよ。それに高速のるのはここ通らないと行けないし」自分の不安を打ち消す様に女性は言った。

 国道沿いにあるこの屋台は高速に向かうトラックや仕事帰り風の乗用車が立ち代り止まっていく。

 夜中でもようやく長袖が要らなくなって夜風が気持ちよく頬を撫でていた。

 化粧っけのない女性の、後ろでくくったゴムから外れた横髪が風に揺れていた。

 母親と同じくらいの歳だろうか。

 輪ゴムのかかった左手で、口元に当たる髪を直していた。


 坊主頭の私と友人は帽子をかぶり、自転車で夜の街を徘徊していた。

 美味しいラーメンがあると評判の街外れの屋台に、今夜は遠出をしてきた。

「こんなに遅いともう来ないよ。騙されたんだよ」

 親爺さんがもう一度言った。今度は返事がなかった。

 ラーメンをすすりながら横目で女性の方を見ると、下をうつむいたまま煙草のけむりを勢いよく吐いていた。

 私たちは無言でラーメンを食べた。


 あの女性はどうなったのだろう。あれからどんな人生を送っただろうか。

  あの時、映画のワンシーンのような出来事からやがて半世紀近い時間が流れようとしている。

 大人になったらもっと賢くなってすべてが変わると思っていたが、一体何が変わったろうか。変えることが出来たろうか。

 私はもうあの時の女性の歳をすっかり追い越してしまった。

 老いというものを身近に感じた時、新しい変化に臆病になっている自分がいる。

 あの女性はあの時、最後の賭けだったのかもしれない。

 やり直すにはもう時間が無かったのだろう。


 夜風を頬に感じながら街を歩いてたら、角から自転車に乗った中学生が飛び出してきた。

  一瞬驚いた目と視線があったが、舌を出し過ぎていった。

 はるか昔、自転車に乗っていて出会い頭にぶつかりそうになった事があった。

 驚いている初老の男性の視線を感じつつ、ペダルを漕ぐ足に力を入れ大急ぎで立ち去った。

 何も変わらないと思った。

  頬を撫でる風も。

 走り去って行くトラックも。

 ただ老いた体が立ちすくんでいるだけだった。

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