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第二話


 俺の中には、もう一人のがいる。

 ここでは分かりやすく、俺を継大、そしてもう一人の俺をケイタとすることにしよう。


 ケイタは俺にしか見えない存在だ。

 もう一人の俺といっても、ケイタの姿形は俺とは全くと言っていいほど違う。俺の担当である三科みしな先生によれば、ケイタは俺が作り出した存在だから俺の理想が色濃く反映されているんじゃないか、という。その[作り出した]という言葉に、俺もケイタも憤慨したことは言うまでもない。

 ケイタは例え俺以外には見えないとしても、しっかりと存在し、俺とは別の思考や意志を持っている。確かに最初は俺の潜在意識や深層心理が働いていたかもしれないが、今は違う。

 ケイタはまるで双子の弟のような、とても近くに感じられる大切な存在なのだ。



『なー継大ぁ、あの女うるせえよ殺しちまおうぜ』

「やだよ。物騒なこと言うなって」



 ケイタは少し攻撃的な性格をしている。俺以外のすべての対象を敵とみなしているらしい。

 しかし、そのことに関してはケイタに非はない。ケイタが生まれた原因・・にあるのだから、言ってしまえば仕方のないことだ。


 そこでふと、カーテンが閉まりきった奈留川宵のベッドに目を向けた。彼女は無意識のうちに(あるいはきっと俺と同じように自己防衛のうちの一つとして)、何らかの原因があって別の人格を、しかも多くの人格を生んでしまったのだろう。

 つまり、奈留川宵にも非はないのだ。どんなに面倒臭い奴でも同じような境遇に遭っているのだとしたらそれも仕方のない話である。



『何でだよ、継大だってうんざりだろ?いちいち突っ掛かられて』

「仕方ないだろ…同じ病室になっちまったんだし」



 そう言ってやると、ケイタはつまらなそうに口を尖らせて手を頭の後ろで組んだ。そして必ず、眉間に皺を寄せて目を伏せる。このポーズはケイタが折れたことを示している。



『でもよぉ。継大を傷付けたら、俺は間違いなく躊躇わずあの女ぶっ潰すからな』

「なんでだよ」

『傷付けたらそうするに決まってんだろ。頭蓋骨割れて脳味噌出るまでぶん殴る。血吐いて内臓潰れても殴り続けて殺す』

「グロいからやめてくれ」



 俺の彼氏か、お前は。

 思わずそうつっこみそうになったが、その言葉は飲み込んだ。先ほど俺はケイタを双子の弟のような存在と思ったが、逆かもしれない。どちらかというとケイタが兄で俺が弟だろうか。心配性で不器用で口の悪い兄貴。うん、悪くはない。ただちょっとばかり攻撃的なのは考えようだけれど。


 一人で入院している俺にとって、まともで理解してくれる話し相手のケイタは重要な存在だ。

 しかし、三科先生達はケイタの存在を良い風には言わず、出来ることなら俺を一人の人間に戻したいという。俺は今、ケイタの存在を認識するという治療の途中過程なのだ。最終的には、ケイタの存在がなくても一人で生きていけるようにしなければならないという。

 それを強制はしてこないが、俺だって、俺が普通じゃないことは分かっている。でも、ケイタを消してしまいたくない。ケイタを消すということは、もう二度と会えなくなるのだ。そんな決定的な仮定に、俺は治療を進められずにいる。


 以前は何度かケイタが主人格になり暴走したことがあった。主人格というのは、この身体の様々な権限を持つ人格のことだ。ちなみに今の主人格は言うまでもなく俺だ。

 しかしその暴走は俺が情緒不安定だったり、体調不良だったりしたときに必ず起きた。俺が冷静でいれば、落ち着いていればケイタが暴走することはない。だから、ケイタの存在を消す必要なんて、俺がしっかりしてさえいれば問題はないのだ。

 まあ、しっかりしていればケイタを生み出すこともなかったのかもしれないが。

 でもだからこそ、俺の都合でケイタを生んでおいて、もう大丈夫だから消えてください、なんてまた俺の都合で消したりしたくはないのだ。


 きっと奈留川宵も、自分のことを理解し、自覚さえしてしまえば今よりだいぶ楽になれるのだろう。俺は元々、ケイタは俺のもう一つの人格ではなく、俺の中に別の人間がいるという感覚だったから逆に俺達が一人の人間だということを認めるのに苦労したけれど。


 どうして他の人格を彼女は知らないんだろうか。奈留川宵の中には沢山の人格が存在していて、俺はこの短い同室生活で少なくとも3つの人格を把握している。けれど先生の話によれば7、8程度あるいはそれ以上の人格があるかもしれないという。

 俺の中には自分とケイタの二人だけだけれど、奈留川宵には複数の人格がある。それも全て異なる人格だ。今はそのことを知らない奈留川宵がもしそのことを知ったならどんな気持ちになるんだろう。俺はもともとケイタの存在を自覚していた。だけど彼女は知らない。俺にはケイタだけ。彼女は複数。俺と奈留川宵は同じ“病気”だが、決定的に根本的に違っていた。


 だからだ。

 最初こそ俺は無関心でしかなかったが、今では少しばかり奈留川宵に興味があった。彼女の本来の人格がどれなのかも、俺には分からない。もしかしたら本来の人格なんてもう既に他の人格に乗っ取られて深い眠りについているかもしれない。だから気になるのだ。俺と同じような“病気”の人間なのに“症状”は全く違うから。

 まあ、俺は自分が病気で、ケイタの存在がそれによる症状なのだと考えたことなどなかったのだが。しかしここは病院。敢えて先生たちのようにそういう使いまわしをしておこうじゃないか。



『なあ継大、お前奈留川宵のこと好きなわけ?』

「…は?ふざけんなよ」

『気になってんだろ、興味あんだろ?無関心じゃないんだろ?』

「ただの好奇心」

『へえー…?まあどっちでもいいけど。どっちにしろ継大は傷付かないように俺が何とかしてやる』



 だからお前は俺の彼氏か何かなのか。と言いたくなったのを堪えて、代わりにわざとらしく盛大な溜め息を洩らしてやった。するとケイタも全く同じ動作をした。



『でもな継大、あの女はやめとけよ』

「は?」

『俺は継大の苦痛になることを全部引き受ける。あの女と一緒になりてえんなら、あの女は必ず、絶対に継大を傷付ける…そうなるなら、俺は継大の代わりに……俺があの女といなくちゃならないだろ?それはやだ』



 ケイタは口調も態度も悪いくせに、すごく真面目でどこまでも真っ直ぐで、心配性だ。

 俺のせいでこんな中途半端な存在として生まれてしまったのに、俺ばかりを気遣ってくれる。そういう風に生んだとしたならそれまでだけど、でも俺はケイタの存在に助けられ、救われてきた。

 ケイタが言うことはすごく正しい。だけど、今回の件については的が外れている。俺が奈留川宵のことを好き?そんなわけがない。それはケイタも重々承知しているはずなのだ。俺は誰も好きになんてならない、否、なれない。


 俺は──…人殺しだから。



 

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