第十二話 志乃のご奉仕大作戦 お風呂編
二回目の実技の授業。前回と同じく直也と一緒に魔法の練習を行う。
「よし、いくぞ」
「う、うん」
直也に見つめられる中、詠唱を完了させた俺の前にライトニングウォールが顕現する。
だが、大きさは俺の身長より少し大きめにまで抑えてある。連日の放課後練習で少しだけ魔力のコントロールを出来るようになったおかげで、俺の意志で大きさを変えられるようになったからだ。
二十秒ほど経過した所で、俺はライトニングウォールを消した。
「どうだ? 前に比べてずいぶん伸びただろ」
「凄いよ広人君! おめでとう!」
「へへ、サンキュ」
感動したように目をキラキラさせて賞賛する直也。照れくさかったが、こうして褒められると嬉しかった。
というか、ちゃんと魔法で褒められるのってこれが初めてだし。
「そうそう。シャインの方も上手くなったんだぞ。一昨日試してみたけど、休み無しで連続三十発まで使えるようになった」
あの時は何回も講堂の中を眩しくしたから他の生徒に注意されてしまったが・・・。
そう付け加えると、直也は楽しそうに笑った。
「それじゃあ、次はライトニングウォールの同時展開にチャレンジだ」
「うん、頑張って!」
「おう。・・・とはいっても、まだ一回も試した事ないんだけどな」
成功するかどうかはわからない。だが、試してみたい。今の俺の全力を出してみたい。
この数日を通して、俺はようやくスタートラインに立てた気がした。
「光よ。何物をも寄せ付けぬ聖なる壁となり我を守れ。・・・ライトニングウォール!」
先ほどと同じように聖なる壁が姿を現す。続けて、再び同じ詠唱を開始する。
「もう一度・・・! 光よ。何物をも寄せ付けぬ聖なる壁となり我を守れ。・・・ライトニングウォール!」
新たな壁が先に出た壁の隣に出現した・・・瞬間だった。
「ッ・・・!? うあ・・・!?」
体から恐ろしい速度で魔力が失われていくのがわかる。直後、二枚の壁はあっけなく消滅した。
「はあっ・・・! はあっ・・・!」
足がガクガクと震える。全身を襲う疲労感に、俺は逆らう事なく床に倒れこんだ。
「広人君!?」
「だ、大丈夫。やれやれ、どうやら俺にはまだ早かったようだな」
一枚増やしただけであそこまで魔力の消費が激しくなるとはな。
あそこまで魔力が抜けていく感覚がはっきりしたのは初めてだった。こんな調子じゃ、亮介さんレベルになるのにあと何年かかることやら・・・。
「・・・てか、無理?」
「え?」
「何でも無い。直也、どうやらガス欠みたいだ」
「そっか。じゃあそこで休んでなよ」
「そうするよ。なんか、前回と同じ展開になったな」
あの時と同じく、結局俺は授業が終了するまで休み続けた。
広人SIDE OUT
志乃SIDE
お昼休み。教室に行くと、広人が机に突っ伏してグッタリしていた。
「ど、どうしたの広人?」
「姉さん? ・・・ああ、もう昼休みなのか」
「疲労困憊のようだな。何かあったのかい?」
「あー、ちょっと。・・・とりあえず中庭に行きましょう」
顔を見合わせる私と今日子を尻目に、広人は立ち上がるとフラフラした足取りで歩き始めた。
中庭に出ていつもの場所に腰を下ろす。広人は弁当を開けるのも億劫になっている。
「本当にどうしちゃったの広人」
「今日の授業中にライトニングウォールの同時展開を試してみたんだよ。そしたら魔力をごっそり持ってかれて。今、全身がだるいんだ」
「失敗したの?」
「いや、展開自体は出来たよ。たった数秒だけどな」
「それでも大したものだ。魔法の同時発動を初めて試みる時は大抵失敗するものだからな」
今日子の言う通り、魔法の発動には集中力が不可欠だ。一度に複数の魔法を発動させようとすれば当然集中力も分散してしまう。魔法の上達を望むなら、その集中力を鍛える事も重要になる。
同時発動が得意なのは、一つの事に集中すると他の事が目に入らない人間が多い。かくいう私も、広人の事になるとつい他の事がおろそかになってしまう。
まあ、広人以上に優先する事なんか私にはないけれど。
「ありがとうございます。けど、流石に今日は残って練習する気にもならないや」
「じゃあ、今日は久しぶりに一緒に帰れるのね?」
「うん」
広人が練習を始めてからは一緒に帰宅する事も無くなっていた。
もちろん、私も残って広人の練習に付き合おうと思ったけれど・・・。
『先に帰っててくれ。姉さんにだって予定があるだろうし、迷惑はかけられないよ』
・・・なんて、私の事を思ってくれる言葉を聞いたらそうするしかないじゃない。だから私は、広人が帰ってくるまで家で一人過ごしていた。
けれど、今日は違う。久しぶりに広人と一緒に帰れる。・・・やば、今からテンション上がってきたわ。
「・・・やるなら今日ね」
そして、いつにも増して疲れきっている広人。今日子から伝授された『ドキッ☆ お触りだらけのご奉仕大作戦!』(発案・今日子。命名・私)を実行するなら今日しかない!
「成功を祈る」
「ええ、ありがとう」
今日子と固い握手を交わす。
「何の話だ?」
「ふふ、ひ・み・つ♪」
「?」
志乃SIDE OUT
広人SIDE
放課後、寄り道する事なく帰宅した。
部屋着に着替えた所で、リビングのソファーに寝転ぶ。あー・・・気持ちいい。
「広人、夕飯なんだけど。その様子じゃ大変そうだからピザでも頼む?」
「いや、冷凍しておいたカレーが残ってたはずだからそれを食べようよ」
十分過ぎる仕送りは送られてくるが、節約出来る部分は節約しないとな。
「ならそうしましょうか。それじゃあ早めにお風呂も沸かしましょう」
姉さんが風呂場へ向かった。首だけ動かしてそれを見送り、俺はテレビのリモコンを手に取った。
「この時間、何か面白い番組あったっけ・・・」
適当にチャンネルをいじったが、興味を惹くものが無かったので、テレビを切った。
「ふわあ・・・眠い・・・」
ボケーっと天井を見つめていると、その内まぶたが重くなって来た。抵抗せず、俺は意識を手放した。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
「・・・んあ?」
「お目覚めね」
目を開けるとまず姉さんの顔が映った。それから時計を見ると、時刻は六時三十分を回っていた。
「俺、どれくらい寝てた」
「一時間くらいかしら。あ、お風呂もう入れるからお先にどうぞ」
「そうか。ありがとう姉さん」
一眠りしたおかげか、気だるさが少し減った気がする。俺は部屋から着替えを取って風呂へ向かった。
脱衣場で服を脱ぎ、風呂場のドアを開ける。シャワーでサッと体を流し、湯船に浸かった。
「あーーー」
あまりの気持ちよさについオッサンぽい声が出てしまった。そのまましばらく温もった所で、頭と体を洗う為にバスチェアに腰を下ろす。
「広人、お湯加減どう?」
ボディソープに手を伸ばそうとしたその時、ドアの向こうから姉さんの声が聞こえて来た。
「ちょうどいいよ」
少し驚いたが、わざわざ聞きに来てくれたので、そう返す。
「そう。よかった」
言うや否や、ドアガラス越しに見える姉さんが何やら動き始めた。
・・・てか、もしかして、脱いでる?
「な、何してんだ姉さん?」
「ん~? せっかくだから私も入ろうと思って」
「・・・はい?」
姉さんの返事に一瞬思考が停止する。
「ふふ、何年ぶりかしらね」
上機嫌な声と、かすかに聞こえてくる衣擦れの音が俺の意識を戻した。
「いやいやいやいや! 俺、入ってるんですけど!」
「そうね」
「そうねって! 男女が一緒に風呂に入るってまずいでしょ!」
「いいじゃない。姉弟なんだから」
「そういう問題じゃ・・・!」
「お邪魔しま~す」
ドアが開かれる。俺は咄嗟に目をつむった。
「何で目をつむってるの?」
「だ、だって。姉さん今、はだ、裸・・・」
「心配しなくてもバスタオル巻いてるから大丈夫よ」
「ほ、本当に?」
「ホントよ。それとも、取った方がいいかしら?」
「巻いたままでお願いします!」
「そう? ならこのままにしておきましょうか」
しばし間を置き、意を決してゆっくり目を開けると、バスタオルで体を隠した姉さんが立っていた。
隠れてるけど、今、姉さん何も身につけてないんだよな・・・。
「(ッ~~~! ダメだダメだ! 姉さんを変な目で見たら!)」
血は繋がってないけど、この人は姉さんなんだ。家族を性の対象として見るなんて変態以外の何者でもないんだぞ!
「広人、先に体を流したいからイス貸してくれる?」
「あ、ああ」
姉さんにイスを譲り、俺はもう一度湯船に浸かった。目の前では姉さんが頭からシャワーを被っている。
「♪~♪~」
鼻歌交じりに体を流す姉さん。黒くて艷やかな長髪がタオルから覗いた腕や太ももに張り付いている様が、言いようもない色気を醸し出している。
「(だから、見たらダメだっての!)」
姉さんが湯船に入って来た。ウチの湯船は大きめに作られているので、二人が入っても十分なスペースは確保出来るが、俺はなるべく体を小さくして端の方で縮こまった。
「ふ~~。気持ちいいわね~~」
姉さんは体育座りのような感じで湯船に腰を下ろした。
まずい、正面からだと見てはいけない所が見えてしまう恐れがある。俺は壁の方へ顔を向けた。
「もう、広人。壁なんか見つめてないでこっち向いてお話しましょうよ」
「(向いたらヤバイんです!)」
そうだ、ここにいるからいけないんだ。イスも空いたし、今度こそ体と髪を洗ってさっさと風呂から出よう。
「ね、姉さん! 先に体洗わせてもらうな!」
そう言うと、姉さんは“ニヤリ”という擬音に相応しい笑みを浮かべ、最大級の爆弾を投下してきた。
「なら、私が洗ってあげる」
「んなっ!?」
「ほらほら、座って座って」
メーデー! メーデー! 誰か可及的速やかにこの状況を打破する案を俺に教えてくれ!
『すぐにこの場から撤退しろ!』
『姉さんの好意を無駄にするのか!?』
『好意云々はこの際関係無い! 貴様、この状況を耐えられるとでも思っているのか!?』
『うへへ、姉さんに体を洗ってもらえるなんて最高じゃねえか』
などと脳内サミットが開かれている間に(最後のやつは数人にボコられた)、半ば無理矢理イスに座らされてしまった。これでは脱出出来ない。
「うふふ、それじゃあ行くわよ」
「ま、待って姉さん・・・」
「待ちません♪」
ボディソープで泡立ったスポンジが背中に当てられる。ああ、始まってしまった・・・。
「あん、ジッとしてなさい。うまく洗えないでしょ」
・・・こうなったら覚悟を決めよう。逃げられないのならひたすらジッと耐えて終わるのを待つんだ。
俺は心を落ち着けるために大きく深呼吸し、姉さんに身を任せた。
「それにしても・・・大きくなったわね」
スポンジを動かす手を止めないまま、姉さんがポツリと呟く。
「昔は私よりも小さかったのに。いまじゃすっかり男性の体だもの」
「そ、そりゃあ成長すれば当然だろ」
「ふふ、そうね。本当に欲じょ・・・たくましい体になったわね」
改めてそんな事を言われると妙な気持ちになる。けれど、それは決して不快なものではなかった。
「・・・そろそろいいかしら」
「え?」
姉さんの雰囲気が変わる。スポンジを床に置き、俺の肩に首を乗せると囁くように口を開いた。
「ねえ広人、もっといいスポンジがあるんだけどそっちを使ってもいいかしら?」
「別にいいけど・・・」
「うふふ。なら使わせてもらうわね」
「でも、今使ってるヤツ意外に新しいのって買ってたっけ―――」
フニュン♪
「ッ!?」
唐突に、大きくてとてつもない柔らかさを持った何かが背中に当てられた。動くたびに、形を変えるそれは、今まで味わった事のない感覚を俺にもたらした。
「んしょっと・・・。結構難しいわねこれ」
姉さんの声が頭のすぐ後ろで聞こえて来る。それはつまり、今、俺と姉さんは密着しているという事になる。
「(ま、まさか、この背中に当たってるのって・・・)」
俺の中に仮説が生まれる。それを確かめるのは怖い。もの凄く怖い。
だが、確かめなければならない。俺は勇気を出して尋ねた。
「ね、姉さん。姉さんが言うスポンジってもしかして・・・」
外れろ! 外れてくれ!
「私のおっぱいよ」
当たっちまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
「な、なら。一部やけにコリコリした感触の所は・・・」
「私のサクランボ」
プツン
あ、もう無理。限界・・・。
「あら、広人? どうしたの?」
鼻から生暖かい何かが流れ出るのを感じながら、俺は目の前が真っ暗になった。
まさかの気絶オチ。作戦はしょっぱなから大失敗となりました。まあ、この姉だから仕方ないんですけどね。