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“G”戦場のアリアpilot 

作者: 葉酒

 ――状況は絶望的だった。


 その日、訓練を終えたばかりの新兵で構成された第二小隊は簡単な哨戒任務に出ていた。そこはすでに安全が確認された地域であり、今も戦闘が続く最前線からも遠く、敵の出現はまずないと誰もが思っていた。

 ところがその油断をついたのか、はたまた単なる偶然か。

 廃墟の街頭に突如現れた敵の一群が小隊を包囲した。

「……! ――――!」

 先頭に立っていた指揮官は、一声を発することもままならないまま、頭を西瓜のように潰されて死亡。 

 残された新兵達には成す術がなく、そこは瞬く間に一方的な処刑場と化した。

 木霊する悲鳴と怒号。散漫な銃声。抵抗する者も無抵抗に逃げようとする者も、結局は等しく引き裂かれ踏み砕かれて蹂躙されていく。

 これから戦友になっていくはずだった者達が一人、また一人と死んでいく中、わずかに残った人間は何とか一瞬の隙をついて囲いを突破。あらかじめ決められていた合流地点を目指して散開する。

 それをすぐに追い始める敵。

 後ろから聞こえてくる無数の足音から逃げながら誰もが思った。

 生存する可能性は皆無だ。ここで逃げ切れても敵の気配はあちこちから感じられる。装備は乏しく、知識も経験も何もかもが足らない。

 それでも一縷の希望にかけ、彼らは走る。挫けそうになる足を支え、懸命に動かして前へと進む。

 

 全てが、無駄な足掻きだったとしても。



 西園寺鉄平は肩で息をしながら、廃ビルの一室に身を潜めていた。

 彼を追ってきた敵は全部で三体。一体は撒くのに成功し、一体は偶然に撃った弾が急所に当たったのか――代わりに弾がなくなったが――そのまま死亡、そして残る一体が執拗に追ってくるのをかわして逃げ込んだのがこのビルだった。

「はぁ……はぁ……もう……いなくなったか?」

 鉄平は荒れ果てたオフィスに放置された事務机の裏に隠れながら耳を澄ませる。先ほどまで彼を探してビルを動き回っていた敵の気配はもう感じられない。どうやらあきらめて他の場所にいったらしい。

 それを確認した鉄平は全身の力を抜いて天井を仰いだ。この状況下で油断は禁物だが、ずっと動きっぱなし肉体は疲労感で鉛のように重く、もはや休まずには一歩も動けそうになかった。ずっと神経を張り詰めていたせいか、軽い頭痛までしてきて鉄平は重いため息をつく。

 それでも、昔に比べたら格段に体力がついたといえた。まだ学生の身だった頃なら、すでに十回はばてているだろう。すべては兵士になるべくして受けた訓練の賜物だった。

「あれからもう、二年か……みんな元気にしているかな……」

 友達と毎日のように馬鹿なことをして過ごしていた頃を、鉄平はぼんやりと思い出す。

 あの時の仲間は全員別の部隊に配属されてしまったが、自分と同じように今もこうして戦っているのだろうか。……或いはすでに戦死してしまったか。

 その可能性の方が圧倒的に大きいだろう。聞くところによると新兵の戦闘による損耗率は八割を超えているという。鉄平が今現在こうして生き残っているのが奇跡なくらいだ。

 ――二十一世紀初頭、世界各地で突如発生した未知の寄生生命体による侵攻が人類を席巻した。

 通称“G”と呼ばれるその寄生生命体は、健康的な人間の肉体を乗っ取り、見るもおぞましい醜悪な怪物へと変化させて他の人間に襲い掛かってくる。その数はあっという間に増加し、世界の総人口の四分の一がGに変わったところで、ようやく人類はまともな反撃を開始した。

 しかし戦況は劣勢の一途をたどる。戦える人間が真っ先にGに乗っ取られたため、人類側の戦力は大幅に低下していたのだ。各国は対策に悩まされ、仕方がなく戦力の補充として未成年の少年少女を戦わせることを決定した。これは日本も例外ではない。

 すでに国土の半分をGによって奪われていた日本は、先進国の中で真っ先に学徒兵の参加を決定。中学生から高校生までで戦闘に耐えられる学生は厳しい訓練を受け、次々に戦線へと送り込まれることになった。

 そして数年がたった現在、ついに首都東京が戦場と化し、その奪還を目指して多くの学徒兵が戦っている。その中で鉄平はようやく訓練を終え、投入されたばかりだったのだが……。

「まさかこんなことになるとはなぁ。しょっぱなからついてない……」

 唯一残された最後の武器であるナイフを胸に、鉄平は嘆きの言葉を漏らす。といってもいつまでもぼやいてばかりはいられない。身体の疲れは大分癒され、そろそろ行動を開始しなければならなかった。

 鉄平は机から顔を出し、辺りをそっと窺う。

 Gの侵攻によって喧騒が消えて久しいオフィスは静まり返っている。やはり敵の気配は一切感じられなかった。

 まだビルをうろついている可能性はあるかもしれないが、鉄平はこの間に脱出することにした。物音を立てないように慎重に動いてオフィスを出ると、そのままビルの裏口から抜け出す。

 ビルとビルの間にある狭い路地裏。

 そこにも敵がいないことを確認した鉄平は瞬時に自分の居場所を把握するべく、脳内に地図を思い浮かべた。任務の前に行動範囲の地図を叩き込んできたのですぐに判明する。

 合流地点として決められている市内の川にかかる鉄橋まで、およそ三キロほど西に位置する場所だった。敵に襲われてから随分と走った気がしたが、まだまだ距離がある。急がなければならなかった。

 ルートは二つ。多少目立っても距離を稼ぐため大通りを行くか、目立たぬようこのまま路地裏に沿って裏道から行くかである。

 一瞬、迷った鉄平だが大通りを行くことにした。狭い路地裏ではとっさに機敏な行動ができない。仮に逃げようにも挟み撃ちをされたらおしまいである。ならば見つかる危険は大きくても逃げ切れる広さをもった大通りの方がよさそうだった。

 Gは乗っ取った人間を多種多様な姿に変化させる。それはまるで昆虫のようだったり、獰猛な獣に似た姿だったりと一貫性はあまりない。ただ同じ地域には似たような姿を持つGが集まる傾向がある。それは同族意識なのかわからないが、おかげで対策は立てやすかった。人類とてただ駆逐されていたばかりではない。Gに対する分析と研究を重ね、有効な方策を編み出すこともしてきたのだ。

 今鉄平を襲っている敵はオードソックスな獣タイプのGだった。巨大な猿のような体躯で強力な牙と爪を持っている。力も強く頑丈だが反対に頭はあまりよくない。また動きもわりと鈍重で直線的だ。それでも人間と同じくらいの速度はあるが、囲まれなければ逃げ切れないことはない。まだ相当数がこの辺りをうろついているはずだが、見つかっても集まる前に引き離してしまえばいい。

 そう考えた鉄平は大通りに出ると、鉄橋を目指して走り出した。時々、獣の咆哮らしき物が聞こえてくるが見つかっている様子はみられない。

 このまま一気にいける――鉄平がそう思った矢先、断続的な銃声が聞こえてきた。

 はっとなって足を止めると、再び銃声と共に今度は男の悲鳴が流れる。

「た、助けてくれっ! 誰か、誰かいないか!」

 それは聞き覚えるのある声だった。鉄平と同じ隊に所属していた同い年の少年の声だ。

 名前は章雄。休憩している時に話しかけられ、彼と仲良くなったのを鉄平は思い出す。

(どうする……? 助けるか?)

 どうやら章雄は隣の通りで襲われているようだった。このまま彼を放っておけばGに見つからず抜けることができる。

 Gは人間を見つけると仲間を呼ぶ習性があった。現に今もこの場を目指して何体かのGが集まってきているはずだ。章雄を見捨てて自分だけ逃げるなら猶予はあまりない。

 しかし、鉄平は章雄と会話した時のことを思い浮かべた。話をしているうちに意気投合し、やがてお互いの家族の話になって彼は嬉しそうに鉄平へ語ったのだった。

「――俺、妹がいるんだよね。まだ小さいけど、すっげぇ可愛いんだ。俺の親父はGに殺されちまってさ、俺が兄貴兼親父みたいなもんなんだよ。だから学徒兵として戦場に送られた時、決心したんだ。俺はこいつを守るために戦って絶対生き残ってみせるってな……」

 鉄平にも弟がいるからその気持ちはよくわかった。

 学徒兵の者は大抵そうだ。大切な物を守るため、大切な人を守るために戦っている。たとえ怖くてもそれを支えするからこそ日々を生きていくことができるのだ。そしてそれは誰も汚してはならない唯一にして絶対の信念だった。

 ――例え相手がGでも、それは同じことである。

 鉄平はナイフを握り締めると、悲鳴目掛けて走った。

 角を曲がりしばらく行くと、腰が抜けたのか這いずり回りながら小銃を乱射する章雄と一体のGが見えた。恐慌しているせいか章雄の照準は全く定まらず、Gに当たっている様子は見られない。

 それでも牽制になっているのか、Gは威嚇するだけで近づこうとしていなかった。だが、それも時間の問題だ。乱射していればいずれ弾が切れる。そうすればそれが少年の最期だ。

(……早くしなければ他のGが来てしまう)

 章雄とGはまだこちらには気付いてないようだった。しかし下手に行動すると獲物が一人から二人になるだけである。鉄平の装備はナイフ一本。当然のようにこれではとても勝ち目がない。Gをひきつけ、なんとか章雄を連れてここから逃げ出す方法が必要だった。

 使える物がないかと辺りを見回してみるも、そううまくはいかない。ここはビルの建ち並ぶオフィス街だった。武器になりそうな物が置いてあるわけがなく、こんなことをしている間にも章雄と自分への危機は迫っていた。

(待てよ、あれならこの場所にもあるはずだ……)

 思いついた鉄平は側の雑居ビルの中に踏み込む。すると目当ての物がしっかりと階段の隅に設置されていた。それの消費期限がまだ有効かどうかはわからないが、他のを探している暇はない。

 鉄平はそれを持ち上げると、ビルを出て大声でGに駆け寄った。

「こっちだ! この化物っ!」 

 そう言いながら鉄平は手に持った消火器のピンを抜いた。

 Gに向けたノズルから勢いよく白煙が飛び出す。Gは鉄平の声に反応して向いた瞬間にその直撃を受け、呻き声を出して怯んだ。

「今だ章雄! こっちに来い!」

「わ、わかった!」

 鉄平の呼びかけに、我に返った章雄が腰の抜けた身体を何とか立ち上がらせ、慌てて駆け出してくる。

 章雄が十分な距離をとったところで、鉄平は未だ噴出し続ける消火器をGに向けて投げつけて自分も逃げ始めた。

 果たして、二人はその場から脱出することに成功したのであった。


 

「ありがとう。助かったぜ」

 とりあえず近くのビルに身を潜めた鉄平と章雄は、Gが追ってこないのを確認してから座り込んだ。その間に章雄は鉄平に何度も何度も感謝し、命の恩人だと褒めちぎっていた。

「いいんだよ。無事でなによりだし、一人よりは二人の方が心強いしな」

 章雄の褒めっぷりに居心地の悪い思いをしながら鉄平はそう答えた。冷静になって考えると自分でもよくできたと感心してしまう。武器もなくGに立ち向かうなんて所業は、運がよかったとしか言いようのない出来事だった。

「それより、章雄は他の仲間を知らないか? 俺が逃げたときは一人だったからわからないんだけど、他に無事な奴はいるのか?」

 鉄平がそう訊くと、章雄はわからないと首を振った。

「俺も無我夢中だったからな。最初は三人くらいで一緒に逃げてたんだが、追われるうちに一人、また一人ってはぐれていっちまった。時々誰かの悲鳴とか銃声が聞こえたけど、怖くてとても見になんか行けなかったよ」

「そうか……」

 鉄平は所属していた小隊の人数を思い出す。第二小隊は全部で三十名。うち、最初の戦闘で指揮官を含めて半分以上が死んでしまった。残ったのがあとどれだけいるのか途方もつかない。無事に生き残っていればいいのだが……。

「とりあえず早く合流地点に急ごう。ここからだとあと一キロくらいのはずだ。そこまで行けば救援要請で他の部隊が助けに来てくれるはずだ」

「ああ。いつまでもこんな場所にいるのは真っ平だぜ。早く行こう」

 先に立ち上がった章雄が鉄平に手を差し伸べてくる。その手を鉄平は握り返し、勢いをつけて立ち上がった。

 二人は慎重に前進を開始する。先ほどのGがまた襲ってくるとも限らないので警戒しながら進んだのだが、幸いなことに何も起こらなかった。

 やがて目の前に川が現れ、合流地点の鉄橋が見えてくる。橋の上にはまだ誰の姿もなかった。

「やっぱり、生き残ったのは俺達だけなのか?」

「……そうかもな。とにかく司令部に救援を求めよう。それにここで待ってればまだ生き残ったやつが現れるかもしれない。まだあきらめる必要はないさ」

 そう言って鉄平は無線を使い司令部に連絡をとる。返信はすぐに返ってきた。

「すぐにヘリを向かわせるってさ」

「そうか。やれやれ、これでやっと帰れるわけか」

 章雄は小銃を橋の欄干に立てかけると、自身ももたれかかって肩をすくめた。

「おいおい、まだ敵が来るかもしれないんだぞ? 最後まで油断するなよ」

「大丈夫だよ。ここまでくればもう来ないさ……と言いたい所だが、今回の任務を考えればそんなことも言えないか。ったく、何が簡単な哨戒任務だよ。司令部もいい加減だな」

「……そうだな」

 鉄平は嘆息する。この地域でGが掃滅されたのはもう大分前の話だ。それからGが現れたことは一度もなく、だからこそ新兵である鉄平達に任しても問題のない任務のはずだった。

 ところがGは何の前触れもなく出現した。これが意味することとは何なのだろうか。

「そう言えば、こんな話を聞いたことあるか?」

「ん?」 

 考え事をしていた鉄平に、章雄が気軽な感じで話しかけてきた。

「謎の少女の話だよ。見た目は俺達と同い年くらいらしいけど、何でも最前線の最も厳しい戦場ばかりに現れては、Gをまるで機械の様に殺しまわっているらしいぜ。その子のおかげであの大西侵も食い止めることができたとかなんとか……」 

 ――大西侵。

 それは数ヶ月前に起きたGの一斉侵攻のことだった。

 これまで東北を拠点にして散発的にしか攻めてこなかったGが、突然東京に向けて大量に進撃を開始。東京を守っていた守備隊はそれに襲われて混乱するうちに全滅。あわや東京は制圧され、そのまま勢いの止まらないGによって西への防衛ラインが破られるかと思われた。

 結局、奮起した軍が反撃して何とか防衛ラインの維持に成功。しかし東京の半分は敵によって奪われ、今も激しい戦いが行われることとなった。

 と、言われているのだが章雄に言わせると違うらしい。  

「これは訓練所の先輩から聞いた話なんだよ。あの大西侵の時、実は防衛ラインが一度崩壊したらしいんだ。突破したGはこれまでにない新型のGで、軍の裏をかいてそのまま静岡辺りまで一気に攻め寄せてきたんだ。あの辺りはまだ一般人が住んでいるだろ? だから軍もまだ訓練中の先輩達を使ってまでして防ごうとしたんだけど、もう食い止められないって時になって、その子が現れたんだ」

 それは、まさに奇跡としか言いようのない光景だったという。

 華奢そうな両腕に無骨な武器を抱え、Gの大群を相手にその少女は一歩も退かず、一人で果敢に戦い続ける姿はまるで鬼神。彼女の行くところにはGの死骸が山のように積まれ、士気の落ちた味方を率いて次々と活路を切り開いていった。

 結果、少女のおかげでGを撃退。防衛ラインを再び押し上げることに成功したそうだ。

「でも先輩が言うには誰も少女の正体を知らないらしい。上層部もそんな少女はいないって否定しているらしいし、先輩自身も今思うと夢だったんじゃないかってさ」

「そうだろうよ。そんな馬鹿馬鹿しい話があってたまるか。漫画やアニメじゃないんだし、そんな子が現実にいるわけないだろ。そんな英雄みたいなのがいるなら、今の俺達を助けてほしいくらいさ」

 鉄平が呆れ顔でそう言うと、章雄は「違いない」と歯を見せて笑った。


 ――それが彼の最期の姿だった。


 ぐちゃり、という音がして章雄の頭がなくなった。

 首から上を失った胴体が糸の切れた人形のように崩れ落ち、地面にゆっくりと倒れていく。

 一瞬、何が起きたのかわからなかった鉄平は、次の瞬間に悲鳴を上げて飛び退いた。

 その声を皮切りにして橋の下からのそりと姿を現すG。

 章雄を襲ったのはこの個体なのか、気持ちの悪い咀嚼音を立てながら血塗れの口元を動かしている。

 鉄平はそこでいつの間にか自分が囲まれていることに気付いた。

 後ろから、上から、左右からとあらゆる方向から鉄平を見つめる無数の瞳、瞳、瞳。

 鉄橋はまるで最初からそうだったかのように、完全な彼らの領域と化していた。

(そんな馬鹿な……こいつらがやってきた気配なんか全然感じなかったぞ……)

 生唾を飲み干しながら鉄平は思う。ほんの数分前までは確かに自分達しかいなかったはずなのだ。ところがそれはまるでたちの悪い冗談だと言わんばかりに、この逆転してしまった状況は一体どういうことなのか。

 待ち伏せ。

 その言葉が思い浮かんだところで、鉄平はそれをすぐに否定した。

 Gは驚異的な身体能力を得る代わりに本能が大きく肥大化し、知性という物に多少欠ける部分がある。中には頭が良いと言える個体もいるが、それも所詮は野生の動物レベルで、人間のようにまではいかない。圧倒的な数の優位に対し、人間側が何とか対抗できているのもそのためである。

 だからありえないのだ。もしこの場所で待ち伏せるとしたら、それは獲物がここに逃げ込んでくることを最初から知っていなければならない。

 さらに嫌な想像をすれば、道中Gが積極的に姿を現してこなかったのは、この狩猟場まで鉄平達を追い込むためだったのではないだろうか。

 だとすれば納得もいった。合流地点に仲間が誰も居なかったのは、無念にもたどり着けなかったのでない。

 たどり着いた末に、安堵したその一瞬を奴らに喰われたのだ。

 ――今の章雄と、これからの鉄平のように。

 Gの群れは不気味なくらいに静まり返ったまま、鉄平を冷酷に見下ろしている。

 鉄平は冷や汗を流しながらそれに違和感を感じた。普通ならとっくに彼に向かって襲ってきてもおかしくないのだが、どのGも我先にと動く気配が一切ない。

 まるで何かに統率されているかのような従順さ。

 そこで鉄平は最初に章雄を襲った個体が咀嚼をやめ、赤く染まった口元を妙な感じに引きつらせているのに気付いた。

 それは人間で言うなら嘲笑うかのような、表情。

 鉄平は全てを理解した。

 こいつが、親玉なのだ。

 仲間と鉄平達を追い込み、待ち伏せし、章雄を殺した元凶。

 章雄の話にも出てきた新型のG。その噂は鉄平も耳にしたことがあった。曰く、それはこれまでのGにない人間並みの知性を持ち、他のGを率いて人間を襲うらしい――と。

 最初はまさかと思った鉄平だったが、自分の目の前に現れてしまったのなら信じるしかない。新型は確かに存在していたのだ。

 そしてこのボスであるGは今楽しんでいる。哀れな獲物の片割れが次は自分だと恐怖に震え、うろたえている姿を。

 みっともなくあらゆる液体を流しながら、死を前にして怯える姿を。

 馬鹿にするなと鉄平は思った。

 訓練の時、教官は言っていた。Gの元が人間でも躊躇する必要はない。奴らはその尊厳を踏みにじるかのように同族の人間を喰らい、殺していく。その敵を前にしてためらうことは、元だった者を侮辱し勇敢に戦う戦友達を貶めることだと。 

 目の前のボスGが元はどんな人間だったか、もちろん鉄平は知らない。でもこんな酷いことをして喜ぶような人間でなかったのは確かなはずだ。仮にそうだったとしても、鉄平はそれを許さない。人間であろうとGであろうと、こんな外道を生かしておくわけにはいかなかった。

 だから鉄平は勇気を振り絞る。勝ち目はなくても、せめて奴に一矢を報いるために。

 未だ武装はナイフ一本ながら、鉄平はボスGに向けて一歩を踏みだした。ボスGはそれ見ておもしろそうに目を細める。そして巨体を揺らしながら鉄平にかかってこいといわんばかりに両腕を上げて咆哮した。

(上等だ……!)

 鉄平はナイフを手に突貫する。幸いなことに他のGはボスの戦いを見守るのか、動く気配はない。一対一なら勝率はたとえ一分だけでも上がる。その一分が今の鉄平にはありがたい。

 ボスGが鉄平に向かって腕を振り下ろしてくる。先に生える鋭い爪は容易に彼を引き裂く。わずかに触れただけでも巻き込まれたら終わりだった。

 鉄平はそれをとっさにブレーキしてかわそうとした。間合いなどわからないからほとんど勘だったが、間一髪で回避に成功する。爪が鉄橋のアスファルトにめり込み、破片をあたりに撒き散らした。凄まじい破壊力に肝が冷えるが、その間もなく次がやってくる。

 連続して繰り出される大振りな一撃。鉄平はそれを何とかかわしていく。

 新型のGは知性があるが攻撃は他のGと一緒で鈍重だった。落ち着けば鉄平でも避けられないことはない。それでも一発当たっただけで終わりなのだから、アドバンテージは圧倒的に向こうにあった。

 さらに鉄平は新兵だ。戦闘の経験はほとんどなく、その動きには無駄が多い。そもそも土台からしてGを相手に格闘を挑むのが間違っている。奴らはどんなに大振りな攻撃をしても早々に疲れることはないが、鉄平は動くたびにスタミナが失われていくのだ。やられるのは時間の問題だった。

 それでも鉄平は必死で機会を待った。身近に命の危険を何度も感じながら、その時が訪れることだけを願って耐え続ける。

 そしてそれはやってきた。

 ボスGが再び腕を振り下ろすその刹那、わずかな隙が生まれる。鉄平は全てを賭けてそこに目掛けて飛び込んだ。

 全ての動きがスローに感じる世界の中、Gの爪が自分の身体をすれすれで通り抜けていくのを鉄平は感じた。後に残ったのはがら空きのわき腹。しかし鉄平はそこには目もくれず、手のナイフを捨てて駆け抜けた。

 目指すはGの後方に放置されたままだった章雄の銃。今の鉄平がGに対抗するには、これこそが唯一にして最高の手段。勝負はボスGがこちらに向かって振り返るまでの一瞬にあった。

 鉄平は地面に落とされていた小銃を手に取ると、最速の動きで安全装置を外してボスGに銃口を向けた。

 この距離なら新兵の鉄平にも外すことはそうない。後はこの引き金をひけばいいだけだ。

 恐らく首尾よくボスGをしとめたところで、結局集まっている他のGによって彼は殺されるだろう。それでも章雄や他の仲間の仇をとるため、鉄平は残った弾でのフルオート射撃を実行しようとした。

 ――その瞬間、鉄平の目の前に大きな何かが飛び込んできた。

 鉄平は避けることもできずに直撃を受けて吹き飛ばされる。その衝撃でせっかく手に入れた銃もどこかに飛んでいってしまった。

 飛んできた物体ごと地面に叩きつけられた鉄平は、激痛を感じながらも我慢してそれをすぐに跳ね除けようとした。早く体勢を立て直さなければやられてしまうからだ。

 わずかに生暖かく濡れているそれに慌てて手を伸ばしたところで、鉄平はその正体を悟った。

 それは、頭を失った章雄の死体だった。

 ボスGは鉄平に攻撃を避けられた時、その場に転がっていた死体を抱え、そして鉄平が銃を手にすることを予測して投げつけたのだ。

 敵の目論見は成功した。鉄平はGを倒す武器と機会を永遠に失ってしまった。もはや、どうにもならない。

 のそりのそりとボスGが近づいてくる。

 鉄平は何とか起き上がるも、その場から動くこともできずにそのまま捕まってしまう。ボスGは無造作に胸から腰の辺りを掴むと、その手を万力のように締め上げた。

 鉄平の肺の中の空気と共に、悲痛な悲鳴が漏れる。

「うわああああああっ! ぐうっ、あああああああああああああ……!」

 内臓と骨が圧迫され、身体の奥からミシリミシリという音がし始める。ボスGは一気に殺すようなことはせず、鉄平をわざと痛めつけるかのようにじわじわと力を上げていった。周囲のGがそれを囃し立てるかのように耳障りな叫び声をあげはじめた。

 鉄平の頭が次第に白く塗りつぶされていく。意識が遠のき始め、視界が狭まっていくのがわかった。

(ごめん……兄ちゃんはもう……だめだ……)

 鉄平の脳裏に小学生の弟の顔が思い浮かぶ。

 Gの襲撃により故郷と両親を失っても、弟は健気に笑顔を見せながら兄である鉄平についてきてくれた。学徒兵として招集され、遠い親戚に預けなければならなくなった時もしっかりと見送ってくれた。

 いつか弟のためにも平和な世界を取り戻したい。その一心で辛い訓練にも耐え、鉄平は戦ってきた。

 それが今、このGによって無駄になる。

 せめて最期まで睨み続けてやろうか。

 そんな想いが沸き起こり、背骨が砕けそうになる寸前、閉じかけていたまぶたを気力で開いた。

 

 ――それは、死ぬ間際の夢か幻か。


 鉄平は、信じられないものを見た。

 一人の少女が天使のように戦場へ舞い降りていたのだ。

 その少女の手には、とても似つかわしくない無骨な武器があった。それは何重にも金属に覆われた破壊の権化――対物ライフル。

 少女が鉄平の方を向いた。鉄平は締められていることを忘れて彼女を見つめてしまった。

 鉄平の視線に少女は小さな口を開き、言葉を紡いでみせた。離れたところにいながら、鉄平にはその言葉が何となく聞こえたような気がした。


「……がんばったわね」


 ライフルが火を噴く。鋼の鉄槌とも言うべき銃弾があらゆるものをなぎ倒していく。薬莢の落ちる音がする度に、取り囲んでいたGが一体、また一体と肉片に姿を変えていった。

 相手がGであるが故に、対物ライフルで生物を狙う容赦のない一撃。

 それはボスGも例外ではなく、仲間が次々と打ち倒されていく中で、まず鉄平を掴んでいた腕を吹き飛ばされ、怒りの咆哮をあげる間もなく穴だらけにされた。その威力の前には、知性など何の関係もなかったのだ。

 もちろんGもただやられていただけではない。ボスがやられても何体かは銃弾を潜って少女に殺到しようとした。

 見た目はいたいけそうな少女だ。近づかれたら成す術もないだろう。

 ぼんやりとする視界の中、倒れ伏して喘いでいた鉄平は危ないと血を吐いてまでも叫ぼうとした。 

 が、それは杞憂だったとすぐに証明される。

 右手にライフルを抱えたまま、少女は左手に持っていた巨大な剣を振るった。その切れ味は凄まじく、すれ違いざまにGを次々と真っ二つにしていく。恐るべきはその膂力だった。片手ながら剣筋はまったく揺らぐことはなく、同時にライフルも軽々と取り回して相乗効果でGを殲滅する。

 これが人間の業とはとても思えない。

 さっきは天使と称した鉄平だったが、今は少女に対して別の名前が浮かんでいた。

 鬼神。人間と同じGの赤い血に塗れるその姿はまさに鬼神だった。

 そういえば章雄は言っていた――戦場に現れる謎の少女のことを。今の鉄平ならわかる。この少女こそがそれなのだ。

 鉄平は静かに目を閉じた。自分の命が風前の灯となって消えつつあるのを感じるなか、それでもどこか気分は安らかだった。

 彼女ならきっと守ってくれるはずだ。たとえ鉄平がいなくても、弟のいるこの世界を守り続けてくれる。

 最期に少女に向かって礼を言いたかった鉄平だが、弱まる息ではもはやそれも叶わない。

 それでも心の中で呟くと、未だ人外同士が戦い続ける音を聞きながら、鉄平はついに意識を失った。

 

 

 遠くで、誰かが呼んでいる。

 幸せな夢の中、鉄平は暖かい腕に抱きかかえられてその場所を目指した。



 行きと同じ輸送ヘリに乗りながら、少女は暮れていく空を眺めていた。

 茜色に染まった夕焼け空は、たとえここが戦場の上でも美しく広がっている。この光景が少女は好きで、見ているとつい感傷的になってしまう癖があった。嫌な任務の後なら尚更だ。

 今回の任務はいつもに比べたら簡単な物のはずだった。

 少女の訓練のために輸送していたGが不手際で逃げ出したため、その殲滅が目的だったのだ。

 だが問題が発生した。それが機密扱いだったため、運悪くその地域で哨戒任務をしていた小隊に連絡が行き届かなかった。

 その結果は――

「――任務にあたっていた小隊はほぼ全滅。三十名中、指揮官を含む二十八名が死亡を確認。一名が行方不明、残りの一名が重傷……予想よりも損害が増えたな」

 隣に座っていた上官の壮年男性が、簡単な報告書をめくりながら言う。

「……私をもっと早く投入すれば、よかったんじゃないの?」

 少女は上官にちらりと視線を向けながら呟いた。彼は眉一つ動かさずそれに答える。

「それではあまり意味がない。今回は一般の兵士が新型のGに対して、どれだけ対抗できるかを調べるにはとても良い機会だった。大西侵以降、新型の数は確実に増えてきているという調査結果もでている。軍としてはデータをもっと取る必要があるのだ」

「……」

 非情な軍の判断に少女は閉口する。つまりその小隊はデータと引き換えに切り捨てられようとしたのだ。少女がもう少し遅く現場についていたら、確実に全滅していただろう。

 そう――それでも全滅ではないのだ。

「あの少年は、どうなったの?」

 少女が訊くと、上官は報告書の項目をしばし目でなぞってから言った。

「彼は病院に搬送された。報告だと重傷だが命に別状はないそうだ。ただ全身打撲な上に内臓をかなり損傷しているようだな。多分、兵士としてはもう使い物にはならんだろう。しかし十分に役には立った。彼には守秘義務を負う代わりに普通の生活に戻ってもらおう」

「……そう。よかったわ」

 上官は少女のどこか嬉しそうな様子に訝しげな目をしたが、何も言わず報告書を読むことに戻った。 

 少女は相変わらず空を眺め続けながら、戦場に居た少年のことを思った。

 彼は勇敢に戦った。何の特別な力もない少年の兵士が、Gを相手に立派に戦ってみせた。ベテランの兵士でも尻込みする状況だったにも関わらずだ。

 少年の心情を察することはできない。話をする前に彼は意識を失ってしまったからだ。結局少女が運んでいる間もついに目を覚ますことはなかった。

 それでも、少女には何となくわかるような気がした。

 少年は、ただ守りたかったのだろう。

 家族か、友人か、恋人か、或いはその全てか。少年にとって掛け替えのない物を守るため、少年は命を賭けて戦った。

 そして勝った。少年はその信念を守り通すことができたのだ。

 その時、報告書を読んでいた上官が通信を受け取った。上官は一言二言それに返信すると、少女の方に顔を向ける。

「……残念だがこのまま帰ることはできなくなった。奥多摩で大規模なGの出現が確認されたそうだ。駐留している部隊だけでは手が回りそうにもない。このまま救援に向かうぞ――準備はいいな、アリア」

「はい」

 少女――アリアは首肯する。

 操縦席にも命令が伝えられたのか、ヘリは大きく旋回して変更された目的地を目指し始めた。



 少年の戦いは終わった。

 だが、アリアの戦いはまだまだこれからである


 →To the next battlefield

タイトルにもあるように、これはパイロット版です。

この話の中にある伏線はいずれ書くかもしれない本編で明かせればいいなと思っています。

といっても、まだ設定もろくに作っていないですけど……。

ここまで読んでくださった方、ぜひ感想をお聞かせください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 怪物と戦っているだけで、独自性や意外性が微塵も感じられない。典型的なB級作品である。読む価値はない。
2007/01/26 09:51 通りすがり
[一言] 意表を突く展開は読み手をちゃんと意識されている証ですね。 結末で敵を打ち倒すだけが真の勝利ではないと、しっかりまとめられていて良いと思います。
[一言] 物語の見せ方はスムーズでいい感じでしたが、物語設定も人物設定もありがちといえばありがち。展開は、意地悪く言えばご都合主義。厳しめ評価でスミマセン。
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