弐、
目を覚ましたら、近くにだれかいる。ぬくもりに触れている。
それが、こんなに安心できるものだとは、正直ボクは思っていなかった。
「……」
寝惚け眼のボクは腕の中ですやすやと眠るか細い小鳥に微笑みかけていた。
朝焼けの色が彼女を照らす。端女として働いていたとは思えない美しさだ。よく、遊郭に売られなかったなとボクは素直に思った。
「焔」
小さく呼ぶと、彼女はうんとかすれた声を上げて、まぶたを震わせた。
「まだ、眠っていると良い。朝早い」
そういっても彼女は起きてしまった。
目をしばしばとさせて隣に寄り添っている男を見つめている。
「焔?」
もう一度呼ぶと、ようやく目が覚めたようでびくりと体を震わせて慌てて寝台から出ようとした。
「おい、ちょ、待てって」
落ちそうになった彼女を抱きとめて動きをとめた。
しまった。早まった。
ピクリとも動かなくなってしまった彼女に、ボクは内心舌打ちをした。
体を強張らせて顔を真っ赤にしている彼女をそっと離してボクは寝台から出た。
「熱は下がったね」
こんなに顔が真っ赤じゃわからないが、たぶん、動けるんだから回復はしたのだろう。
かすかに痛む傷をさすりながらボクは近くにあったイスに腰掛けて、傍らにつく。
「何故……?」
かすれた声に、ボクは肩をすくめた。
「キミが倒れたんだ。寝台まで運んでもらって、薬を飲ませるのに抱きかかえたらキミがしがみついてきてな」
「わたしが? ……すいま、せん。はしたないまねを……」
「べつに良い。気にしてはない」
体を縮こまらせてそういう彼女が愛おしくなった。だが――。
「すこし、聞きたいことがある」
優しいだけの時間はこれで終わりだ。彼女にはどうしても聞かなくてはならないことがある。
「なんでしょうか……?」
ボクの声がすこしだけ強張ったことを感じたのだろう。
今まで意志の疎通の手段のなかった彼女はそういうことには敏感になっているのだろう。
「キミのご両親のことなんだが」
まっすぐと彼女をみてそう切り出すと、焔は目を伏せてボクから目をそらした。
「わたしの両親は、もういません」
「……ボクと同じような顔立ちをした男に、殺されたか?」
ボクは髪を掻きあげて父に生き写しだとよくいわれる顔をさらした。
あれと同じように片頬を釣り上げて笑ってみせる。
ボクが気難しいといわれるのは仏頂面のせいだろう。だが、仏頂面にしていないと、父と間違われるのだ。
「……はい」
うなずいた彼女にボクの体の力が抜けた。
掻きあげた髪を元通りにして、ボクはうつむく。
「……そう、か」
ボクはそういって、目を閉じた。
そして、腹のそこに力を入れるように声を振り絞った。
「こんな男の世話などもうしたくないだろう。……体が治ったらどことへ行きなさい。そこの町であればキミを歓迎してくれるだろう」
「え……?」
焔はキョトンとボクをみる。ボクは目を合わせられずに、歯の奥から声を絞り出す。
「ボクはキミの、仇の息子だ」
それだけをいうとボクはその場から立ち去った。彼女の前にいることがボクには耐え切れなかった。
この、汚らわしい血がボクの体を流れていることがボクには耐えられない。
様子を見に来た春に不審に思われながら、ボクは自分の寝室へ帰った。