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わたしとボクのぬくもりの距離。  作者: 真川紅美
弐:真実
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弐、 

「おまえが起きるまでおまえの身の回りの世話全部やってきたんだ」

 薬師の背中を見送って兄が口を開いた。

 その言葉に驚いたが、うっすらと覚えているのはこの子の存在だった。

「休みなしに?」

「ああ。それはもう、献身的でな、オレもこんな……」

「どんな妻を所望でしょうか?」

 言葉の先を読んだしり上がりの声に兄の顔が引きつる。

 兄の妻、ボクにとっての義理の姉が気を利かせて桶と手ぬぐいを持ってきたのだった。

「いやいや、俺にはおまえだけで十分だ」

 化けの皮がはがれた兄の暴言を予想していたらしい薬師らしい手配だ。にこやかに、そして華やかに笑って見せた義姉はボクに近寄ってきた。

「左様にございますか」

 「か」の時に思い切り兄の足を踏みつけて義姉は近くの机におけを置いて、その中の水に手ぬぐいをくぐらせてぬらした。

 兄は変に声を詰まらせてつま先を押さえてうずくまった。

 内心バーカといってやると、義姉は優しく笑ってボクにその手ぬぐいを差し出した。

「これを額に」

 慈しむ美しいかんばせに、ボクはうなずいてその細い手から手ぬぐいを受け取って焔の額の髪を掻き分けて乗せた。

「良い子ですね」

 義姉はそういって焔の顔を見、笑う。

 痛みから回復した兄もうなずいてボクの隣に立つ。

「俺もそう思うよ」

 そして、しばらく経って、薬師が風邪薬を作って持って来た。

 飲みやすいようにと丸薬のそれを彼女の口に含ませると、案の定吐き出した。彼の薬は苦いのだ。

「あ、なんで吐き出すかなー」

「だってまずいからでしょ」

「まずいって、まずいもの飲みたくないから風邪引かなくなったんでしょー」

 兄の幼馴染の薬師はそういって兄をみるが、兄はどこかに吹く風といったようにそっぽを向く。

「おまえの商売を繁盛させたくないからに決まっているだろう? まあ、がんばって飲ませてやってくれ」

 そういって兄は義姉と薬師、その他侍女を引き連れて部屋を出て行ってしまった。

「飲ませてやってって……」

 手のひらに吐き出された半分溶けかかったその薬に、ボクは途方に暮れたが、左腕で彼女を抱き起こしてもう一度口の中に入れた。

「飲め」

 強い口調でいうと、彼女はひくりと息を呑んでこくんと飲んだ。

 その後にまずそうに顔をしかめるのをみて、僕は一人笑っていた。まるで子守りをしているような気分だ。

「良い子だ」

 そういって頭を撫でて、水を含ませて味を薄めてやる。

 そして、彼女を寝かせてようと、そうっと体を傾けながら寝台に彼女を横たわらせると、焔は夢うつつなのだろう。

 ぼんやりとボクを見上げ、そして、両手をボクに差し伸べてきた。

「焔」

 さすがに驚いたボクが声を上げるが、彼女に声は聞こえていないらしい。背中に回してきゅっとしがみつこうとする彼女に、ボクは動揺していた。

「どう、すれば……」

 辺りを見回して助けを求めようとしたが、それははばかられる。

 泣きそうに眉尻を下げながらコトンと枕に頭を預け眠ってしまった彼女に、ボクは、深くため息をついて、彼女の意思に従うことにした。

 履物を脱いで、彼女に負担にならないように隣に横たわる。

 腕は回されたままになるから、ボクの下敷きになってしまう腕を僕の胸に持ってくるとぎゅっと胸元の衣をつかんできて引き寄せてきた。

「焔……?」

 左側を下にして、ボクは彼女を引き寄せる。

 自然と抱きしめあう格好になった気恥ずかしさがあるが、今までにないほどの力でしがみついてくる、ぬくもりのある彼女の体に驚きながらも、なぜかほっとしていた。

「……」

 ボクもまだ床についていなければならなかったんだと思う。

 隣にある生命あるぬくもりと、確かな重みを感じながらボクたちはいつしか眠ってしまっていた。

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