弐、
それからは夢うつつだった。
激痛にさいなまれたかと思ったら、温かい指先がボクの手を包み込んでくれたり、髪を撫ぜられたり、頬を撫でられたり。
声は聞こえなかったが、うっすらと覚えているのは紅い髪だった。
そして、ふと、目を開いた。
天井の暗さに不思議に思いながら、ボクは体を起こす。さらりと、いつもは束ねている、母に似た黒い髪が背中に揺れてくすぐったかった。
右肩から左の腹までに引き連れた痛みを感じたが、動けないほどではない。
ボクは布団をはいで、寝台の隣においてあった履物に足を突っ込んで、ふらふらする体を叱咤しながら寝室を出た。
「紅さま?」
湯殿を使っていたらしい焔が素っ頓狂な声を上げる。
髪を拭いたままの格好できょとんとボクのことをみて、そして、頭が理解したらしい。彼女はボクに駆け寄ってきた。
だが、ボクまであと数歩というところで彼女の体が傾いだ。
「焔!」
ボクが慌てて駆け寄って受け止めると、急な動きに耐え切れなかった傷が痛みを発する。
息を詰まらせて痛みをこらえたボクは、ボクに寄りかかったままでいる焔を見下ろした。
「焔」
「ごめ、んなさい。ちょっとふらっとしただけで」
そういって立とうとするが、体に力が入っていない。ひとまず彼女を床に座らせてみるが、一人で座れないようで、ボクに体を預けてくる。
触れ合う部分がとても熱かった。
湯殿から上がったばかりだからだろうか。
「焔」
くたりとボクに体を預けて焔は目を閉じて浅く息をついている。けがをしているボクには荷が重い。
「だれぞ」
よく通る声でそう呼ぶと、がたがたとあわただしい足音が聞こえてきて、ぞろぞろと人がなだれてきた。
兄と、薬師と春と、その他侍女達だった。
「おま、いつの間に起きた」
「いきなりお起きになられるとは相当回復したようで」
「小言はあとで聞く。この子を」
「お?」
兄はボクの胸に寄りかかっている焔をみてうれしそうな顔をした。
「だれか、赤飯」
「だれがやるか」
薬師がすかさず近場にあった内履きで頭を殴る。見慣れたやり取りにボクはふっと息を吐いて焔を見おろした。
そして、薬師は、ボクの顔色を確認してから焔の顔をみて苦笑をした。
「栄養失調に、疲労。ちょっとした風邪で熱が出ているようです」
「ボクの寝台に」
「それはだめだな。それに貧血もとれていない。だれか、そこの部屋の寝台を用意してくれるかな」
なだれてきた侍女の何人かにそういった薬師は、ボクの胸にいる焔を取り上げて横抱きに抱き上げると、すぐに用意ができた寝台に彼女を寝かせた。
「風邪薬を作りましょうね。すこし待っていてください」
侍女達も、それにしたがって引き下がる。部屋には意識を失ってしまった焔とボクと兄が残った。