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わたしとボクのぬくもりの距離。  作者: 真川紅美
参:想い
13/16

参、

 紅さまの元から去ったわたしは、庄屋さんの家にごやっかいになっていた。

「私はあの男の父親に妻と娘を殺されてな。それと兄夫婦も」

 と、先代様の恨み言をなにもいわずに聞いていると、その姿勢がいたく気に入ったみたいで、屋敷の一部屋を貸してやる。好きなようにするがよいと庄屋さんは豪快に笑った。

 そして数日が経つ。

 紅さまの側にいないことが正直辛かったが、仕方あるまい。

 わたしがいれば、彼は辛い思いをなさるのだ。

 わたしに、別れを告げたあの時の声が忘れられない。

 泣きそうなのに、力強い、不思議な声音。きっぱりといわれた言葉にわたしは悟った。

 もうここにいてはならないと。

「……」

 一度、紅さまと町に出たときに買ってくださったほんの些細な珠飾りを懐から出す。

 瑠璃色とよばれる青空をもっと深くした色の珠が、藍染めされ美しく組まれた紐に通されて、揺れている。

 本当は腕に通すものらしいが、侍女の私がそれをするのは少しおかしい。そう思って、ずっと懐に持っていたのだ。

「……」

 わたしは声を漏らすこともなくただそれに視線を落としていた。

 今、彼はなにをしているだろうか。

 そう考えていると、やおら、部屋の外が騒がしくなる。

 わたしは、それを元のようにしまってかしこまる。だれだろうか。侍女たちがとてもうるさい。

「失礼仕る」

 慣れた声にわたしは息を呑んでいた。そこにいたのは蓮さまだったのだから。

 蓮さまはわたしの姿をみて安心したように息を漏らしてわたしの頬に、まるであの時のように手を伸ばした。

「ここにいましたか」

 そんな言葉にわたしの肩に入っていた力も抜けてしまった。

 ほっと息をついたわたしに、蓮さまはあとから来た庄屋さんになにか小言をいって、それから侍女に部屋を準備させて、何故出て行ったのかと、わたしに聞いた。

 まさか、この庄屋の前に、紅さまのためだとはいえない。

 むしろ紅さまを嫌って出てきたのだといわなければならない。それなのに、声が出なかった。

 そんなわたしを見抜くように蓮さまは鋭い視線の中に柔らかなものをはらませていた。

 そして蓮さまは最後に外で話したいと庄屋さんにいった。

 庄屋さんはなにか不満があるようにしていたが、蓮さまの最後に送ってもらいたいのですよというやわらかい言葉に折れた。

 紅さまのように引き寄せる蓮さまにわたしは寄り添いながら、秋風吹きすさぶ外へ足を踏み出していた。

「何故出て行った?」

 強い口調で聞かれた言葉にわたしは正直に話していた。

 紅さまにいわれたこと。自分の思い。

 蓮さまはただその告白を静かに聞いて、受け止めてくれていた。

 そして、紅さまをここに来させるからといって屋敷にお戻りになった。

「最後になんとお話をされたんです?」

 庄屋さんの屋敷に戻ったら庄屋さんに聞かれた。

 蓮さまにいわれたとおりに話すと、庄屋さんは目を見開いて、そっと顔を伏せた。

「だからですか」

「そうみたいです。……あの、お茶のお片づけとかは?」

「キミは私の家の端女ではないのだからそんなことを気にしなくて良い。夕飯まで、時間があります。お湯殿で体を清めなさい。衣は侍女に用意させます」

 その言葉に甘えて頭を下げるとわたしはお湯殿で体を清め、上がった。

 そして、衣を脱ぐところにかけられていたのは一枚の、綺麗な着物。

 わたしは、肌着を着て、その着物に触れて震えた。

「何故……?」

 かすれた声を聞いたのか、一人の侍女がそろそろとはいってきて着替えを助けてくれた。

 まるで、この屋敷の娘になった気分だ。

 そう思いながら、夕飯が出来上がっていますという声を聞いて、部屋へ急ぐ。

 そしてそこにいたのは、庄屋の親戚だという人間全てだった。

「ああ、雨」

「ユゥイ?」

 首をかしげると、庄屋さんがこほんと咳払いをして、みんなに説明をした。

 あまりに幼いころにここを出たから覚えていないのだと。

「どういう?」

 訳のわからないわたしに庄屋さんはなにかをはらませた目で見下ろした。

「キミは私の兄夫婦の子供なんだよ」

「なぜ……」

「その夕日色の髪が目印さ。兄の妻はキミと同じ髪を持っていた」

 そういって、庄屋さんはわたしに、懐紙に包まれた重たいなにかを手渡した。

 わたしはとりあえず席につきながらそれを開けると、見事な蒔絵の施された懐剣が一本と、こよりに束ねられたわたしと同じ色の髪があった。

「それはお母様の遺品だ。そして、これが、遺髪だよ」

 そういって庄屋さんはいってわたしの肩を抱く。

 ぞわりと鳥肌が立つ。

 紅さまや蓮さまに抱かれるときとはまるで違う感触にわたしは肩を縮こまらせていた。

「やっと帰ってきたね」

 そんな言葉を上の空で聞きながら、袖で涙を拭く彼らを一枚隔てたところでみていた。

そして、いつもよりにぎやかな夕飯は終わって、お開きになる。

 夜中、ある声を聞いた。

「本当にやる気か?」

「ああ。今やらねばできない。絶好の機会だぞ。蓮さまがいなくなるのは」

「それはそうだが……」

 わたしは寝た振りをして、ふすまを開けられたのをやり過ごす。

 耳は生きている。

 廊下を行く声が、紅がどうのとか蓮がどうのとかをいっているのを聞きながらわたしは嫌な予感を膨らませていた。

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