幕間
「あと」
「なんだ?」
外に出る仕度を始めた俺に陽は振り返って片目を眇めた。
「隠してもムダだ。何日後に都に行く?」
さすがにばれたか。
父があんなことになった以上俺が都に出仕しなければならない。
その知らせが来たのは昨日。そして、出仕が始まるのは――。
「四日後。五日後から出仕だ」
「ずいぶんと急だな。で、ここは紅に任せるのか?」
「ああ。そのつもりだ」
「そうか」
陽はそういってそっと目を伏せて唇に手を当てた。考え込むときのこいつの癖だ。
言葉を待っていると信じられないことをいった。
「紅が、町人から暴力を受けていることを知っているか?」
「あ?」
しり上がりの俺の声に陽は眉を寄せて深くため息をついた。
「本当は、あいつから口止めされていることなんだが、な」
そういって陽は、あいつが元服を迎えた辺りからしょっちゅう青あざの治療にお忍びで来ていたことを話した。
青あざだったら転んだのだろうと理由がつけられたが、だんだんその青あざの程度がひどくなってきているという。
そして、最近はあばらを折って、痛みを鎮める薬をくれ、といってきたり、明らかに石で叩かれた傷の手当を頼んできたりと、けがの程度自体、ひどくなってきているらしい。
「一度、自白剤を飲ませて話を聞いたところ」
「おい」
「聞き流せ。……ボクが責任をとればいいんだ。みたいなことを延々と話してて、聞いているこっちがうつになりそうだった」
「責任?」
「ほら、親父さん、あそこの町の人たち一杯ヤってたでしょ? その復讐としてあいつにしわ寄せが来ているみたいなんだ」
「馬鹿なことを」
そう呟いていた。陽もうなずいて、ため息混じりに外をみた。曇りがちな空が、色づき始めた山々を煙らせているようだ。
「最近あいつの仏頂面がひどくなっているといっていただろう」
「ああ。表情をみせることが少なくなった。……焔がきてからはそうでもなくなったが」
「痛みを隠すために、いつもあんな表情をしている。あばらもまだ治っていないはずだ」
「あばらって、どうやったら折れるんだ?」
「高いところから突き落とされて胸からいったり、こぶしでも案外折れる。たぶん後者だね、こんな感じに」
そういって陽はこぶしを握って軽くだが俺の右側のあばらに引っ掛けるように当てた。
「痛くないか?」
「相当痛いと思うな。一時期飯を食わなかっただろう」
「ああ。あいつの膳だけかなり残っていたな」
「そういうこった。これから去る領主様に耳寄りな情報だ」
そう冗談めかしていう陽に俺は憮然としてみせて、外に出た。
庄屋に小言をいおうにも現場を押さえなければ効果がないなと思いながら用意された馬をまたがって、駆った。
「領主様!」
庄屋の侍女が出迎える。
俺は馬を渡して会釈をそこそこ、無礼を承知で屋敷に上がりこんだ。
「領主様、ずいぶんと……」
「ご託は良いです。……こっちか」
ばたばたと侍女たちが向かう部屋に見当をつけて案内を無視して離れの部屋を目指す。
「領主さま、困ります」
「困れ」
俺はそういってづかづかと入り、離れのざわついている部屋のふすまに手をかけた。
「失礼仕る」
そういって開けると、そこには見慣れた顔の少女、焔がいた。
「蓮さま」
「やはりここにいましたか」
膝をついて少女の頬に手を伸ばすと嫌がるそぶりをみせずにただ俺をみて目を潤ませていた。
「領主様」
慌てた風の庄屋が現れる。焔の肩に手をかけて俺は、庄屋をみる。
「あなたの立ち会いでこの子に聞きたいことがあると、先触れを出したはずですが? こんな離れに隠すように。さては私が来たら彼女は消えたとはぐらかすおつもりでしたね?」
穏やかな声でにらむと庄屋は俺の中に隠された父の面影を見出したように震えはじめた。
「今後の信用問題になりますよ?」
そう脅すと庄屋はその場に土下座をした。これぐらい懲らしめれば良いか。
焔をかばいながら立ち上がると、侍女に命じて場を作らせた。