【序章‑7】信長の回想:藤吉郎との初対面
信長は歩きながら、ふと藤吉郎の顔を思い浮かべた。
あの軽さの奥にある鋭さは、今日に始まったものではない。
(あやつと初めて会ったのは……)
まだ信長が尾張をまとめきれていなかった頃。
城下の雑踏の中で、ひときわ落ち着きのない若者がいた。
痩せて、背は高くなく、衣も粗末。
だが、目だけが妙に動いていた。
(よく動く目だった)
その目は、
人の顔、足の向き、声の調子、
すべてを一瞬で拾い上げていた。
信長が近づくと、
若者は驚いたように頭を下げたが、
その目だけは信長の“気配”を測っていた。
(あの目は……戦場の兵の目ではない)
恐れでも、忠でも、虚勢でもない。
ただ“生き残るために世界を読む目”。
信長はそのとき、
若者の名を聞いた。
「藤吉郎、と申します」
声は軽い。
だが、その軽さの奥に、
沈まぬ火のようなものがあった。
(使える)
信長はその瞬間に判断した。
理由はなかった。
ただ、あの目が“動く者の目”だった。
宗春の“静けさ”とは対照的に、
藤吉郎は“動き”そのものだった。
(静けさを読む者と、動きを読む者……)
信長は今日、宗春の言葉を聞き、
藤吉郎の目を見て、
幼い日の茶室の光を思い出した。
そして気づいた。
(わしの冬を支えるのは、この二つか)
静けさの底に沈む価値を読む者。
人の揺れと欲を読む者。
宗春と藤吉郎。
二人はまったく違う。
だが、どちらも“使える”。
信長は歩みを止めず、
ただ静かに思った。
(冬は、ひとりでは深まらぬ)
九十九髪茄子の光は、
宗春の春と、藤吉郎の動と、
信長の冬をひとつに結びつけていた。




