表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天下人の茶室  作者: rhmgr
4/17

【序章-4】宗春の余韻と藤吉郎の“動”

広間を辞したあと、宗春はしばらく足を動かせずにいた。

廊下に流れ込む秋の風が、広間の冷気とは違う、少し柔らかな温度を帯びている。

その温度の差が、さきほどの光景をいっそう鮮やかに思い出させた。

九十九髪茄子の飴色の光。

障子越しの冷たい光を吸い込み、静かに燃えるような深さ。

信長の横顔に映った、あのわずかな揺れ。

宗春は胸の奥に、まだその光が残っているように感じた。

廊下の先には、庭へ続く縁側がある。

宗春は吸い寄せられるように歩き、縁側に腰を下ろした。

庭の苔は薄い陽を受けて、ところどころ銀色に光っている。

風が吹くたび、竹の葉がかすかに触れ合い、冷たい音を立てた。

宗春は、膝の上で手を組んだ。

その指先には、まだ木箱の冷たさが残っている。

(静けさ……)

自分が口にしたその言葉が、広間の空気とともに蘇る。

名物の価値など知らない。

だが、あの器から立ちのぼった“気配”だけは、確かだった。

静けさ。

深さ。

沈む光。

それは、宗春がこれまで触れてきたどんな器とも違っていた。

(あれが……価値なのか)

宗春は、信長の言葉を思い出した。

「静けさの中にこそ、力は宿る」

その意味はまだわからない。

だが、胸の奥で何かがゆっくりと動き始めているのを感じた。

それは、光でも音でもなく、ただ“温度”として広がる。

庭の向こうで、誰かの足音がした。

宗春は顔を上げた。

藤吉郎が、にやりと笑いながら近づいてくる。

その笑みは軽いが、目だけは妙に鋭かった。

「おい、宗春。固まってどうした。名物に魂でも抜かれたか?」

宗春は返事に困り、ただ首を振った。

藤吉郎は縁側に腰を下ろし、足をぶらぶらさせた。

その動きは子どものように軽いのに、視線は宗春の胸の奥を覗き込むようだった。

「まあ、わからんでもない。あれは……すごいもんだ」

声は軽い。

だが、その奥にある“何かを嗅ぎ取る気配”は隠せていない。

宗春は横目で藤吉郎を見た。

この男は、軽口を叩きながらも、誰よりも早く信長の“次の一手”を読む。

「宗春」

藤吉郎が、足を止めて少し真面目な声で言った。

「おまえ、さっき信長様に褒められたな」

宗春は驚いて藤吉郎を見た。

藤吉郎は笑っていない。

秋の光を受けたその目は、宗春の“静けさ”とは違う、

動き出す者の光を宿していた。

「信長様に“よい目だ”と言われるのは、そうそうないぞ。

あれは……おまえの始まりだ」

宗春の胸の奥で、また小さな温度が広がった。

それは、九十九髪茄子の光と同じ温度だった。

庭の竹が、風に揺れて音を立てた。

その音は、静かで、深く、どこか温かかった。

宗春は、ゆっくりと息を吸った。

自分の中で、何かが確かに芽吹き始めている。

それはまだ小さく、弱く、形もない。

だが、確かにそこにある。

信長の冬の美学の中で、

宗春の春が、静かに動き出していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ