表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天下人の茶室  作者: rhmgr
14/18

第2章 藤吉郎の“動”(1570〜1573) 【第2章‑1】動の気配(1570年・姉川前夜)

元亀元年(1570)。


織田・徳川連合軍は、浅井・朝倉連合との決戦を控え、北近江へと進軍していた。

姉川を挟んで両軍が対峙し、戦は目前に迫っている。

浅井長政は信長の妹・お市を娶り、同盟関係にあったはずの男だった。

だが、朝倉義景への義理を優先し、信長を裏切った。

その裏切りは畿内の秩序を揺るがし、信長はこれを断ち切るために北へ向かっていた。


宗春は信長本隊の後方に位置する小隊に随行していた。

冬の茶室で“沈む光”を見てから数ヶ月。

宗春の目はまだ“静けさ”を捉えることに慣れ始めたばかりだったが、

戦場の空気は茶室とはまったく違う温度を持っていた。

朝の冷気は鋭く、兵の息は白く曇る。

甲冑の擦れる音、馬のいななき、遠くで響く陣太鼓。

そのすべてが、宗春の胸の奥に重く積もっていく。

だが──

その張りつめた空気の底に、宗春は“別のざわめき”を感じていた。

それは光ではない。

沈むでも、揺れるでも、立つでもない。

もっと速く、もっと熱く、もっと粗い。

宗春がその正体を探ろうとしたとき、

前方から馬の蹄の音が近づいた。

「おい、宗春」

声は軽い。

だが、その目の奥に宿る光は、以前よりも鋭く、速かった。

藤吉郎だった。

馬を止め、宗春の横に並ぶと、にやりと笑った。

「固まってどうした。風にでも呑まれたか?」

宗春は首を振った。

藤吉郎は軽く笑いながらも、視線は前方の空気を探るように動いている。

「……揺れてるんだよ。浅井も朝倉も、腹が決まっておらん。」

宗春は風の流れを感じ取ろうとしたが、藤吉郎の言う“揺れ”は風ではない。

藤吉郎は続けた。

「迷いがある。

進むか退くか、決めきれん迷いだ。

ああいう揺れはな……動く者には、よう見える。」

声は軽いのに、言葉の奥に“何かを嗅ぎ取る気配”があった。

宗春は思わず藤吉郎を見た。

その目の奥にある光は、茶室で見た“静けさ”とはまったく違う温度を持っていた。

沈む光ではなく、形を探す揺れでもない。

もっと速く、

もっと鋭く、

もっと熱い。

藤吉郎は宗春の視線に気づき、少しだけ真面目な声になった。

「宗春。

おまえは“静けさ”を見る目を持っとる。

それは信長様が好かれる目だ。」

宗春は息を呑んだ。

「けどな。戦場は違う。

静けさよりも、“動き出す瞬間”がすべてだ。

光が形を決める前に、掴んじまうんだよ。」

藤吉郎は馬を進めながら、振り返って言った。

「宗春。

おまえの目で、わしの“動”を見てみろ。

静けさとは違う光が、きっと見える。」

宗春はその背中を見つめた。

藤吉郎の周囲には、確かに光があった。

それは──

信長のように沈む光ではない。

形を探す揺れでもない。

もっと速く、

もっと鋭く、

もっと熱い。

動き出す光。

宗春の胸の奥で、

またひとつ小さな芽が伸びた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ