【ヴァニティ・クラブ作戦】~⑨~
バンからの指示を今か、と待っていたSWATは、銃を構えるものの未だ狙いを定める事が出来なさそうだ。多分俺達のもみ合いが激しすぎるのと、マリアが近すぎるのだろう。
基本的に犯人を射殺する事がオッケーとされているアメリカ。
でも今回のこの事件は俺達CPO6が出張ってきた事で❝射殺よりも、生きて確保❞と、目標を修正されている。
隊員たちの悔しそうな顔が目に入った俺は、犯人のみぞおちに銃口を力強く差し込む。
目の前の男の表情が少し苦しそうなものに変わる。その瞬間を見逃さなかったドミトリの指先が即座にチップの縁、犯人の耳たぶに触れたその瞬間…。
俺達二人の目に、犯人のちょうど後ろで恐怖で身を震わせるマリアの姿が映った。
尋常じゃない程に震えたその細く華奢な体は、まるで愛した男を戦場で失った悲痛な過去について思い出している様にも思えた。
彼女の人生は過酷かもしれない。だけど確かにそこに二人にしか分からない愛のカタチは存在したのだろう。そんな事を考えた俺、そしてドミトリの頭に浮かんだのは『彼女の背景を考える事によって生み出される哀れみ』だ。
だけど、その哀れみは一瞬の躊躇を作り上げた。
──その隙を見逃さず、ドミトリの懐に滑り込んだ男。
AIのコントロールと過剰なまでの薬物により半錯乱状態になっている男が、床に落ちていた銃を掴み取る。銃口が、ドミトリの胸に向けられた。
俺にもう、何も迷いはなかった。
「ドミトリ、すまない!……マリア!そのまま動くな!」
俺は迷わず犯人の頭部目掛けて二度目の発射をした。乾いた爆音が劇場に響き渡り、銃の反動で俺の両手が大きく揺れる。
犯人の体が大きく弛緩し、ドミトリの上に崩れ落ちた。
チップは抜き取れなかったが、犯人は即死だった。
「NYPD!犯人を確保しろ!」
俺は最後の理性を振り絞り、そう叫んだ。
そして、まるでいつかの時と同じ様に膝から崩れ落ちる。ただただ、自分の撃った銃口から、立ち上る白い煙を、見つめる事しかできなかった。




