論破された大国ロシア
「はっ、フランス語ごとき小国が俺に何を言う」
「フランスは愛と美の国よ。私たちの得意分野を小国だからといってバカにしないでちょうだい。」
サラは流暢な英語の中に、時折、母国の詩的な言葉を混ぜてこう言った。
「『愛は魂が望むところを求め、知性はただそれに従う』―これは、サン=テグジュペリの言葉よ。」
「あなたは『次にモテるかもしれない可能性』と、目の前の『確かな愛の予感』を天秤にかけている。それは論理ではなく、ただの臆病よ。愛は効率的ではないの。受け入れなさい、ドミトリ。」
きっと今まで真面目に❝勉強❞と❝柔道❞ばかりをしてきたドミトリは、フランスの詩人によって自分の心が論破されたことは初めてだろう。
サラからの教えに顔を赤くして言葉を失った。──そして、それを見つめるファイサルは相も変わらず意地の悪いニヤけた顔をしている。
キムと理星はただただ「深いな」なんて言い合いながら、サラの言葉に思案を募らせていた。
俺は、そんなドミトリの近くまで行き、彼の肩を二度叩く。
「まあまあ、愛の論理は難しいってことだ。俺は少し、外の空気を吸ってくるよ。」
そういいながら、円卓を離れ、会議室のドアに手をかけた、その時だった。
「レイ」
──サラが小走りに俺を追いかけ、呼び止める。
「もしよかったら、少しだけ今から付き合ってくれない?今日は、私の弟の妻の……命日なの」
俺は一瞬、確かに戸惑いを覚えた。
サラの話しは聞いていたが……なぜ、俺なんだろう、と。だけど、彼女の顔の奥に見えた寂しさを見過ごせなかった。
「……ああ、わかった」




