最重要:黒いコートの人物
──黒いコートの人物。
それが、この事件の最も厄介で、しかし必ず突き止めなければならない肝だ。
「一度、話をまとめてみませんか?」
理星がホワイトボードに貼られた書類をまとめ、乱雑に書かれた文字をすばやく消した。
そして、慣れた手つきでタイトルを書き込む。
【無差別殺人事件 要点整理】
① 犯人たちはなぜ全員黙秘するのか?
② 犯人たちが犯行前に必ず接触している黒いコートの人物とは誰か?
③ 嘘発見器にも引っかからない理由は何なのか?
「桜子、キットカット俺にもくれよ。」
「ええ、九条君。……本当、いつもいつもさあ。たまには自分で買ってきなよ。」
「悪い悪い、今度返すから。──あ、理星。その一番目の黙秘のところ、追記しとけよ。なぜ魂が抜けたような顔で、口を開けたまま黙秘するのか?って。」
理星が少し冷めた目でこちらを見やり、淡々と問う。
「……その様子も、必要ですか?」
「そりゃ必要だろ。全員、薬が抜けた時みたいな顔してんだから。」
そう言いながら、口に放り投げたキットカットの上品な甘さが口内へと広がる。やっぱりウマイ。そう思うと、自然と頬が緩んだ。
……金融業界で働いていた頃はチョコを食べてニヤけてる奴なんて見たことがなかった。あの世界では、感情を表に出すこと自体が基本的にNGなのだ。
特に人前では──。
いつの間にか俺も、そういう❝クールな人間❞になっていたのかもしれない。
でも今の俺は、こうして自分の欲に素直に甘さを味わえる。そんな生身の人間らしさを、俺は嫌いじゃなかった。
「薬物反応はなし、なんですよね? 部長。」
「ああ、三好。全員シロだ。」
「薬物が抜けたわけでもないのに、全員、口を開けたまま目の焦点も合わず、ぼんやり取り調べを受けてるって……異常ですよね?なんか、気持ち悪い。」
桜子がゾクッとしたように腕を抱き、自分の二の腕をさすった。その仕草が、逆に生々しく❝人間らしい❞と思えた。
人間らしい自分、か──。
「ねえ、部長。俺って、人間らしいっすか?」
「はあ?」
「何言ってんの九条くん。え、ちょっと待って、私の話聞いてた?」
「いや、マジで。どう思う?」
桜子は首をかしげる。
「人間らしい……っていうか、んー。そう言われると難しいけど……でも面白い人だと思うよ、九条くんは。」
「例えば?」
「一貫性がないところ。数字やデータを見るときはまるでマシンみたいに冷静なのに、血とか情に弱いでしょ。あんまり事件の詳細を聞きたがらないところとか。」
部長が苦笑する。
「確かに九条は、二年経ってもこの事件には苦手意識があるからな。」
「でしょ! ……あ、他にもあるよ。意外と甘党。行き詰まったとき、私によく甘いもの要求するよね。でも普段はクールぶってブラックコーヒーばっかり飲むし。」
「だよな?」
「なになに、それがどうしたの?」




