FSB・ドミトリ・ヴォルコフ
「フン。サイバー戦のエースが、ただの肉体美で人気を集めるなど、非効率的だ。」
ドミトリ・ヴォルコフ。
旧大国ソ連時代のKSBスパイを連想する様な、無口でクールな彼は、モスクワ大学を卒業後、機関にスカウトされてからFSBに入社したエリートだ。
ロシアは誰もが知る通り、世界の中でも秘密諜報機関の育成にかなりチカラを入れている国。
各国で唯一、志願者も受け入れる組織として知られているが、基本的に出世道を走る者は志願者ではなくスカウトされた者として決まっていた。
そんなドミトリの趣味は柔道だ。
ドミトリが未だ学生時代、ロシアの大統領、ウラジーガ・プーチンと組み合った事も有る、その道では有名な選手でもあった。
ソレも踏まえて国内ではドミトリがあと数年、諜報機関で下積みを積んで実績を挙げたら、大統領に引き上げられて政府中枢に入るのではないかと言われている。
「ちょっと、そこのペットボトル避けてくれる?」
そんな彼にそう声をかけたのは、インフルエンサーらしき雰囲気を持つ白人の美人。
「あ……すみません。」
ドミトリの持つ雰囲気も悪くは無い。
──だけど、このジムの中で圧倒的な光を放つのがキムだとしたら、ドミトリの存在なんて、その影に隠れる月……にすらなれない、一欠片の惑星程度のものだった。
「何だ、アイツ。さっきまでキムの側でキャーキャー言ってたのに俺の前だと声のトーン落としやがって」
「キムもキムで、女の一人や二人こっちに回してくれても良いのにバカな面して独り占めしてやがる。どいつもこいつも、ロシアを舐め腐ってるな。」
ブツブツと母国語でそう呟くドミトリの裏の顔……それはモテることに必死なただの男、だ。
ロシアでは率先してバーベキューのセット係になり、勉強に勤しみ、柔道で大事な人を守れる様に強くなる練習もしてきた。それもこれも、全てモテてモテてモテまくるための過程でしかなかった。
モテてハーレムを作りたい──みたいな浅い欲望では無い。ただただ、モテたい。それだけなのだ。
だけど、そんなドミトリの気持ちなんて知るよしもしない女性達は、捨てるのは勿体ないほどエリート街道を歩んでいる彼に見向きもしていない。
「ハア、ライリーと来るべきだったな…」




