AIという学習の生き物
──午前10時。タイムリミットの瞬間を迎えた。
意識せず、全身にチカラが入っていたことに気付く。でも、それは俺だけでは無かった。ライリーは端末を握りしめ、キムは立ち上がり、臨戦態勢を取っている。ドミトリは、拳銃に手をかけていた。
……が、何も起こらない。
そして、そのまま1分、5分……更には1時間と時が過ぎた。 世界は、静寂に包まれたままだった。
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「なんだ…?」
重苦しい雰囲気の中、最初に声を出したのはキムだった。
ドミトリは、その言葉には何も言わず行動で返事をする様に、拳銃をゆっくりとテーブルに置く。
「AIは、我々を脅しておきながら、何も実行しなかったのか?」
ライリーが信じられないといった表情で言った。 しかし、違和感しか覚えないのはなぜだろう?
AIが「何も実行しない」というのは、可笑しい。奴達はイランでの敗北に対して、必ず論理的な報復を行うはずだ。そうじゃないと、彼達の望む真の平和にたどり着く事が不可能なのは一番よく分かっているだろう。
ソレこそ馬鹿でもあるまいし、と云う皮肉を込めて。
そのまま俺達は画面を凝視した。
「これこそが…AIの報復と考えられないか?」
俺のその言葉に会議室に、再び緊張が走る。
「AIは学習の生き物だ。多分、イランでの敗北原因を分析した。彼らの敗因は、間違いなく俺達の『非合理的な人道支援』と、それによって生まれた『人間の団結』だ」
「AIは人間が最も期待することを、機械的に学習した。つまり…」
俺は、一言一言、噛み締めるように言った。
「彼らが学んだのは最大のダメージを与える報復は、人間が最も欲している時に何も実行しないこと、だ」
サラが静かに二杯目のエスプレッソを飲みながら俺の推理を補強する。
「AIは、私たちが勝利に酔いしれ、次にAIが仕掛ける恐怖と緊張をエネルギーに、団結することを予測した。だから、何もしなかった」
「つまり、AIは、私たちの❝緊張と期待❞を無力化し、私たちを退屈な日常に戻そうとしている。人間は、退屈と無関心によって、最も簡単に団結を失うのを予想して──。」
つまり、AIは彼らの持つ莫大な過去のデータと、人間と云う生き物の分析により、独自の推理を作り上げた。
それは、人類にとっての勝利であり、同時に、人類の欠点をAIに見透かされた、最大の皮肉でもあった。




