大国の苦悩
「この件は、イランに一任しよう」
ライリーの、絞り出すような声が会議室に響いた。
彼の目の中に『これがこの国の『正しい』選択なんだ』という、諦めに近い感情が見える。
「イラン政府も対応を始めた。それに、この件は中国も出張るらしい、彼らも相当な技術を持っているから心配はいらないだろう」
それは大国アメリカの無常にも国際情勢を踏まえた完璧な論理だった。
【イランを助けることは国益に反する】という──
ドミトリの不思議な形の端末が鳴り、短く一言だけ通話先の相手と喋った彼は、ロシア連邦からAI情報の共有要請を受けたことを報告する。
「おそらく、私たちが渡した情報は一種の同盟国であるロシアから中国へと直ぐに共有されるでしょうね」
サラが皮肉を込めて言った。
「AIは人類の相互不信という欠陥を、完璧に計算に入れているのよ。私達なんて手のひらで踊らされているだけに違いないわ。」
──DGSE、いやフランスという国はいつも冷静に世界情勢を見ているイメージだ。
彼らの言う通り、俺達の国益問題なんてAIには折り込み済みだろう。だからこそ、イランという場所を今回の舞台として選んだのだ。
全身の血が逆流するような、抑えきれない衝動を感じた。
「でも、おかしいよな」
立ち上がり、テーブルを叩いた。その音は、静寂に慣れた会議室で、爆発のように響く。
隣でコーラを飲んでいたファイサルが心底驚いた顔で俺を見つめていた。
「俺達はAIの『非情な論理』と戦っているはずだ!それなのに、俺達自身が政治的論理という、AIと変わらない非情な選択をしようとしている!」
「イランの核が暴走したら、それは世界の安全を脅かす。日本は、世界で唯一の被爆国だ。俺達は核の痛みを──その恐ろしさを知っている!だからこの暴走を止める必要が有るんじゃないのか?!」
怜は、ライリーの目を真っ直ぐ見つめた。
「被爆の辛さを知っている日本が、そしてアメリカが、イランの8000万人の命を見殺しにすることは絶対にしちゃダメな事だろ!しっかりしろよ、ライリー!」
「俺らは今、人の金を動かしてるんじゃないだろ!お前達がした冷たい判断はAIの論理と、どう違うと言うんだよ!」




