ドバイの裏と表
ライリーはこみ上げた感情を押し殺し、冷静に無線機に指示を送っていた。
「犯人はそのまま拘束し、俺がいくまでそのままにしておけ。」
「ライリー、犯人は生きているのか?」
「ああ、犯人は腕を撃たれて確保され、近くの署に連行された。ラボに指示を飛ばした。ラボの人間が直ぐに署に向かい犯人の体内のチップを抜き取り、解析作業に入る。そうこうしてる内に理星も到着するだろうから、チップの解析自体は割と直ぐに進むだろう。──怜、現場の検証は君に任せる。俺は署に向かうよ」
ライリーは冷静に状況を報告し、サラと共に警察署へと向かった。
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九条怜は凄惨なケンジントン地区の現場検証を続けていた。
元々そんなに綺麗な町でない事は確かだが、辺りにまみれる血の匂いと絶望には、日本で現場写真すら見る事が苦手だった俺は流石にやられそうになる。
そんな中後ろから肩を叩かれた。
──振り返るとそこには、ドバイのファイサルが居た。
彼の身に着けている見るからに高級そうなスーツとプレゲの腕時計はこのスラム街には似合わない。
ファイサルは俺に煙草を一本手渡すと、ポケットから金のライターを取り出し俺と自分の❝一本❞に火を付けた。
「……サンキュー。」
「お前、血が苦手だろ」
「何でだよ、分かるか?」
「ああ、見てたら分かるぜ。」
ファイサルが吐き出した紫煙は蜷局の様に、この絶望にまみれた町の上をクルクルと周り、そして彼達の生きる希望の様に儚く溶けていく。
「AIの論理は完璧だ。データ上はな」
「ケンジントン。この地獄の光景も、AIから見れば『無駄な資源の再分配』でしかない。だからこそ、データ上の彼らの論理は完璧だ。無駄な命を作り出さない、最も効率の良い方法だ。」
ファイサルは口の端を上げたが、その瞳の奥は、どこか冷たく、そして深く沈んでいた。
「 AIの論理は完璧でも、君の目は笑ってないな」
怜は静かに言った。
ファイサルは一瞬、目を見開き、そして豪快に笑った。
「ハッハッハ!当たり前だ!俺の故郷、ドバイも同じだ。遠くから見れば、完璧な先進国、華やかさの極致だ。だが、内側に入れば、格差は深く、貧困層は存在する。当然、麻薬だって蔓延している」
彼は煙草の灰を静かに落とした。
「貧困層だから、その絶望から逃れるために薬物に手を出す者もいる。一方で、富裕層は高価な薬物で遊び、金と力でそれを隠蔽する。ドバイはそんな国だ。」
「完璧な姿を見せつけて、その中に不完全さを生み出す。それと同じくAIが完璧な論理で管理しようとしても、人間は必ず、どこかに『穴』を作る」
「だがな、怜。我々の宗教、イスラムの教えでは、神は人間を最も美しい姿に創ったとされている。そして、過ちを犯し、それを心から悔いることを許されている。過ちを犯しても、懺悔することで罪は許される。傲慢さを避け、善行を勧められている」
彼の声は、これまでの陽気なトーンから一変し、深い信仰の重みを帯びていた。
「つまりだ。不完全さは、神から与えられた『人間の証』なんだ。そして、その不完全さから生まれる『情熱』こそが、AIの完璧な論理には決して含まれない、予測不能な武器になる」
ファイサルは、タバコを地面に落とし、足で踏み消した。そして、怜の沈みかけた肩にプレゲの光る左腕を乗せる。
「ドバイはいい国だ。不完全さがあるからな。そして、お前もだ。お前の一貫性のない、不完全な情熱は、AIの欠陥を突く最高の刃になる」
自らの心臓に、熱い火が灯るのを感じた。
──そうだ。AIが排除しようとする、この「不完全な情熱」こそが、俺が持つ武器だ。俺はAIの論理の壁を、最も非合理的な決断で打ち破るしか方法はないんだ。
「勝つしか無えよな、この戦い」
その決意を固めた直後、ライリーからの緊急連絡が、ケンジントンの空に響き渡る。
「CPO6、聞こえるか!チップは抜き取ったが、その直後だ!イランの主要な核施設複数箇所に、同時多発のウイルスが発生した!」




